生き続けるために生きているわたし達は

(今回長い上に挿絵がなくて申し訳ない……)

「生が終わって死が始まるのではなく、生が終われば、死も終わるのだ。死はまさに、生のなかにしか存在しないのだから」
 とアングラ演劇の巨人寺山修司は言った。
 死の後には何もなく、ただ無があるだけである、という死生観は我々の間に深く浸透している。
『人生のうちで、確かにわかっているのは、
「死ぬ……」
 ということだけである。』
 と言ったのは池波正太郎。
 人生は一度きり。
 泣いても喚いても、一度きり。
『人生はたった一度かぎりだ。それゆえわれわれのどの決断が正しかったか、どの決断が誤っていたかを確認することはけっしてできない。所与の状況でたったの一度しか決断できない。いろいろな決断を比較するための、第二、第三、第四の人生は与えられていないのである』(ミラン・クンデラ「存在の耐えられない軽さ」)
 さて、なんでこんな抹香臭い話を突然書いたかと申しますと、つい先日、叔父が自殺したからなのです。
 ええ、本当。マジにマジにマジで自殺だそうです。
 報せは突然でした。母からのメールに、遠い親戚のおじさんが、首を吊って死んだとかいてあった。
「がんだそうです」「交通事故です」などと書かれているはずの場所に、「自殺」とあった。
 「自殺」という言葉が、日常的文脈の中では妙に浮世離れして見えるということに、わたしは始めて気づいたのです。
 だから、悲しむというよりも、びっくりしてしまった。
「自殺」
 なんて言葉が、自分の人生に関わってくることがあるなんて、思ってもみなかった。
 いや、思ってもみなかった、というと嘘になる。
 わたしだって、悩み多き思春期を通ってきたり、いわゆる下流層の生活だったりするから、死のうかな、くらいのことを思ってみたりしたことは、ある。
 だけど、だからといって、それはあくまで幻想や妄想の中での自殺であり、本当に死のうとなんて、思ってはいなかった。(ということを今回思い知ったのだ)
 この叔父さんとは、わたしがまだ小学校に入る前に、祖父の家に同居していた。その頃の祖父の家は、わたしの一家と祖父母と、父の姉夫婦が住んでいた。
 父の姉の夫、それが、今回死んだ叔父さんだ。
 小さい頃の記憶によると、おじさんは適当なことばかり言う人だった。
 ある日わたしががんばれゴエモンを熱心にやっていると、おじさんが突然入ってきて、
「へーちょちゃんは大きくなったら何になりたいんだ?」
 と聞きました。わたしは元気良く、
「しょうせつか!」
 と答えたものです。
「そうかそうか。大丈夫、へーちょちゃんはできる子だからな、すぐに芥川賞でも直木賞でもノーベル文学賞でもとれるよ」
 本当に、適当なもの。すぐにどころか、わたしは未だに芥川賞や直木賞やノーベル文学賞どころか、イグノーベル賞すらとっていない。(本当にイグノーベル賞とったら逆に凄いけど)。
 適当だったおじさん。
 でも、いつだかの、
「生きているのが、辛い」
 というあの言葉は、適当じゃなかったんだね。
 叔父さんはずっと、うつ病だったという。
 うつ。
 なんだか簡単なようで、難しい言葉だ。
 辞書によると、うつとは、気分が重く沈むこと。でも、それだけじゃない。
 気分が重く沈むことは、誰にだってある。
 だけど、うつっていうのは単にそういう憂鬱状態のことじゃない。
 たとえるなら、同じアイスクリームを食べてわたしが甘いと思っても、うつの人は冷たいと思う。
 うつっていうのは、つまりそういうことなんだと思う。
 そういう人にわたしは何が言えたろうか、と考える。
 もしもわたしが何か言ってあげることによって、救えたのだとしたら、と仮定してみる。だってわたしは物書きで、物書きにとっての言葉はボクサーにとっての拳や、医者にとっての薬と同じなのだ。
『私は言葉をジャックナイフのようにひらめかせて、人の胸の中をぐさりと一突きするくらいは朝めし前でなければならないな、と思った。』(寺山修司「ポケットに名言を」)
 しかし、だ。
 果たしてわたしに、これが生きる意味だと言える言葉があるものか?
 そもそも今まで、生きる意味なんて感じながら生きてきたものか?
 無限に広い世界の片隅で、ぽつんと孤独を感じてばかりではなかったか?
 考えてみるに世界ってば、もしかしたら虚無って奴なのかもしれない。
 虚無の世界に意味などあるか?
『みんながめいめい自分の神様がほんたうの神さまだといふだろう。
