Neetel Inside 文芸新都
表紙

監獄ガールズ
主人公ツシマの話

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「ハラが減った」
 対馬 忠努、現在大学生。俺はハラが減っていた。ハラが減ればどうするか。勿論メシを食えばいいのである。だが俺の住んでいるボロアパートには炊飯器どころかトイレも電話も無く、風呂なんて当然無いし、根本的な話をするならコンセントすら見当たらないという体たらくであった。
 財布には今何円あったっけと思い、財布を捜す。しかしいくら探してもどうにも見つからない。それもそうだろう。俺は財布を買う金すら無いのだったからな。グハハハハ。
 俺は立ち上がって窓まで駆け寄り、ガラっと窓を開けて桟に足をかけ
「こんなの限界じゃバカヤローー!!!!!ウワアアアアアア!!」
 思いっきり叫んだ。限界だよ馬鹿野郎!!ああもう俺は怒った!!強盗でもなんでもやってやる!!!

 コンビニに入ると「いらっさいまへー」という店員の間延びした声が聞こえた。ああいらっしゃったよ馬鹿野郎。俺は鬼の形相で手をポケットに突っ込んだままレジの前まで近寄った。ギラッと店員を睨みつける。その店員は何かを察したらしい。サッと顔の色が青くなっていった。
「あ、あんたまさか」
「ああそのまさかだよ!」
 俺はゆっくりとポケットから手を出す。
「や、止めろ!止めてくれ!!」
 店員は両手を挙げて降参のポーズを取った。だが俺は容赦などしない。
 ニヤリと不適な笑みを浮かべてポケットからゆっくりと手を出すと、ファイティングポーズを取った。
「さあ、そのキレイな顔をグチャグチャにされたく無かったら」
 シュッシュと(小一時間程練習した)ジャブを繰り出す。
「10万円渡しな」
 ナイフを買う金が無かったので、己の拳で我が天命に抗うこととした。若干心もとなかったが、効果は抜群のようである。ほうら、この店員の呆然とした顔ったら……。
 メキッ!
 その店員は不意に右フックを繰り出してきた。ドターンと俺は床に崩れ落ちる。
 だが不死身の俺様、対馬様はすぐに立ち上がる。
「不意打ちとはやってくれるじゃねえか。もう容赦しねえぞコラァ!」
 メコッ!
 その店員は突然左アッパーを打ち込んできた。俺はドカーンと床に倒れる。
 しかし不屈の俺はまた立ち上がった。
「わかった。じゃあわかったよ。5万、いや、7万円にしてやる。さあ、さっさと金を寄越せ」
 メリッ!
 店員は手刀で俺の鎖骨に一撃を加えた。俺はぎゃあと叫んだ。
「わかった。よくわかった」
 肩で息をしながら俺はうんうんと頷いた。
「俺はもう帰る。それでいいだろ?」
「お前バカだろ!?」
 そして店員がカウンターを越えて俺に飛び掛ってきた。
 そこからは、あんまり記憶がハッキリしない。店員が俺にチョークスリーパーをかけたかと思えば、俺のアキレス腱固めが見事に決まったような記憶もある。
 ハッキリと意識が戻った時には、俺は店員に馬乗りになっていた。両手は血で真っ赤になり、店員のキレイな顔はハンバーグみたいに(ハラが減っていたのだからそう見えたのも無理は無いだろう)グチャグチャになっていた。
「それ見ろ!俺の勝ちだ!」
 うおおおんと勝利の咆哮を上げ、ガッツポーツを決める。
「大・勝・利!!!!イエイ!!!」
 
 そして俺は警察に捕まった。

     

