Neetel Inside ニートノベル
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何某の日常
遅刻:傾向と対策

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 ある日、いつも通りにムクリと大儀そうに起き上がった俺は、壊れてしまって鳴らなくなった目覚まし時計を見る。
 思わず二度見した。
 8時半。
 授業開始の時刻だ。
 後悔と共に、ただちょっと開き直ったような気持ちになり、階下から聞こえてくる怒声も、何かのんびりした感覚で聞こえるようになってしまった。
「何やってんのよ! さっさと降りてきなさいよ!!」
 階下で騒いでる母親――「目覚まし」を止めに行こうと階下に降りるわけだが、この「目覚まし」は、簡単には止まらないもので、その後も小言がちくちくと突き刺してくるわけで。
「宿題は出来たの」とか「何で遅くまで起きてたの」とか「早く着替えなさい」とか、目が合うたびに何度も同じようなことを口走る。
「分かった分かった」いちいち聞くのも面倒なので、朝食も取らずにさっさと学校へと駆けるように出て行った。
 コンビニで「10秒メシ」を平らげ、そのまま歩いていく――と、何故か、隣を浅田が歩いているのを発見した。
「……」
 嫌な沈黙が続いた後、俺たちは顔を引きつらせた。

「……どうしたんだ」
「え、何が?」
「なんでこの時間にお前がいるんだよ」
「え、いや、ちょちょっと勉強をね……いや、別にモンハンしてたとか、そういう話じゃないからな」
「……あ、そう」
 何でバラした。
「そう言うお前は、どうしたんだよ」
「……ドラクエしてた」
「……お前、素直すぎるだろ」
「ちげーよ。ちょちょっと、勉強してたら、いつの間にかDSを握ってたんだよ。俺は悪くない、悪いのはDSの持ってるスタンドだよ」
「何? スタンド? そんなものに支配されるようじゃ、お前はまだまだ未熟だな。俺なんか、初めからモンハンだからな。悪いのはモンハンだからな」
「そうだよな。お互い、悪いのはあのゲームだよな」
「俺達は悪くない!!」
「…………」
「…………」
 虚しくなった。

 学校に着いてみると、奥の校庭にはもう既に体操服姿の人達が。
 視線が突き刺さるようで痛い。
 でもって、遅刻した馬鹿達は、3人に増えていた。
 ――プラス、渡辺。
 この3人の不真面目者は、まず、指導室で遅刻したという証明をもらわねばならない。
 渡辺は電車が遅れたという大層な理由があったため、指導室での説教は免除される訳だが、俺たちはそうは行かない。指導室にて、大体は、剃り込みを入れた坊主頭とグラサンに日焼けした肌、加えてちょび髭と言う、なんとも危なっかしい装いをした国語教師の山本が、腕組をしながら馬鹿野郎などといった言葉を浴びせるのだ。
「何で遅れた」
「ね、寝坊です」
「馬鹿野郎、何で寝坊した」
「げ、ゲームを…」
「馬鹿野郎、何でゲームなんてしてたんだ」
「き、キリの良いとこまでやろうと思ってたら、つい」
 今にも殴りかかってきそうだ。
 もとより、指導室の先生全員、何か極道者のようなムードをかもし出しているので、殺気を感じずにいられないんだろうけど。
「ところで、何やって遅れたんだ」
 山本先生は、ものすごい威圧感を漂わせて俺に詰め寄った。
「ど、ドラクエを…」
「ほぅ」
 山本は顎の髭をさすると、ニヤリとして言った。
「今日のところは勘弁しといてやる」
 ……勘弁してくれた。
 半ば放心状態の俺は、そのまま指導室を出た。
「どうだった?」
「いや、なんつーか……ドラクエしたって言ったら許してくれた」
「……マジか」
 浅田は一瞬考えるそぶりをしたが、すぐに腹を括った。
「ドラクエが大丈夫なら、多分モンハンも大丈夫だよな」
 何を根拠に言っているのだろうか。
「じゃ、行ってくる」
 浅田はノリなのか、敬礼した。それに応えてはいけない気がしたが、それでも自然の成り行きを崩すわけには行かず、俺も渡辺も敬礼した。
 しかし、それがフラグなのだと気付いた時には、もう既に雷のような怒声が窓を吹き飛ばすような勢いで発せられていた。
 ―― 12分後。
「どうしてモンハンだとダメなんだ?」
 いかにも腑に落ちないといった感じの浅田は、恨めしそうに俺を睨んでいた。

