Neetel Inside 文芸新都
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探偵 佐伯泰彦 対 超人X
第十七話  佐伯先生と超人Xと僕

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第十七話 「佐伯先生と超人Xと僕」



起: 決着

 僕らが二人を見つけた時、一人は地に伏せ、もう一人は膝を落とし荒々しく呼吸をしている姿があった。
 超人が逃げ出し軍警察の兵隊、府警の警察官が一斉に美術館から内外を捜索し始めて約四半刻の時が過ぎている。
「せ!先生!」
 僕は綾ノ森少佐と共に走り出した。だが暗くてどちらが佐伯先生なのか、超人Xなのか、それも分からない。ただ夢中で駆け出し二人の元に走り寄った。

 …既に決着はついていた。
 倒れている男は超人X。膝を落としながらも勝利したのは我らが探偵佐伯先生であった。
 超人Xは天に向かい右手を上げ何かを掴む素振りをする、僕らは一瞬身構えるが彼は大きく笑い。
「完敗だ、佐伯泰彦。私の負けだ…」
 そう言うと右手を地に落とし大の字になって目を閉じる。
 その間にも続々と集まる警官、兵隊は超人を囲むように輪を作り、数人の警官が荒縄で彼の両腕両足に枷(かせ)を取り付ける。
 そう、僕らの長い夜はついに終わったのだ。



承: 瞬撃の虚空

 僕らが超人Xの逮捕劇を見る数分前…超人Xと佐伯先生は最後の決戦を挑んだ。
 佐伯先生は彼を捕まえる為、超人Xは此処から逃げる為。
 向かい合う二人の顔色は満身創痍(まんしんそうい)、共に心身大きな負傷を負っている。それ故にお互いに一撃…たったの一撃で地に伏す事を理解していた。
 二人の間から呼吸の音が消える。
 超人は腰を低くし、両足に力を込める。そして佐伯先生もまた、同じく腰を落とし左手を前に突き出し迎撃の構えを見せた。
 
 何がきっかけだったのか?彼ら自身それを理解していない。
 夜露(よつゆ)を含んだ青葉からこぼれた雫だったのか?時折駆ける風であったのか?彼ら自身気が付いていなかったが、ソレは瞬き(まばたき)の一瞬程の速さで起きた。
 超人は雨の日の燕の様に低空を飛び、佐伯先生の一歩手前で更に体を落とし丸くなった。と思うや一瞬にして丸まった体は竜巻の様に恐ろしい速さで回転し、鋭い速さと重い風を含んだ蹴りが佐伯先生の横顔を吹き飛ばす。佐伯先生の体は超人の足を軸にして独楽(コマ)の様に回転した。
 直撃した事を感じ取り口元が緩む超人であったが…次の瞬間、彼の体はふわりと浮いた。
 超人Xの使った業(わざ)は、竹トンボの様に足を開き、逆立ちをした様な姿で蹴りを放つ業である。故に地に両手が付いていなければならないはずであるが、彼の両腕は地より少しずつ離れ、次の瞬間には若木の葉が目の前を過ぎる程の高さへと持ち上げられていた。
 空に浮かび少し静止した状態が続いた後、彼の体は急降下する。
 宿敵が自分の足を掴み、引力と遠心力を持って己を地に叩きつけようとしている姿が見えた。
頭の中ではソレを理解出来ているが、踏ん張る事が出来ない空中ではこの流れを止める事が出来ない。
「さぁーえぇーきぃー!」
 超人は声にも成らぬ音を口から微かに発し、大岩が砕ける様な炸裂音と共に地に伏した。



転: 重体の英雄

「先生!しっかりしてよ!先生」
 僕は何度も先生の体を揺らすが既に目は虚ろ、言葉も無く、息荒く呼吸するのが精いっぱいと言う感じであった。
 実際どちらの傷が深いかと言えば佐伯先生の方である。
 超人は受け身の取れぬまま高所から叩きつけられた為に体の自由を奪われたに過ぎない。また、叩きつけられた場所が柔らかい草地であったのも彼にとって幸運だった。それに対し佐伯先生は始めから超人の一撃を受け止め、その上で反撃する算段であったらしく、彼の重く鋭い蹴りを頭部に直撃されたのだから無事な方がおかしいと言うものである。
(この戦いの前に受けた頭部への打撃により、佐伯先生は素早い動きが出来なくなっていたらしい。その為“肉を切らせて骨を断つ”この言葉道理、勝つ為には身を削る方法より無いと確信していたようだ)
 僕は涙を流しながら何度も何度も佐伯先生の体を抱きしめ、彼の名を呼び続けた。
 周りにいた警察官も兵隊も、あの五月蠅い足利大佐ですら言葉を無くし、ただただ僕と佐伯先生の姿を見ていた。
 目が乾き、赤く充血する。声は枯れ果て、喉に痛みが走るが僕はそれでも佐伯先生の名前を呼んだ。



結: 終わりへの車道

 府警は大急ぎ担架を運び佐伯先生をその上に乗せ、近くの医院へと運んで行く。僕はその傍に立ち綾ノ森少佐の引き留める手を振り払って担架の後を走って追いかけた。
「先生!先生!!」
 必死に追いかけるが先生を担ぐ担架は軍の大型“おーともーびる”に担ぎ込まれると、もう僕の足では彼らに追いつく事は出来なかった。
 それでも泣きながら必死に追いかける。だが、だんだん足が重くなり、ゆっくりゆっくりと動きが遅くなり、そして完全に足は動かなくなった。
 額を地面に付け、その場で嗚咽(おえつ)の様な声を上げていた時、後ろから光が僕を照らす。
「正太郎!乗れ!付いて来い」
それは綾ノ森少佐が運転する“おーともーびる”だった。
 そして中には、何時助けられたのか知らないが大森警部も乗車している。
「正チャン。おいで、一緒に行こう」
 僕は少しよろけながら、彼らの“おーともーびる”の中に入り込んだ。



       

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