Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

 偽物となった俺は、西野がいるバッターボックスの近くへとやって来た。この替え玉作戦が上手くいくとは、正直全く思ってないので、さっさと正体を明かそうと考えていた……のだが。
 丸刈りの、明らかに体育系でキャプテンっぽいおっさんみたいな男子が、俺の所に駆けてきた。それと同時に、4組野球チームの面々(内1名西野)も集まってくる。
「斎藤、大丈夫だったか?」
「あ、ああ。じゃなくって、俺……」
「大丈夫じゃないのは、俺も男だから分かる。股間に当たったのは確かに痛いが、堪えてこそ漢だ。世界一の漢になりたければ、痛みは避けては通れんぞ」
 なにこの人、気持ち悪い。ゲイ? ゲイなの?
「やめろよ浜田、そんなこと言ったって、伊藤しか頷かないだろ?」
 喜多が笑いながら浜田を小突いた。と言うか、こんなのがもう1人、伊藤というのがいるらしい。そんな事を考えていると、後ろでゴツい図体の典型的な「いい男」が、大きな声を出した。
「良いではないか、喜多。漢たるもの、情熱を持った親友を持とうと努力する者。誰であろうと志を共にする者は、俺の親友だ!」
「そう、俺達、浜田と伊藤は一心同体以心伝心、骨の髄まで分かり合っているぞ」
「そんな俺達の仲間が」
「今日も俺達を待っている!」
「そして、漢友達」
「100人出来たらいいな!!」
 やかましい。むさ苦しい。2人はプリ〇ュアどころの騒ぎではない。
 だが、こいつら、どう見ても運動が出来る様にしか見えないのだが、彼がバッターボックスに立った瞬間、ヒットの出ない理由が分かった。
 5回裏の攻撃。
 最初に、ピッチャーが投げたとき、それは起こった。伊藤は、投げられた速球に、バットを豪快に振るかと思いきや、ちょこんと動かすだけ。そして、ちょこんと当たったボールは、ゆるい放物線を描いて、吸い込まれるようにピッチャーのグローブへ。
 ――アウト。
「……って何なんだアイツはァァっ!」
 思わず叫んでしまった。
「……慣れろ斎藤。それしか方法はない」
 喜多は何か仕方ないという風に、俺の肩を叩いた。
 …………というか、あれ?
 誰も俺を俺と認識していないのか?
 なんだか虚しいような、悲しいような、そんな感覚にかられた。
「でも、やっぱり反則じゃない? 体と心で反比例してるのよ?」
 一瞬、学級委員かと思ったが、直ぐに西野だと分かった。
 ……西野嬢、声真似半端ねぇ。
「まあね、伊藤はそうだけど、浜田は大丈夫。野球部員は裏切らないよ」
 言葉の通り、6回の裏では、相手が敬遠しているのが目に入った。
 フォアボール。
 一塁進んだ所で喜多も敬遠、そして後続のバッターがヒットで出塁した後、満塁で俺の番が回ってきた。ひどい重圧に耐え兼ねて、目眩すらする。バットを握った時、誰かの声がした。
「さあ、打ってこい斎藤。お前も、ちょっとは根性あるところ見せてみろよ。いつもヘタレてるお前でも、やれば出来る」
 ……中身も俺と一緒なのかよ。

 バッターボックスに立つと、相手ピッチャーのプレッシャーが容赦なく俺を包み込んだ。なんと言うか、目力が半端ねぇ。
 だが、1回対峙したことのある相手、少しは分があるように思えたが……
「ストライィィクッ!!」
 ――――強ぇ。
 緩急のあるカーブに、さらに120キロはあるだろうストレート。極め付きは外角の端から一気に内角の際どいところまで食い込むようにやって来るスライダー。一度やった位じゃ、とても対応しきれない。
 空振りの連発で、簡単にツーストライクをとられてしまった。相手はニヤニヤしていて、顔から既に楽勝ムードを醸し出していた。その顔がまたウザい。典型的な悪役顔だった。
 しかし、もう後がない……どうする?
1:まぐれを狙ってフルスイング。
2:次はボールに違いない。見送る。
3:天から声が聞こえてくる。全てを悟る。

 …………。
 なんで3を考えたのか分からないけど、とりあえずは2択。振るか、見送るか。……当然だが、振らなきゃ当たらない。俺は今まで、こんな風に積極的な選択をしたことはない。だが今こそ、その時だ。
 俺は……やる!!

