Neetel Inside 文芸新都
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終わりの町
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始まりと終わり

1

小さい町の中
俺たちはそこ以外を知らなかった
いや、知る術がなかった
沢山の大人が俺たちの道を照らして、レールを敷いてくれていた。
ただ、そこを歩けば良いだけの日々が過ぎていった。
何をしても、見ても、触っても、聞いても無機質で機械的な町の中で俺たちは何かを探していた。
そんな時、一人の人間によって俺たちの世界は良い意味でも、悪い意味でも崩された。

音もないままに







「また雨か…こう毎日降り続けられると洗濯もできないな」

一週間近く毎日のように雨が降り続けていた。
もう秋になって半月ほど経つのに紫陽花がまた花を咲かせていた。

信次「もう7時か…そろそろ学校に行くか。今日もどうせ自習だろうけど」

重い体を引きずる様にイスから立ち上がり鞄を手にして家を後にした。

俺の家は町の外れにある住宅街の更に外れにあるボロボロの市営の団地に住んでいる。

今ここに住んでいる人間は自分を含めても両手で数えられるぐらいの人間しかいないだろう。

この町の不適合者や協調性のない人間を押し込むためにここはある。

別名「豚箱団地」

ただ生きるのにかかる金が食費やその他諸々だけでいいのは有り難い。
ガス、水道、電気はこの町が払ってくれている。

なぜこんな事をしてくれているのかは分からない。豚箱団地の住人達にまともな人間なんていないはずなのに
俺自身はそう思ってなくても町の人間からしたら俺もそう見えているのだろう。

こんな事を考えていたらもう大通りにさしかかった。

ここからは普通の学生たちと同じ道を歩いて学校に向かわなければならない。

一見普通のように思えるかもしれないが自分は違う。

あの団地に住んでいるから、過去にアレがあったから

そのせいで俺の周りには人が寄りつくことはない。

通勤通学時間にもかかわらず俺の周りはいつも空いている。

それを無視するかのように俺の肩を叩いた男たちがいた。

「信次君おはよう。今日も朝から辛気くさい顔して歩いてるな。」

「朝から余計なお世話だ。この顔は生まれつきだ」

「お前ら毎日毎日同じ会話をしていて飽きないのか?」

お調子者で何かと首を突っ込んでくる友人沖野総士、冷静沈着な奏赤。
昔からの付き合いで俺に話をかけてくる数少ない人間だ。

赤の家は昔から続く武家で赤の親父さんは町でもかなりの発言力がある。そのせいか息子のこいつは周りの視線なんか無視して俺と話してくれる。俺からすれば数少ない友人と言える。

総士の家も昔から続く武家で文武両道のイケメンで女子から人気のある男だ。しかし欠点もある…

「九鬼先生よ。今日はなんと我がクラスに転校生がやってくるという情報をリークした。しかも、しかも、女子だっていう話だぜ。どんな娘だろうか。ワクワクし過ぎて頭の上に輪っかが乗っかりそうだ。」

そう…生粋の変態なのだ。男子からはあまりの変態度に軽く引かれているのにもかかわらず女子からは顔が良いからそのくらいは目をつむると言われている。イケメンは本当にズルいと思う。

「そうか。俺は興味ないからどうでもいいかな。」

「右に同じく。どうせまたお前に一目惚れでもして、そうしく~んって感じになるんだろうからさ。」

二人揃ってやる気のない返答。正直な話し赤はともかく俺はあそこに住んでいる限り一生涯女性には縁がないと考えてる。だから興味を持っても仕方がない。必要ないとは思うが別に男に興味があるとかでないと付け加えておこう。

「な、お、お前ら本当に男かよ。松茸とお稲荷さん付いてるのかよ?まぁ、赤が言うように俺に一目惚れしてくれれば有り難いけどな」

「だろ。イケメンの特権なんだからちゃんと行使しろよ」

にやけながら嫌みったらしく赤は言葉を吐いた。

「しか~し、今までそれで俺が一度でも甘い汁が吸えたことがあるか?ないだろ…」

悲しそうな顔で下を見ながら総士は呟いた。
そう、見た目と言動に反して総士には許嫁がいる。こいつなりにちゃんとその娘のことを考えているからかどうかはわからないが告白されても全部断っている。