 拘置所でご飯にありつくと、俺はようやくまともな思考回路というものを取り戻した。
 これまでの顛末を回想してみる。
 
 うわバカ丸出しじゃないか。俺は頭を抱えて一晩中悶絶したのであった。
 拘置所の中で俺は、両親の勘等宣言、彼女の破局宣言、友人の絶交宣言という、人生の3分の2程の別れを一気に体験した。その一方で、国家弁護士なる男との新たな出会いがあったことは、俺の心に一筋の光明を投げかけたのだった。
 俺みたいな超凶悪な犯罪者でも、公平な裁判とやらを受けることができるらしい。弁護士は心配するなとばかりに俺にウインクをかましてきてくれた。
 でもまあ、折角なのだが、どうせロクでもない結果となるのは目に見えていたし、弁護士に妙な期待をかけるのも何だか悪い気がするし、虚しいだけだろうと思ったので、俺は変に取り繕う事無くありのまま、お金が欲しくて強盗しました。はい。ココナッツクラッシュでとどめを刺しました。え?全治7ヶ月?へー、あ、いや、悪いと思ってますはい、とペラペラ供述した。
 そしたらまあ、驚くことに、懲役15年という判決が下されることとなった。
 弁護士は
「まあ、検察は懲役15年とか20年とか求刑してくるだろうけど、安心したまえ。どんなに多く見積もっても懲役7年を超えることは無いだろうし、何より僕がそうさせない」
 と白い歯を見せ、ドカンと厚い胸板を叩いて見せたものだったのだが、まあこの様である。やっぱり、この趣味がサーフィンの弁護士をもっと信用して共闘するべきだったのだろうか。
 だが、今さら悔やんでももう遅すぎた。後の祭り。後悔後先たたず。覆水盆に帰らず。
「刑期が終わったら、僕とサーフィンしに行きましょう」
 裁判終了後、弁護士が親指を立ててこう俺に笑いかけてくれたのだが、果たして、15年も世間と隔絶していて時代の波に乗り損じているこの俺が、本物の波に乗ってしまっていいのだろうかと縋る様にして彼に問いかけたのであるが、彼は暗い顔をしてただただ俯くのみであった。
 
 グダグダと長くなってしまったがつまり要約すると、かくして俺の青春は雲のように消えて無くなったのである。

     

