Neetel Inside ニートノベル
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そしてニートは恋に落ちた
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 線路沿いの、駅のホームから数百メートル離れた小さな書店。看板には錆びが目立ち、丁寧に手書きで「白石書店」と書かれている。店内は意外と清潔で、本もすべて五十音順に並んでいた。通路は狭いが客も疎らで通行にも不自由はしない。
 僕とて漫画を読む程度でそこまで本が好きなわけではない。高校時代に少年誌を購入して以来、一度も白石書店には足を運んでいない。

 ではなぜ僕は今、トルストイの「人生論」なんて頭が四角くなるような本を手にしレジに向かっているのか。
 その理由は僕が向かう先の人物にある。あの退屈そうにレジの椅子に腰掛けて欠伸をしながら文庫本を読んでいる女性だ。名前は知らない。

 これは計画だ。童貞で女性経験も皆無な僕が、ほぼ妄想と直感と行動力で組み立てた計画。小難しい本を購入し、その会計を担当した彼女がその持ってこられた商品を手にしてきっとこう思うだろう。

 「なんて文学な人なのだろう……」と。第一印象は大事だから、僕の服装もいつもに増して洒落ている。ネックレスなんて付けて外出するのは初めてだし、出かける前にシャワーだって浴びた。半年ぶりにリンスもした。ドライヤーもだ。抜かりは無い。

 僕は高々と脈打つ胸を深呼吸で抑え、レジに向かう。手汗がにじみ出て、ズボンで拭った。僕がレジに近づくと、彼女は文庫本に向けていた顔を上げて僕に微笑み、「いらっしゃませ」と口を開いた。

 ――脈有りだ! 僕は確信し、歩める足を速める。嫌いな人間に笑顔など向けるわけが無い。そう思った僕は彼女が僕へ抱いた第一印象に絶対的な自信を抱く。

 「380円になります」彼女はバーコードを読み込みレジを打った。僕は震える手が目立たないようにスムーズに小銭入れから500円玉を取り出す。完璧だ。僕がニートであるのが嘘みたいだ。
 「カバーはお付けしますか?」ああもうこれは完璧だ。僕に抱く第一印象は飛ぶ鳥を落とす勢いだろう。「はい、おふぇ。お願いします」噛むな俺アホか。

 「ありがとうございましたー」彼女は明るい声で店を後にする僕を見送った。僕はそれに背中で答え、威風堂々と帰路へと足を運ぶ。
 完璧。その二文字が僕の頬を吊り上げる。脇に異常に汗をかいているのを感じるが、そんなことは気にしない。

 アパートに帰った僕はとりあえず買ってきた本に軽く目を通してみた。何か水車がどうのこうのと書かれていたが、大して興味もなかったし眠くなったから横になって目を閉じた。明日もあの書店に行こう。

       

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