「しかし、信次も目鼻立ちはしっかりしてるし良い顔立ちだと思うんだ。もしやもしやって事があるんじゃないか?」

ニヤニヤしながら人の顔を覗き込む総士。それを見て呆れ顔の赤。

その時後ろから誰かが走って来る気配に俺と赤は気が付いた。

とっさに半身だけ避けようとしたが間に合わなかった。

?「おはよう」

その台詞が聞こえた次の瞬間に俺の背中に強い衝撃が走った。
振り向いて見てみると、腰あたりまで垂れるポニーテール、白くて綺麗な肌、優しく暖かみのある声まるで母親か姉のようなそんな安心感を感じてしまう。

「朝から痛いだろ。少しは加減してくれよ野口」

「信次が朝から沈んだ顔してるから気合いと愛情を手に乗せて体内に送り込んで上げのよ。少しは元気になったかしら?」
そう言って少女は見た目と裏腹に子供のような笑顔を自分に向けた。

この人は野口茜、クラスのお姉さんキャラでよくまとめ役をかってくれる。面倒見が良く男女構わず慕われている。面倒見が良いから自分も構ってくれているのだろう。

「この顔は生まれつきだから今更どうにもなりゃしないよ。」

「そんな事はないと思うけどなぁ。」

そう言って野口は俺の顔を下から覗き込んだ。

綺麗な肌に綺麗な瞳、女性特有の甘い香り、そして大人っぽい見た目とは裏腹に子供のような無邪気な笑顔、少しドキッとしてしまう。

「どうしたの?顔赤いけど?…もしかして…風邪引いたとか?」

野口はそう言ってまた心配そうに俺の顔をのぞき込もうとしてきた。

「いやっ、何でもない。気にしないでくれ。」

俺は慌てて後ろに下がって両手を前に出しバリアを作った。

「全くウブだ」

「全くだ。見ていて楽しいったらありゃしない。」

助けを求めようとした二人はニヤニヤ笑いながら俺と野口のやり取りを見ていた。

「そう?ならいいんだけど…」

もし野口が俺をからかってこれを意識的にやっているとすれば諸葛孔明に並ぶ策士になれると思った。通学途中の学生の視線は俺を見ていた。ただでさえあそこに住んでいるだけで悪い噂が多いのにその上同学年の女子を泣かせたとあっちゃ大変なことになるのは間違いない。

信次「い、急がないとSHRが始まるぞ。」

俺はそう言って早歩きでこの場を後にした。

     

2


早歩きで歩いていると雨が傘の防御範囲を超えて入ってくるときがある。
特に下半身の膝から下は直ぐに濡れてしまう。学生である以上制服は決まっている替えの制服のズボンも後一着しかない。自分が通っているこの学校も例外ではない。女子はスカートなので靴下を変えればいいじゃないかと思ってしまうのは多分俺が男だからだろう。
そんな感じでズボンの裾を雨で濡らしつつ校門の前までたどり着いた。

この雨の中、学生達は校門のまえで三列もの行列を作っていた。
俺もめんどくさかったが一番右端の比較的人がいない列に並んだ。
多分この列の最前列にいるのは間違いなくあいつだ。別に視覚で確認したわけでもどっかの生徒の会話を聞いたわけでもないが自分の本能がそう言っている。
そんな事を一人で考えていると後ろから小走りで近寄ってくる足音が聞こえてきた。

その足音の二つには元気と言う単語が伝わってこなかった。とても重く、疲弊した足音のような気がした。一つは至って普通の足音だったが。

ふっと振り返るとそこには息を切らせたイケメンと青い顔をしたある意味クールな男と大変な物を見てしまった家政婦のような表情女が自分に迫ってきた。
「しんじ~」

まるで某ゾンビゲームのゾンビのような声で総士が迫ってきた。
俺は慌てて後ろに一本下がったがこれ以上下がると前に並んでいる生徒にぶつかりそうになったためここで耐えるしかないと腹を括った。

