ああ、肺の辺りに、もぞもぞと何かが動く感触。
やっぱり、私は嘘をつけない性格なのかも。
そう思うと、ちょっと弱気になった。
それでも一応は、目標の文芸部部室……の向こうの、ESS部に行かなくてはいけない。
なんで、文芸部室に行こうって言っちゃったんだろう……
というか、何でESS部なんだろう…
考えても仕方がない。
そう思うけど、やっぱり無理。後悔ばかり胸の中を駆けずり回る。
「ねぇ、そういえば」
美咲が言葉を投げかけてきた。
私はぐるぐる回っている感覚のせいで、一瞬それを取りこぼしてしまった。
「聞いてる?」
そう言われて初めて、取りこぼしたことに気がついた。
私は慌てて言葉を投げ返した。
「ぅ、うん……それで?」
「鳴海先生が、誕生日だってね」
あまりに自然に話してたので、始め違和感に気がつかなかった。
「…残念、誕生日じゃなくて、結婚式だから」
「え、あれれ?」
美咲が首をかしげる。
このとき、美咲は本当に子供っぽい顔をする。
もし私が男だったら、惚れてたかな。分かんないけど。
「そうだったっけ?」
「言ったじゃん」
まぁ、こういう事は、いつものことなんだけど。
その後、部室棟への渡り廊下へ行くまでの間、何も喋らなかった。
不思議なくらいに、話題が浮かばなかった。
どうして渡り廊下までかって言うと、そこに浅田がいたからなんだけど。
「よ、どーしたよ」
あんたが連れて来いって言っただろうがっ!!…と言いたいのをどうにか堪えた。
顔に出てなければいいけど。
「優実、もしかして、浅田君のこと嫌いなの?」
見事に美咲からの右フックが炸裂し、頭の中で震度6位の地震を観測した。
「ひでぇな、オイ」
浅田は笑いながら、顔を引きつらせた。
その顔は、私には、「お前、本当に大丈夫なのか?」と言っているように見えた。
私は、顔で「大丈夫だもん」と言ってみたが、その直後、
「今から、……という事で文芸部室に行くの、ねぇ優実」
美咲が言うのを聞いた直後、
「へぇ」
と言う浅田の顔には
「これで、何処が大丈夫なんだよ、バーカバーカ」
と書いてあるような気がした。
ムカッと来た。
けど、反論できなかった。
次の瞬間、浅田の顔に、勝利の輝きが宿った。
くそぅ……
その口喧嘩ならぬ顔喧嘩を傍から見ていた美咲は、前髪を触りながら、
「どうしたの?」
と言った。
「……ええと…」
そう言いかけた時、私は浅田からの視線を感じた。
浅田は、顔で「後は任せろ」と言うと、
「そーか、じゃ、メンバーは揃ったんだな」
と言った。
「え?」
と私が言うと、浅田は小声で、
「ESSから文芸部まで場所を移すように俺が交渉しとく。だから、そのまま文芸部室行ってくれよ」
と口早に言った。
「俺、文芸部の助っ人してんだけど、それでも2人足りないんだよ。つー訳で、俺、先に部長のところにいってくる」
と言って、すぐさま駆けていった。
心なしか今まで掛かっていた重力が少し軽くなっているような感じがした。
「正直なところ、どうなの? 浅田のこと」
美咲は私の肩を軽く叩いた。
「……嫌いかも」
私は正直な感想を口にした。