Neetel Inside ニートノベル
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どうしようもない現実を突きつけられた。
そんな気分だった。
人っ子一人いないこのトイレ、ましてや、知り合いが入ってくることは、クラスが3階にあることを考えると、まずない。
紙がない。
もう一度、心の中で確認した。
なぜ2階が行列だったか、その理由が示すであろう事実は、この階には紙の「か」の字もない、と言うことだろう。
なぜ、確認しなかったんだろう。
後悔先に立たず、だ。
しかし、ここからどうにかして、危機を切り抜けなければ、本当にどうしようもない。
俺は考えた。
ティッシュがあるんじゃないか。
ポケットを漁るが、何も出てこなかった。
……。
さらに俺は考えた。が、
しかし、これはと思える妙案など、ろくに本も読まず、勉強も出来ないような俺に、浮かぶはずもなかった。
運に頼るしか、ないのか。
そう思いかけたが、すぐに思いを打ち消した。
考えろ、考えろ……
確か、トイレットペーパーはどこにあったのか……
皆目見当も付かない。訳でもない。
掃除用具入れのロッカーの中……だったような気がする。
単純な話、取りに行けばいい。
……という考えは、すぐに打ち消された。
いやいや、人が入ってくるかもしれないのに、どうして取りにいける?
むしろ、入ってきたら、その人に頼めばいい。
どうしようもない焦燥に駆られて、気持ちだけが焦っていた。
そこに、一人の人が入ってくる音がした。
「ふぅ~っ」
そういう声がした。
聞き覚えはない。
しかし、知り合いでないからといって何も言わないのは、
ただ、身を滅ぼすだけだ。
「おーい、そこの人」
自分でもびっくりするほど、よく通る声が響いた。
相手は、なんだこいつ、と言う空気をかもし出していた。
「はい?」
相手が聞く。
「紙がないんだけど、取ってくれないか?」
「あ、あぁ」
間の抜けた声を響かせ、相手は個室の扉の向こうでごそごそと言う音を出した。
「こいつか。よかったな、最後の一個だったぞ」
ほっ。
なかったらどうしようかと思ったが、どうにかあったようだ。
「じゃ、そっちに投げるからな」
相手は、それっ、と短い声を上げた。
瞬間、影が俺の頭上を通過し、そのまま俺の手に収まる。
と思いきや俺の手のさらに上を通過し、
そのまま便器の中へ。
ポチャン。
という音が響く。
あああああああああ!!
何でだ。何でこうなった。
というか、春の宿題といいこのトイレットペーパーといい、何でこんな超現象が立て続けに起こるんだ。
神様の馬鹿。
とすっかりブルーになっている俺の背後で、間の抜けた声が聞こえる。
「やっちまったなぁ」
どうしようもない現実。人生には必ず潜む、この突き放されたような感覚。
国語の授業でそんなことをのたまう先生がいたが、その感覚を、体で覚えることになった。
「こういう時、どうしたらいいと思う」
気づけば、扉の向こうの、名も分からない人に、声をかけていた。
「出来るけど、やりたくないことをするかな。こういう時はどーしようもないし」
適当な声が返ってきた。だが、声の中身は違った。
「例えばさ、普通ならそんなこと、絶対無理みたいなこととか……まぁ、がんばってよ。俺今から移動教室あるし」
そんなのんきな声を残して、誰かさんは去っていった。
また一人になって、考え始めた。
出来るけど、やりたくないことか……
そもそも、授業中に一声上げればどうにかなったかもしれないのに、
それをやりたくないで済ませて、このざまだ。
それを考えれば、仕方のないことかもしれない。
でもなぁ……本当にやってもいいのか?
いやでも……やらないとどうしようもないし、でもこれはどう考えても俺の許容範囲超えてるし……
『こういう時はどーしようもないし』
その時、その言葉が、俺の脳裏によみがえった。

その後のことは、思い出したくない。
俺の中で一生封印されることになるだろう。
あんな汚い思いは、もうこりごりだ。
二度としない。


またとある日の授業中。
女英語教師の柳先生が、長文の物語の概要について語っている時、
「先生」
「ん、何?」
俺は軽く息を吸い込んで、言った。
「――ちょっとトイレ行ってきていいすか」

       

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