けれどもお互いほかの神さまを信ずる人たちのしたことでも涙がこぼれるだろう。
それから僕たちの心がいいとかわるいとか議論するだろう。
そして勝負がつかないだろう。
けれどもしおまへがほんたうの考とうその考とを分けてしまえば
その実験の方法さえきまれば
もう信仰も科学と同じやうになる』(宮沢賢治「銀河鉄道の夜」)
 世界の全てを調査し収集し分類し尽くせば過去も未来も全て知ることができるという百科事典主義者たちの妄想は、ハイゼンベルグの不確定性原理とゲーデルの不完全性定理によって完膚なきまでに完全に粉々にされてしまいました。世界の全てがわかる、ということはもう決してありえません。
『神様を信じる強さを僕に』(小沢健二「天使たちのシーン』)
 今では神様を信じることすら容易なことではありません。その神だけが、全てを知る。ゴッド・オンリー・ノウズ。
『しかし神を信ずることは――神の愛を信ずることは到底彼には出来なかった。あのコクトオさえ信じた神を!』(芥川竜之介「或阿呆の一生」)
 世界の真理を教えてくれるはずだった知恵の実の力は、我々自身の知恵によって再び神の手へ返されてしまったのです。
 今や世界はてんでバラバラの、まるでガラクタみたいなもの。
『人生が物語(ロマン)のように明晰で論理的で脈絡があってくれればいいのに』(映画「気狂いピエロ」)
 こんな世界に意味はあるでしょうか。
 意味とはつまり言葉なのだとしたら、言葉に、力はあるのでしょうか?
『いったい言葉が何者であろうか、何ほどの値打ちがあるのだろうか、人間の愛情すらもそれだけが真実のものだという何のあかしもあり得ない、生の情熱を託すに足る真実なものが果たしてどこに有り得るのか、すべては虚妄の影だけだ。』(坂口安吾「白痴」)
 生きているということが、死んでいない、というだけの意味であったとしたら、生が死の単純な逆数なのだとしたら。
『人の生涯は動き回る影にすぎぬ。あわれな役者だ、ほんの自分の出場のときだけ、舞台の上で、みえを切ったり、喚いたり、そしてとどのつまりは消えてなくなる。』(シェークスピア「マクベス」)
 だけどもし、生きている意味を無理矢理にでも見つけ出さねばならないとしたら、それは生き続ける、ということにあるのかもしれません。
 続けていくこと。ただ死なないだけでなく、生を続けていくこと。
『しばしば勇気の試練は死ぬことではなく、生きることだ』(アルフィエリ「オレスト」)
 生き続けるというのはつまり、自分ではない人たちに、自分が生きていると認識してもらい続けることなのです。
 それを実現する唯一の手段とは、言葉を放ち続けることに他なりません。
 誤解され、曲解され、そして決して理解されることはない、言葉はそういうものです。
 それでも、人と人の心をつなぐものがあるとしたら、それは言葉以外にはありえないのです。
 この益体もない文章の終わりにいくつか、わたしの好きな言葉を引用しておしまいにしようと思います。これらの言葉がわたしやあなたや死んだ叔父さんにわずかながらの慰めも与えてくれることを願いつつ。
『絶望はオロカ者の結論と申します』(あすなひろし「青い空を、白い雲がかけてった」)
『自殺志願者が線路に飛び込むスピードで――生きていこうと思うんです』(野狐禅「自殺志願者が線路に飛び込むスピード」)
『生命は周知のように一種の燃焼過程であるが、それにさいして発する光が、すなわち知性なのである。』(ショーペンハウエル「知性について」)
『ぽかんと花を眺めながら、人間も、本当によいところがある、と思った。花の美しさを見つけたのは、人間だし、花を愛するのも人間だもの。』(太宰治「女生徒」)
『それで ぼくも
風をあつめて 風をあつめて
蒼空を翔けたいんです
蒼空を』(はっぴいえんど「風をあつめて」)
『「ぼくは神の王国なんかにいやしない」
「人間はみなそこにいるのだよ」』(ヘミングウェイ「兵士の故郷」)
『考えるな、感じろ』(ブルース・リー)
『ゼロだよ、とにかくゼロに賭けるんだ!』(ドストエフスキー「賭博者」)
 このくらいでいいかな。
 さて、それじゃあ叔父さんの「代わりに私が生きてあげようかな」(筋肉少女帯『生きてあげようかな』)。
 P.S叔父さん。
 三年前、久しぶりに会った時、酒に酔った振りして女子高生だったわたしの太ももを執拗に撫で回そうとしたあなたを、わたしは一生忘れません。
 さようなら。
 また、いつか。

(次回、叔父さんの葬儀のためにへーちょちゃん伊豆大島へ行くの巻)