 で、教室、の前の廊下。
 生憎、曇りガラスのせいで中を見ることは出来なかった。が、先生が何かブツブツつぶやいているのが分かる。入った時のあの空気も、あまりいい物ではない。なにせ、クラス全員の白い目が自分に向かって集中砲火を浴びせてくるのだ。視線を二人のほうへやると「早くしろよ」とせかすような表情をした。オーケーオーケー。
 ちょっと、深呼吸をして、引き戸を開けた――
 しかし、見えたのは放課後の教室ではないかと疑うほどの開けた視界。
 差し込む朝日が嫌にくっきりと教室に映る。
 制服姿の人間は一人として見当たらなかった。
 俺たちが驚きで目を丸くしていると、
「き…君達」
奥のほう――教卓で、数学教師、鳴海先生がこちらを凝視している。
「やっと、やっと来てくれた…」
 鳴海先生は涙を浮かべ、顔をちょっぴりゆがめている。
 瞬間、こちらに向かって物凄いスピードで駆け寄って来た。
「寂しかったよぉ~っ!!」
 刹那、何故かは知らないが、引き戸を閉めてしまいたい衝動に駆られた。
 そして、実際、やった。
 一瞬にして視界に開けていた風景が消え、そして、
 バチーン、といった類の音と共に、どさっ、と人の倒れる音。
 俺の両サイドで大笑いの声が聞こえるのと同時に、扉の向こうで「いじわる…」と小さな声でそう言うのが聞こえた。

「まいったな・・・」
教室には、未だ静けさが残っていた。
あれからもう10分は経過しているだろうが、人が入ってくる様子がない。
 鳴海先生は頭をかきながら続けた。
「このクラスは遅刻が多いとは思っていたけれど、まさか全員遅刻するとは」
「なんか、清清しいよな。ここまで遅刻すると」
 鳴海先生はため息をついて、俺たちのほうに向き直った。
「頼むよ。ただでさえ指導部から目をつけられてるのに、こんなことが続いたらあのヤクザ先生たちに殺されてもおかしくな…」
「ほ~ぅ、悪かったな、ヤクザでよ」
壁に耳ありとは、よく言ったものだ。
そこには、山本先生がいた。
「ぇ・・・」
「後でその件についてはゆっくり話そうや。ん、今からでも良いってか?」
その時の先生の顔は、「勘弁してください」を体現したかのような顔だった。

その日の放課後。
空き教室には、俺たち――渡辺、浅田と俺が、一斉に鳴海先生を睨んでいた。
「何で俺達なんだよ」
 特に浅田は鳴海先生に噛み付くようなまなざしを向けていた。
「…まぁ、君達が今日一番早く来たって事で」
 空き教室では、名付けて『遅刻対策会議』なるものが開かれた。その神妙なムードの中で浅田が口を開いた。
「つまり、どーやったら遅刻を防げるかって事だよな」
「その通り」
 鳴海先生が相槌を打った。
「やだよ、そんな面倒なこと、あんた一人で出来るだろうが」
 浅田はなおも乗り気ではなかった。
 しかし、その横では、渡辺がいろいろと対策を練っていて、それを紙に書いていた。
「いや、何で乗り気なんだよ、渡辺」
「いいじゃないか、別に。な、そうだろ、渡辺?」
「え、いや、まぁ」
「……」
 浅田は苦い顔で渡辺の方を見た。2年の時に一緒になっていなければ、今すぐにでも浅田は渡辺に殴りかかっていただろう。
「まぁ、要するに、遅刻した時の罰があればいいんじゃないの」
 俺は提案した。
「罰って、お前、考えても見ろよ。罰っつったら、あのヤクザ教師の説教で十分だろうが」
「まあ、そうだけど」
 確かに、あの指導部の教師の説教が既に、罰のようなものだ。じゃあどうすれば良い?
 俺が言葉を出しあぐねていると、渡辺がボソリといった。
「じ、じゃあ、遅刻しなかったら何かご褒美でもあげればいいんじゃないの?」
「ご褒美、ねぇ」
鳴海先生はうなった。
「飴と鞭みたいなもんか。だけど、その景品はどうすんだ?」
「そりゃ、先生のポケットから出てくるもんじゃねぇの?」
浅田は意地悪い笑みを浮かべていた。
「……」
先生は黙りこくってしまった。
しばらく、「うーん」と言う声しか聞こえなかった。
その中途半端な沈黙に耐えかねて、渡辺は口を開いた。
「……じゃあさ、みんなのポケットから出すのはどう?」
「は?」
渡辺以外の全員は一斉に顔をしかめた。
「僕にちょっとした案が、えと、あるんだけどさ」

       

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