Neetel Inside ニートノベル
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 本人に会って聞け……か。
 考えても、そんな望みはあるはずも無く、まずもって接点が無いのだ。
 出会ったとしても、聞き出すことなど、出来ないだろう。
 そう思っていたのだが、しかし、俺は思いがけず喜多と出会った。
 その日の夕方。
 俺は、コンビニで最後の一冊となっていた《少年VIP》を取ろうと手を伸ばした時、同じく手を伸ばしている喜多と遭遇した。
「……」
 変に殺伐とした空気が、2人の間に広がっていた。
 顔見知りとは言え、駄目男(多分)同士、なかなか簡単に声など掛けられない。
「……」
 睨み合いが続く。
 お互いに何か意地の様なものがぶつかり合い、《少年VIP》を手に取ることも手を引っ込めることも許さない。
 そんな静かな戦いを繰り広げていると、頭がツルピカに禿げた背の低いおじさんが、何も言わずむすりとした顔で《少年VIP》を気まずい空間から抜き取り、足早にレジに向かっていった。
 そこに残ったのは、変な沈黙だけになった。
 それから少し時間を空けて、俺達は顔を見合せ、そして、吹き出した。

「君、渡さんの知り合いだったよね」
 駄目男(多分)とは言え、根っこは気さくなノリの良い人のようで、なかなか話せない俺にとって、物凄く有難い。
「名前、沢辺だっけ?」
「なんで知ってるの?」
「渡さんも浅田も《沢辺》って呼んでたじゃん」
「あぁ」
 俺が軽く相槌を打つと、喜多は既に暗くなった周りを見回して、言った。
「このままってのも何だし、どっか行こうぜ」
返事をしないで、俺は喜多に付いて行った。

