――俺達がまだ中学2年生だったとき。
出来の悪すぎるテストを「ひみつきち」の近くに埋めてしまおうと企み、
作戦決行のため「ひみつきち」に行った俺達は、
…驚いた。
そこに人がいたのである。
うっすらひげを生やした、堀の深い白い顔に、ぼさぼさの髪の毛を携えた、
おっさんだった。
こちらもこちらで驚いたが、あちらの衝撃も物凄いものだった。
目を見開いて、じっとこちらを見ている。まるで、なにか怖がっているように。
「……」
このまま沈黙が続く。
しかし、浅田はそれを破った。
「ここは俺達の場所だ。出てってくんない?」
その声にはある種の凶暴さが見え隠れしていた。
自分達の場所が占領されたことに腹を立てたらしい。
その言葉を聞いたおっさんは身をびくつかせ、
凶暴とも恐怖とも取れる目でこちらを睨んでいた。
その目に完全にびびった俺は、体が凍りついた。
俺は木に登っている途中だったので、重力が重くのしかかる。
「出て行ってくんない?」
浅田は同じ言葉を繰り返した。
相手の顔に、汗が滴り落ちる。口元を震わせている。
無言でこちらを睨みつけるだけだ。
…そのままの状態が、しばらく続いた。
「何なんだよ、お前」
浅田が沈黙を破った。
「何か言えよ」
その目には、獰猛な野生動物を思わせる鋭い光があった。
浅田に圧倒された相手の顔は青白さを増していた。
おっさんが何か言おうとした、
直後。
相手が『牙』を剥いた。
おっさんは『牙』をこちらに向け、いきなり飛び掛かってきた。
が、浅田は、『牙』に反応し、素早くその身をかがめてかわす。
そして、そのまま木に足を引っ掛け、『牙』ごとその体を地面に叩き付けた。
……およそ5メートルの高さから。
ドサッ
重たい音が鳴り、おっさんは伸びた。
手には、『包丁』が握られていた。
「何なんだ、あいつ」
浅田の顔は、もう既に冷や汗でびっしょりになっている。
勿論、俺も。
おっさんが目を覚ました。
「ひみつきち」の外、木の傍だ。
既に俺達は、雨漏りの応急処置のために用意していたガムテープを、おっさんの手足にぐるぐる巻きにして、おっさんの動きを完全に封じていた。
「な、なんなんだ」
おっさんが、出会って初めて声を出した。
「取調べさ」
浅田の声に、凶暴さはなかった。
「……な」
おっさんの顔に、困惑の色がべっとりと付いたのが分かった。
「あんたが何でそんな物騒なもの持って、しかも何であの「ひみつきち」のなかにいたのか、知りたくなった」
「あれは君達の秘密基地だったのか、でも」
おっさんは言葉を切って、続けた。
「何で俺を警察に突き出さないんだ?」
「理由を聞いたら、現行犯で突き出してやる」
おっさんの目が暗くなった。
「もう一回言うけど、何で包丁なんて持ち出して、あんな所に隠れてたんだ?」
「……」
おっさんは、一瞬ためらったが、言う以外の選択肢がないのを悟った。
「人を、殺すためさ」
「誰を?」
もう、ほとんど本場の取り調べである。
「俺の親父さ」
聞けば、おっさんはまだ24歳で、作家の夢を育ててきたのも関わらず、親父に理解されず、カッとなって殺人を企てたと言う。
「頑固な親父さ」
おっさんは続けた。
「俺がどんなに才能を、夢を語っても、結果を出しても、親父は聞いちゃくれない
店を継がせようとしているのさ」
「そんな理由で、殺そうと?」
俺は聞いた。
「やりたくもない事なんて、やる気にはならない」
「甘ったれてやがんな、ただそれだけで殺せるのかよ」
浅田は一息置いて、続けた。
「安いもんだな」
「お前等に分かるもんか。俺がどれだけの努力を、踏みにじられたか。俺がどれだけ辛いか」
その言葉に、浅田は急に喧嘩腰になった。
「上等だ。その努力とやら、見せてもらおうじゃねぇか」
そう言うと、ポケットからペンを取り出し、おっさんの腕のガムテープを解き、
バッグから、テストを取り出し、裏向きにして突き出した。