 ――見送れぇぇ……見送れぇぇ……

 ……なんだこれ。頭から変な音が聞こえてくる。これは、天の声なのか……?

 見送れぇぇ……見送れぇぇ……

 何か幽霊の声に聞こえないでもないが、これはきっと天からの声だ。多分。
 ……見送ってみるか。


「ストライィィク!!」

 …………。
 あの声は、きっと俺の中のヘタレた部分の声だったに違いない。そうだ、きっとそうだ。
 ベンチに帰ると、慰めの声が上がった。
「ドンマイ、まだ次があるさ」
 次なんてあるのだろうか。
「……ちょっと」
 西野だ。もうほとんど役者気質だ。学級委員になりきっている。西野は少し躊躇った後、思い切りよく話し掛けた。
「あのさ……沢辺だよね?」
 ……バレたか。
 いや、今までバレなかったのが不思議な位だ。少し嬉しかったが、その感情を押し殺して静かに頷くと、西野はハァー、と溜め息を吐いた。
「あなた達って人は……」
 立場上、頭を抱えるに抱えられない西野は、またグラウンドの方に視線を戻した。バッターボックスには、1人の男子が空振りしていて、相手側の守備陣は、それを見世物でも見ているように眺めていた。
「……まずは、あいつらの鼻をへし折らなきゃ」
 誰にともなく、西野は呟いた。 7回の裏。既にかなり手酷くやられていて、6-0まで差は広がっていた。それでもかなり頑張った方で、大量失点という大量失点はしていない。
 喜多がヒットで出塁し、続くバッターがライトゴロでワンアウト2塁。再び俺の打順が回ってきた。打たないことには始まらない。
 相手の投げてくるコースを読まなくては。相手は球種こそレパートリー豊富だが、コントロールがやや不安定だということは分かった。というのも西野の助言によるものなのだが。
「コントロールがあまりないと言うことは、あまり際どい所には入らない。だったら、ボールかストライクか、それがある程度はっきりしている、はず。そこに漬け込むには、とにかくどんなボールが来るのか観察しなきゃね」
 やや遠くへ連れていかれ、長々とアドバイスを貰った通りに、ボールを見ることにした。
 言われてみればそんなに際どい所ばかり、という訳ではない。際どい所を狙ったはいいが外れている、と言った感じだろうか。
 全く振らないと、ボールが量産されて勝手にフルカウントまで行き、相手が焦ったのかど真ん中に投げてくれた。
 カキンと一発。
 ボールは前進守備のライトを越えて、二塁打が出た。同時に、喜多がホームインし、今試合初めての得点となった。
 うぉしゃぁぁぁっ!!
 見方の歓声が上がった。たかが1点だが、4組のテンションを上げるには十分だ。
 相手ピッチャーの影には、なんと言うか困惑の色が立ち込めている。回りの守備陣も同様だ。
「斎藤スゲー!」
「やるじゃねーか斎藤!!」
 いいえ、沢辺でございます。
「抱いてくれ!! 俺を抱いてくれ!!」
 なんだこれ。
 ……伊藤だった。それに引っ張られるように、浜田も叫ぶ。
「俺も抱いてくれぇぇ!!」
 てめーら2人で抱かれ合ってろ。と思った瞬間、4組の面々が次々に叫びだす。
「私も抱いてぇぇぇぇ!」
「俺も!」
「僕も!」
 えぇぇぇぇ!?
 ネタだと判ってはいても、抱いてコールは俺を、いや、グラウンド中を当惑させた。
 西野嬢は躊躇っているのが見える。うん、それが当然の行為なんだけど。
「先生もぉぉぉぉ!!」
 先生は黙っててください。
 さて、こんな風にして4組は団結力をまざまざと見せつけた訳だが、その後、見事に空振り三振を喫した。と言うのも、伊藤のチョン当てならぬチョン振りが炸裂したからだ。いい加減その肉体を活用してほしい。頼むから。
 そして、このあっけない終幕の直後の7組の台詞はこうだ。
「べ、別に、抱いてくれとか言わねーからな!」
 何なんだこの学校は。

