Neetel Inside ニートノベル
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――1時間後。
泣いた。
不覚にも感動した。何が悪い?
作られた作品をもう一度見た。
本気で作家になれるような文才と自信。
おっさんが、どれだけの物を積み上げてきたのか。
そして、おっさんのプライドの高さと、それが踏みにじられた時に生じる怒り。
「分かっただろ、俺がどんな人間か」
分からないでもない、だが
「でも、そんなくだらないことで……」
俺が言ったことに、おっさんはすぐさま反応した。
「君にも分かる時が来るはずさ。いつか、親父が憎くなる時が来る」
そういうと、さっきまで握っていた――落ちた衝撃で真っ二つに折れた包丁を脇に、おっさんはため息をついた。
「殺した方が、楽になる。
そう思ったけど、でも……俺は人を殺せなかった。親父を前にしても、結局俺は逃げただけだった」
「俺達も殺せなかった」
浅田が言葉を挟んだ。
「そうさ。親父に一度刃を向けたけど、殺せずにここまで逃げてきた。
そして君達に出会って……俺はまた人を殺せなかった」
一旦、ため息を付いた後、おっさんは木漏れ日を見上げた。
「さて、これだけ話したんだ。もういいだろう。
二度の殺人未遂まで起こしたんだ。警察に突き出してくれよ。もう、吹っ切れたさ」
「……」
一瞬、浅田は迷ったが、すぐにおっさんの目を直視した。
「やっぱ、いいや」
「……本気かい?」
おっさんは目を丸くした。
「俺が逃げるかもしれない。逃げてまた犯罪者に成り下がるかもしれない」
「だったら、逃げるなよ」
「……?」
突然浅田は、勢い良く話し出した。
「前科者になるくらいなら、もう一度親父のところに言って来いよ。
今度は、完全に言い負かすつもりで、言葉で相手を打ちのめせよ。
大喧嘩でも何でもしてみろよ。
人殺す事を考える位なら、言い負かすための言葉を考えろよ」
…浅田は息を切らしていた。
言葉がついて出てきた、ていうのはこういうものなのかな。
俺は勝手に考えた。
「なんてこった……中学生に説教されるとはね」
それほどまでに、浅田は中学生らしくない中学生だった。
おっさんは続けた。
「君の言いたいことは、大体分かるよ。
親父が邪魔だとか、そういうものじゃなくて、親父に正面からぶつかって来いって事だろう。
殺人とかそういう類ではなく、だ」
そう言うと、おっさんの表情は急に優しくなった。
「ここからは俺が勝手に考えた事だけど、
正面からぶつかって、それで悩んで、やっと答えを出して、
間違ったとしても、何かを学んで、前に進めるんだ
俺も、正面から親父を言い負かさないといけないんだ」
浅田も俺もピンと来ない感じの顔になった。
「俺は、とんだ間違いをしちまったな
正面からぶつかるどころか、殺意をむき出しにして、それでここまで逃げて。
いっそう親父とやりづらくなっちまった」
おっさんは、ため息をついた。
「……気づいたときには、いつも遅すぎるんだ。
失敗から学ぶなんていうけど、
もしかしたら、失敗からしか学べないのかもな。
だから間違ったんだ」
俺達は、何も言えなかった。
自分達の言いたいことを通り越して、おっさんは、もっと高い所に行っていた。
浅田は、黙ってガムテープをはがした。
「親父のところに、もう一度行く
今度は、包丁よりも立派な『牙』をもって」
何か難しいことを言って、おっさんは立ち去ろうとした。
「そういえば、名前、なんていうんだ?」
浅田が呼び止めた。
「どうして?」
「本。読むかもしれないだろ」
「そうか」
そう言って、おっさんは名前を口にした。
「南龍太だ」
「…!?」
頭の中で、糸がつながる。
その瞬間、
俺達は、目を丸くして顔を見合わせた。
そして、「ひみつきち」を見上げ、今度は、南を見た。
「ど、どうしたんだ?」
そう聞かれて、俺達は、「ひみつきち」の作者の名前を言った。
それを聞いた南は、すぐさま「ひみつきち」を振り向き、
「なんてこった……」
とつぶやいた。

南が去ってから、浅田がつぶやいた。
「大物か小さい人間かを分ける点って、こういうところなのかもな」
浅田はバッグの中にある、『37点』のテストを覗き込みながら、言った。
「俺、小せぇ……逃げてばっかじゃん」
俺も、自分のバッグの中の『28点』を覗き込んだ。
まともに見れなかった。
浅田は続けて言った。
「俺も、逃げない、でっかい奴になりたいなぁ」
かくして、『テスト封印作戦』は、不発に終わった。
これが、今の高校に結びついたと言うつもりはないが、関係がなかったとは言うつもりもない。

半年後、南の小説は何処かの新聞に連載された。
次の年、爺さんは死んだ。
南は、今、小説家として、東京のど真ん中にいる。

       

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