 駅前に着いた。
「お? 気に入ったのか」
「まぁ、美味しかったしさ」
 俺達は屋台の前に立っていた。
 屋台の向こう側で忙しなく手を動かしている大野さんが、こちらに向かってニカッとはにかんだ。
「どーすか、景気の方は」
「いや、まだそんな年じゃないからな」
 大野の言葉を、俺は一蹴した。
「ほんで、喜多くんやったかな、今日も来たんか」
「美味しかったもんで」
「嬉しいこと言ってくれるやないか」
 嬉しそうにそう言うと、大野さんは二人前のたこ焼きを差し出した。
「ほんで、なんかあった顔してるけど、何かあったんか」
 一瞬、俺の事かと思ったけど、大野さんは、喜多に顔を向けていた。
「どうして分かったんすか」
 てっきり、黙ってしまうと思っていたたが、喜多は興奮気味だった。
「そら、昨日と雰囲気違ったら、フツーは疑うで」
 俺には分からない。
「……部活辞めちゃったんだ」
 ……その事か、と俺は思った。
 どうやら、さっぱり辞めてきた訳ではないらしい。
 大野さんは、面倒くさそうに頭を掻いた後、言った。
「で?」
「……え」
「で、どうなん、それで?」
 いきなり大野さんが切り出した。
「どうって……」
「辞めて、なんかあったんか」
「……」
「そんなん、フツーやん、どこにでもおるフツーのダメ男やん」
 キッパリ言い放たれた言葉に、喜多は非難の目を向ける。
「違います。そんなんじゃないんです」
「そんなもん、辞めたら理由どうこうは関係あらへん。辞めたんやろ? 頑張っとったもん、辞めたんやろ?」
 大野さんの言葉には、何か重たいものを感じた。
 その迫力に押され、喜多は何も言えない。
「……なんも残らんのや。努力言うもんは、諦めたらそこで終いや。積み上げたもんなんて、ちょっとは残るかも知れんけど、そんなもん、たかが知れとる」
 大野さんなおも言った。
「ざまぁみろ。俺が言えるのはそんだけや」
 喜多の目に、悔しさが灯った。
 だが、俺達には反論すらできない。
「……」
 喜多は、1人で立ち上がり、そのまま歩き出した。
「おい……どこ」
「トイレ」
 そう言うと、喜多は駅の方へ歩いて行った。
「言い過ぎたんじゃ……」
 俺は大野さんに訴えてみた。
「さあな」
 その第一声に俺は少し失望した。
「……けど、言い過ぎってことはないかもしれん。俺も同じこと言われたし」
「え?」
 もう、大野さんの目はある種の弱さを見せていた。
「ちょっと昔話に付き合うてくれる?」
「え、あぁ、良いですけど」
 その言葉を聞いて、大野さんは話し出した。
「もう、7年も前になるけど、俺、都会の大学に入ったんや」
 ここまでは浅田から何度も聞いていた。
「もうその頃は野心で目をギラギラさせとったな。なんでも出来る思ってたからな」
「何か夢があったんですか」
 俺がそう聞いた時、屋台に女子高生が何人か物珍しそうに近寄ってきた。
 その女子高生達になんか注文ある?と聞きながら、大野さんは続けた。
「まぁ、弁護士になりたかったんや。その為に一生懸命勉強して、高校じゃトップの成績やった」
 大野さんは一瞬手を止めた。
「で、都会に行ったはええんやけど、見事に落ちぶれてもうて……そん時の話は話すと長くなるから言わんけど、司法試験も落ちっぱなしで……昔のダチは高校時代に何も頑張ってない癖にもう立派に社会人やっとんのに、俺は何をやってるねんって思って……そっからはもうニートやな。もう、なんもやる気になれんかった」
「それから、どうして三代目に?」
「夢破れて、ぼーっとしとった時、たまたま、屋台のたこ焼き屋見つけたんや。で、気付いたら、買っとった」
 女子高生達に出来たばかりのたこ焼きを渡しながら、さらに言った。
「あれは、美味かった。今までで一番やったかもしれん。そんとき、俺はそこの店主と話したんやけど、多分、それがきっかけやな」
「どんな話?」
 横から誰かが問いかけた。
 気付いたら、隣に女子高生が座っていた。
「まぁ、しょーもない話ばっかりやったな……けど、最後に『お前はまだ何もやってないだけ。たこ焼き焼くでもいい、何かやってみれば、もっと違う自分が見えるかもよ』って言っとった。実家がたこ焼き屋やったから、一番身近なんがたこ焼き焼くってことやったから……それでたこ焼きやっみよう、て事になった」
「それで……」
「そう、さっき喜多に言ったような事、親父に言われて、門前払いやな。俺も意地になって、別に親父の所やなくてもええと思って、他の所に弟子入りしたんや」
「弟子入りか……」
「そ、何年くらいやったかな……で、ある時、店長がもう、看板貰ってもええんちゃうか、って言い出したころ、自分は違う看板がほしいって頼み込んで、親父の所に行って、腕前で……まぁ、道場破り見たいな感じやったな、親父から看板譲って貰ったんや……ごめんな、しょーもない昔話に付き合わせてもうて」
「いや、気にしなくても良いですから」
「さよか。まぁ、俺が言いたいことは、説教ごときにくよくよしとらんと、なんか新しい事してみたらどうなん、って事や」
「……それにしても、喜多遅いな……もしかして、もう帰ったとか?」
「いや、鞄置いてるし、それはないやろ。ま、人の事情にやたら首突っ込むもんやない。ちょっと元気付けるだけでええねん。もしへこんどったら、説教なんて、ただの屁理屈やし、聞き流せばええ、とでも言ったれ」
 そういうものなのかな。
 そう思っていると、喜多が帰ってきた。
「よっ、ただいま」
 彼の顔には、曇りらしきものはなかった。
「ほら、食え」
 たこ焼きを差し出す大野さんに一瞬、ためらいを見せた喜多だが、その数分後には、
「やっぱ、美味しいなぁ」
と本当に美味しそうにたこ焼きを食べていた。

       

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