 しかし、それからと言うもの、4組のテンション、もとい士気がぐんぐん上がり、互角か、それ以上の戦いをするようになった。同時に、ピッチャーの疲れが溜まり、地味なゴロで終わっていた人も、痛烈なヒットで出塁するようになった。ただし、伊藤は除いてだが。
 その甲斐あって、12-11、4組の1点ビハインドという好成績で、9回の裏を迎えることとなった。
 4組の面々(内2名3組)は、ひょっとして、ひょっとするかも!? と、期待が膨らむばかり。しかし、伊藤がピッチャーフライでアウトになると、その期待は萎んでしまうのであった。
「…………」
 続く打者が、セカンドゴロでアウトになると、ムードはガタ落ちし、沈鬱な空気がベンチを包み込んだ。しかし、ただ1人は真剣な顔をして、バットを掴む。
「喜多くん」
 西野がバットを握りしめて、喜多に言った。
「へ?」
「まずは同点にしといてあげるから、あとの1点は宜しくね」
「え? え?」
 回りも「え?」となっている。
「……な、なんて?」
 さて、バッターボックスに立った西野からは、今までのほんわかテイストからは程遠い、ハードボイルド的なムードが漂っている。それに気付かないのか、ピッチャーは余裕の、とは言えようやく終わる、と言った感じの顔で、いつも通りのコースで攻めて来た。
 ―――― 一撃。
 豪快な音と共に、遥か彼方にボールは消えた。
 喜多を初めとした4組チームが、何が起こったのか分からないでいる。7組も唖然呆然として、事情を理解している数人を除いて、時が止まったようになった。まあ、今までの事を考えると、当然ではある。
「……え?」
 西野は余裕のホームイン。
「え、……か、金城さん?」
「ハズレ……まだ分かんない?」
 西野は髪を下ろし、普段の髪型に戻した。
「……に、西野なの?」
「ええ、学級委員から言われて、今までフリをしてたんだけど」
「……ま、まままマジかぁ……」 喜多はぽかーんとしたまま、固まってしまった。それを見かねた西野が、喜多に軽くビンタを入れる。
「さあ、お膳立てはしたからね。あと1点、入れれば勝ち。勝って、浅田が鼻でミンティオ食べるとこ、見たいでしょ?」
「スゲー見たいね」
 喜多が思い出したようにケラケラと笑った。
「ほら、早く行きなさいよ。へなちょこな球打ったら、私がミンティオ食べさせるからね」
 西野がさっきまで使っていたバットを喜多に突き出した。うわ、マジかよ、と半ば冗談のように言いながら、喜多は真剣な顔付きでバットを受け取り、バッターボックスへと歩いていった。
 相手は敬遠を考えただろう。だが、その後続はどれも出塁する可能性は高く(俺も多分可能性は高いと思う)、さらに後ろには浜田も控えている。ここでは、浜田までに討ち取ることに賭けるのが、手っ取り早いと思ったのだのだろうか。相手は素直に勝負を仕掛けてきた。
 1球目。鋭いスライダーがえぐったが、僅かに外れてボール。
 2球目。低めにスローカーブを投げた。喜多は見送ったが、ストライクだった。
 3球目は、直球がど真ん中を貫いた。喜多は振ったが、キャッチャーの頭上を遥かに越え、ファールになった。
 後がない。ピッチャーの顔には余裕の笑みが浮かんでいるが、それは疲れと苛立ちが混じりあった、歪んだ笑みだった。