 愛しき拘置所から新天地の刑務所へと居を移す、その日の事であった。荷物を纏めている俺の所へ看守らしき者がツカツカと近づいてきて
「所長がお呼びである」
 それだけ言うと彼はクルリと踵を返して廊下へと出た。付いて来いということなのだろうか。俺は慌てて彼の後を追いかけた。
 所長室と書かれた実に分かり易い部屋の前でその看守は立ち止まった。俺がボンヤリしていると彼はキッと睨んできた。入れということなのだろうか。俺は「所長室」の扉をノックする。
「やあ来たか犯罪者め。さっさと入れ」
 予想外の暴言でもって返事がなされた。正直何だか嫌な予感がしたのであんまり入りたくなかったのだが、看守が俺をメラメラと睨みつけて妙なプレッシャーを与えるので、仕方なく入室することにした。
 部屋には「所長」と実に分かり易いネームプレートを胸に着けている男が机に座っていた。
「おはよう。私はここの所長である。つまり一番偉いんだ。そんな私が君のような社会不適合者の為にわざわざ時間を割いてやっているのだ。まずはそれに感謝しなさい」
「用は何ですか」
「……ウ、ウワアアアアアアオオオオオオウワアアアアア!!!」
 所長は突然叫び出した。俺は吃驚した。
「ウワアアアアアアアアア!!俺は感謝しろと言ってるんだ!!ウワアアア!!感謝しろ!!!!オウワアアアアアウオオオオオオ!!!」
 所長は気ちがいだった。
 何が何だか全く分からなかったが、だんだん怖くなってきたので俺は額を床に擦り付けて「ありがとうございます」と言った。
 すると所長の狂態は止まった。
「フウフウ……すまないすまない。私は所謂、犯罪者嫌悪病というやつでね。犯罪者に意見されると我慢ができなくなる体質なんだよ」
 何だそれとは思ったのだが、また何かマズイ事を言って暴れ出されたら、この勢いなら殺されても不思議ではないだろうと思ったので「成る程」と適当に相槌を打っておく。
「タイマ君だっけ?」
「いや、ツシマです」
「ギ、ギ、ギ、ギイアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
 ガンガンガンと自分の頭を机に叩きつけて叫ぶ。
「俺がタイマと言ったらお前はタイマなんだ!!!!ウワオオオオオオオ!!」
「タイマです」
「フウフウ……。よろしい。それで、タイマ君。君は懲役15年らしいね」
「恥ずかしながら」
「その懲役が3年になる方法があると言ったらどうする?」
 俺は耳を疑った。
「本当ですか?」
「キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ」
 頭をガリガリと掻き毟る。
「いや本当です。本当に決まってます」
「フウフウ……。いや何、至極簡単な話なんだよ。何、本当に簡単なんだ。入所先の刑務所を変更することに同意する、っていうだけなんだよ」
「刑務所の変更?それだけでいいんですか?」
「ああそうだ。本当に簡単だろう?」
 所長はニコニコと微笑んでいる。さっきまで狂っていた奴とは思えない微笑だ。
 しかし俺は、そんなどこかのファーストフード店のような笑顔に乗せられて「本当だ!簡単じゃん!」と大喜びするようなおめでたい奴ではない。当然の疑問をぶつけた。なるべく謙虚に。
「あの、こんなことを聞くのも何なのですが……その刑務所というのは、孤島にあったり、熊が出たり、魔物が徘徊するような物なのでしょうか……」
「ハハハハハハ!」
 予想に反して、所長は高らかな笑い声を上げた。
「天下の犯罪者君のくせに臆病者なんだな!ハハハハハ!大丈夫!熊もマムシもスライムも失踪事件も一切無い!それどころか他の刑務所よりもずっと平和だって話だ!ハハハハハ!」
 俺もつられてハハハハハと笑う。
「何!こんなお願いをする理由も簡単だ!君が行くはずだった刑務所が満員になってしまったというだけなんだよ!アハハハハハ!」
「ククククク」
「ちょっと入所先を変えるだけで実に刑期が5分の1になる!こんな等価交換なんて他にあるだろうか!?ハハハハハ!」
「ハハハハハ」
「今の日本の刑務所の現状は実に芳しくない!過剰収容の問題が圧し掛かって来てるんだ!こうして君にお願いしなきゃいけない位にね!」
「アハハハハハ」
「もう囚人なんて全員死刑にしたらいいんだよ!人権なんて無視無視!」
「ウワハハハハハハ」
「ハハハハハハハ」
「ハッハハハハハハ!!」
「ヒャハハハハハハハハ!」
「ヒーッヒッヒッヒッヒ!!」
「ハハハハ。さあそれで」
 所長は笑いすぎて零れた涙を手で拭う。
「同意してくれるね?」
「ハハハハハハ!」
 俺は高揚する気持ちをなんとか落ち着かせて、元気よく返事した。
「誰がするか馬鹿野郎!!!!そんな上手い話あるわけ無いだろボケ!!死ねっ!!」
「ウオオオオオオオ!!警備員!!!!ウワアアアアアアア!!」
 俺はダッシュで外に逃げようとした。だが扉から屈強な警備員が2人も出てきて、ガッチリと羽交い絞めにされた。
「離せ!離して!離してくれえ!ワアアアアア!」
 命がけで懇願したが、まるで効果がない。一人の警備員が俺の親指を掴み、もう片方の警備員がどこからか朱肉を持ってきて親指に擦り付ける。そしてそのまま所長の机まで担がれてゆく。
 机の上にはいつの間にやら同意書と書かれたプリントが置いてあった。俺の親指は暴力によって、その同意書との距離を狭めていく。
「濫用だ!これは権力の濫用だ!」
 必死に喚く。
「嵌められる。いや、嵌められた!クソ!」
 しかし、いくら泣こうが喚こうが、非情にも親指は着々とプリントに近づいてゆく。
 それでも何もせずにはいられない。全ての力を搾り出して俺は叫んだ。
「精神病患者が所長なんてやってんなよ馬鹿野郎!!」
 ベキシ、と小気味良い音が鳴った。それは俺が所長に横っ面を殴られた音だった。
 ペタン、と親指が同意書との邂逅を無事果たしたのを見届けて、俺は気を失った。

       

表紙

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Neetsha