「な、なんだよお前ら、置いてったの悪いとは思うがそこまで血相変えて迫ってくることないだろ」

俺は必死に自分を正当化しようと自分を弁護したがそれを聞いてくれそうにはなかった。

ポニーテールの少女が二人を押し分けて俺の前に出てきた。

あぁ、何度も言うようだが凄く甘い匂いがする

「信次、大変よ。本当に大変なの。」

その勢いによって自分は元の世界に帰って来ることができた。
「な、なにが大変なんだよ。良いから落ち着いて話してくれ」
三人を両手で宥めて一番最初に落ち着いたらしい赤から事情を聞くことにした。

「信次、いいか…落ち着いて聞いてくれよ。」

そう言っている赤本人が落ち着いてる様には見えなかった。
しかし、そこをつっこむと総士と野口が横からぐちゃぐちゃ言ってきそうだったため敢えて無視して話を聞いていた。

「た、琢磨がスッゴい美人と一緒に登校してる所を目撃したんだ。」

「ふーん。なんだそんな事か…って、おい…それは…えっ…」
落ち着いて聞くつもりだった。
そう、その予定で話を聞いていたにも関わらず俺は心を乱してしまった。

琢磨(たくま)と言うのは総士、赤、俺と中学時代からの付き合いがある友人だ。本名不動琢磨(ふどうたくま)と名前からしてかなりの堅物をイメージ出来ると思うがそのまんまの人間である。長身で型位は良くあまり他人と関わろうとしないタイプで少し自分に雰囲気が似ていると本人の許可も得ずに勝手に思っている。

実際には後一人、矢島暁(やじまあかつき)と言うこれまた変わった男がいるがこいつの説明は本人が登場した時にでもしようと思う。

話を戻そう。

先程説明した「不動琢磨」と言う友人だが実は同性愛者ではないかと言う噂が立つほど女っ気のない生活を中学時代から続けていた。

それも仕方がないと言えば仕方がないのかもしれない。琢磨の家庭は少し特殊な家庭で実の姉と妹が合算して5人いる。琢磨の親父さんが相当な遊び人なのもあるがお姉さんを生んだお母さん達は皆さん病気や事故で亡くなっているらしいくそれに加えて琢磨の実の母親も既に同じ世界には居ないと聞く

この情報がもし総士や学校内の噂話のように信憑性のないものなら信じることはせずに鼻で笑いながら聞いた耳と逆の耳から坊さんの読んだありがたいお経の様に聞き流していただろう。
しかし、これが奏赤と言う虚言と福神漬けが何よりも苦手な男からの情報なら信じざるを得ない。

もしかしたら俺自身が勝手にそう都合よく信じ込んでいるだけかもしれないのだが、あの誰の事でも関係なしに首を突っ込んでくる総士ですら琢磨の家庭事情だけは決して首を突っ込もうとしないのだから何かあると踏んでも間違いではないだろう。

もし間違いだったとしても、人様の家庭事情など夫婦喧嘩や校長が週の始まりに話す長ったらしい話と同じぐらいどうでも良いことだと言うのが多分本音なのだろう。

その女っ気のない友人が美人の女性と歩いていたなんて事は正直驚き以外の何物でもなかった。むしろ、同性愛者じゃなかったのかという安心感で心がいっぱいになったが、それと同じくらいかそれ以上に裏切られた切ない気持ちが胸にいっぱいになった。

「あいつだけは…同士だった信じていたのに…」

俺はまるで戦友を失った兵士のような顔していた。
一言で表すと絶望に打ちひしがれている顔だ。

俺のそんな表情を見て心配そうに野口がのぞき込んできた。

この後は前回と同じ様に俺は反応してしまった。

そんな友人の嬉しくも悲しない報告を受けて俺は意気消沈しながらこの無駄に長い列を少しずつだが最前列を目指し歩いた。

       

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