 勝負を決しようと、渾身の4球目が投げられた。物凄いスライダーが、切り裂くような軌道を描いて外角やや高めに飛び込んでくる。しかし、喜多は待ち構えていたとばかりのタイミングで、その球筋を捕えた。
 鋭く飛んでいった打球は、センターとレフトの間に、きれいに落ちた。
 二塁打となった。
 ベンチでは歓声が沸き、西野も嬉しそうに笑っていた。
「……ほんと、野球馬鹿なんだから」
 続く打者は、諦めずにバットを振り、ファールを連発。フルカウントまで持ち堪え、フォアボール。
 俺の打順だ。心臓がバクバクうるさい。頭が真っ白になりそうだ。
 いやいや、俺だって男だ。こういう時にビシッと決めないでどうする。
「……さわ……斉藤」
 西野だ。完全に枷が外れて、自由に話しているような感じだ。
「?」
「とりあえず、3球目に振れば当たる。多分ね」
 マジでか。
「……自信はないけどね」
 西野の予言を胸に、俺はバッターボックスに立った。
 1球目。見送ってみる。すると、ボールはものすごい弧を描いて、大きく外に出て行ってボールになった。これはラッキーとしか言いようがない。
 2球目。今度はスローカーブだった。思わず手が出そうになったが、軌道が大きくカーブし、コレもまたボール。
 相手の顔に、明らかに焦りが浮かんでくる。背後のキャッチャーも、周りの空気で焦燥をかもし出していた。3球目。西野の言うとおり、次はきっと、必ず狙える。
 3球目が投げられた。しかし、もう既に振る準備を万端に整えていたとはいえ、剛速球のストレートが飛んできた。間に合うかどうかは分からない。当たれ……当たれ……。
 打つ瞬間、目を閉じていたので分からなかったが、手に伝う感触は嘘偽りなくそれを伝えていた。
 確かに、打った。
「走れ!!!」
 西野の声が聞こえる。
 その声に我に返ったようになった俺は、全速力で走り出した。
 頭は全く理性的に物を考えることは出来ない。それでいて、地面から足を伝う振動、そして、身体に当たる風以外に、何も感じなくなった。
 ベースが見える。あれを踏まないと……。
 まるで小学校の徒競走見たいに、必死で走る。そして、ただ一直線にベースへと飛び込んだ。
 走り抜けた瞬間、どちらかのベンチで、一際大きな歓声が起こった。
 どっちが勝ったんだろう。上を見上げると、ファーストがボールを持って直立している。やっぱり分かんないや。
 しかし、直後、俺は誰かからのボディプレスを食らうこととなった。
「信じていたぞぉぉぉぉぉ斉藤ぉぉぉぉぉ!!」
 浜田の声がする。汗臭い。
「やったんだよ!! 勝ったんだよ!!」
 誰だろう。と思ってすぐに、4組の学級委員、金城さんだと分かった。
「斉藤!! 美味しい所だけもってきやがってぇぇ!!」
 伊藤の声だ。いや、お前は美味しいとこも空振りするだろうに。
「やるじゃん!!」
 喜多も俺にのしかかる。そろそろ息苦しい。
「やってくれるじゃねーか!!」
 浅田も、
「うおーい!! カッコイーじゃーん!!」
 中嶋も、
「わあああああああああ!!」
 渡辺も、みんなのしかかってくる。
 ダメだ、これ以上のしかかったら……
「先生感動しちゃったよぉぉぉぉ」
 ダメだ先生えぇぇぇぇぇぇ!! アンタがのしかかったら、俺もう
「ぐああああああ!!」
 ……圧死するかと思った。

       

表紙
Tweet

Neetsha