Neetel Inside ニートノベル
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お前のケーキはオレのもの。
レシピNo.1 スペキュラム

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~ラサの呟き~

 いや、オレはご主人嫌いじゃない。それはホントに、確かなことだ――さもなきゃこんなえらい毎日、いいとこ3日でギブアップだ。
 けどね。ご主人、あんたはやりすぎた。
 元はといえばオレのせい、ああ、それは確かにその通り。
 だけど、オレは聖人じゃない。どっちかってと、悪魔のほうだ。
 わがままで堪え性がなくて、自分勝手でモラル無し。
 だからやらせてもらうよ。気の毒だけど。
 もう一度、もう一度だけ泣き顔拝ませてもらったら。その後はちゃんと、ずっと、優しくするから――


レシピNo.1 スペキュラム
 過去・現在・未来のどこでも見られる、まほうのめがね。
 ――『そらいろのこねことティミー』シリーズ ふしぎアイテム図鑑より


 手順1.太陽がいっぱい

 マドリア湾は今日も晴天。
 デッキに出したサンベッドで、オレは夏を満喫していた。
 サイドテーブルにはトロピカルカクテル。隣には可愛い使い魔。
 右手でそいつのアタマを撫で、左手を空にかざせば、おおぶりの翠玉をあしらった指輪が光を弾いた。
 レアアイテム『使い魔の指輪』。
 これを使いラサをひざまづかせてから、半年程が経つ。
 一時とはいえ、オレの師であった男だ。当初はそれなりに抵抗を試みたりもしてきたが、指輪の呪いにとらわれた時点で勝負はすでに決まっていた。
 今ではオレをご主人と呼び、ほぼ毎日手作りの菓子(これがうまい)を献上し、冗談半分のムチャな命令にも(トホホ顔で泣きをいれながらも)健気に従う、可愛い可愛い使い魔だ。
 今となってはこんなことまでのたまって甘えるようになった――
「ねえご主人。あすこに見える島ほしいっすよ。
 こんないい天気だったら、ふたりで無人島ツアーとかさ。
 プライベートビーチもいいっすけど、やっぱその…ねえ」
「わかったわかった。次の26にでも買ってやるよ」
「え~」
「何だよ。不満か」
 肩に手を回し軽く凄んでやるとヤツはびくっと身をすくませた。
「え、えっとその、…夏、それだとほとんど終わっちゃうしっ」
「な~んだ。
 お前ってばいまだにリーマン根性抜けないのな。オレらはこの先ずーっとバカンスなんだぜ」
 で、頭を撫でてやるとほっと息をつく。
 この慌てる様子がどうにも可愛くて、ついついいぢめちまうのだ(笑)
「それはご主人もっスよ~。まあ週末って言わないだけいいっスけどさ」
「違ーう!
 次に配当が入るのが25なのっ。だから26!
 ったく、1日って言わないとこにオレの愛を感じろよなったくっ」
「ご主人……。」
 ラサはふうっとため息をついた。
「すっかり、不労所得生活者になりましたねぇ。
 オレが育てた以上の領域に余裕で達してますよ。
 ねえ。かくなる上はもう一歩、うえにいってみません?」
「え~。もう働くなんてやだ~」
「ええもちろん、あなたはなーんもしなくていいんすよ。
 ただ、少しのお金を貸せばいい」
「だーらそれ仕事じゃんゴルア」
「ただし相手はあなたです」
「……… は?」

 

     

手順2.悪魔のお誘い。

 ヤツのハナシはこうだった。
「お金を増やすにいい方法は?
 稼ぐ、無駄遣いしない、メリハリをもって使う、働き手を増やす」
「……投資が抜けてないか?」
「投資はよっつめに該当しますぜ。
 アレは、金に働かす、てコトっすからね」
 ふん、なかなかいいつかみじゃねーか。やはり金貸し屋勤務経験がオレより長いってのは伊達じゃないな。
「金は、金のあるヤツんとこ集まるって言うでしょ。それってのは、金自身が働いて稼いでるから金がよく増える、つまりそういうことなんスよ。
 ご主人が昇給した時さ。オレ、ご主人に株教えましたよね?
 その時の種銭、覚えてます?」
「50万……お前がたしか、半分出したんだったな」
 そう、あの日こいつは小さな、けれどすごくおいしいケーキを焼いて、オレを祝ってくれたっけ。
「……正解ス。
 それで買ったのが」
「たまや酒造、472ゴールド…500株」
 樽に乗っかる三毛猫のマークで親しまれる、当時(地元限定で)わりとメジャーな酒造メーカー。
 当時のオレは酒をやらなかったが、ここはジュースもやっていた――それも、テキトーな規格外を香料甘味料でまぜくたにして仕立てるのでない、きちんとしたマジメなジュースを。
 当時その姿勢は、あまり注目されてはいなかった。
 しかしわかるやつにはわかるもの。今ではそこはワールドワイドに名の知れた飲料メーカーだったりする――
 ちなみに今オレが飲んでる(ラサにもやってる。一応。)カクテルの原料もここから買い付けてるものだ。
 今でもオレはTAMAYAビバレッジの株主だし、その配当はオレの生活を大いに潤している。
「っで、初めての配当金は」
「15000ゴールド」
 今となっちゃ、たいした金ではないが(その数千倍の配当を毎期オレは得ているのだ)。
「………。」
 と、ラサは口を半開きにしてオレを見ている。
「何だよ」
「覚えてたんだ……」
「っだとコラ」
「だー! 違います、そーじゃないス、感心してんですってばっ!!!」
「だったらいい。続けろ」
 こんな時、ちょっと前なら『止めて下さい』だったからついついいろんなことをしてしまってハナシが長引いたものだ。ヤツもだんだんオレの扱いを覚えてきたらしい。
 ……まああまり慣れるよーならつまらんので今度は別の対処パターンを考えよう(笑)
 とりあえず今は、このハナシがおもしろげなので続けさせることにする。
「うぃっス。
 その時もしも、もしもですよ。あともうちょっと種銭があったなら……思いませんでした?」
「……ああ」
 そう、あの時は遠話会社関係の株がやたら好調だった。当時のオレの金と信用状況では最低購入株数を買うことができず、雲のうえのハナシとしてただニュースを見ていたものだが、買えた奴らは大分おいしいメを見たようだ。
「つかラサ、お前はアレ、買えたんだよな……」
「ぶっ」
 そう、あの当時オレは、収入に見合ったせっまい部屋に住んでいて、ラサも師匠として基本一緒に寝起きしてたが、ヤツはすでに高給取りだったんでウォーターフロントのいー部屋持っててときどきオレをそこ連れてっちゃ『よーく見とけ。これが“上”の暮らしっぷりってヤツだからな』とのたまって、てことはこいつめあの部屋余裕で遊ばせてたってことでっ。
「げほ、げほ、げほ何スか急に薮から棒に! ええ買いましたよ。配当もおいしかったっす!! でもあれの用途は全部、ご主人のための養育費だから!! オレだけ美味しい思いなんてひとつもこれっぽっちも!! してやしませんから絶っ対!!!」
「……先を続けろ」
 これをネタにいぢってやるのはとりあえず後だ(←養育費ってオイ(笑))。ヤツもそれをカクゴしたらしく、息を整えるとため息をついて、話し始める。
「そう、あの時もっと金があれば。もっとたくさん株が買えてた。そうしたら、配当だって。
 ――あの約束だってもっと早く果たせてた」
「……。」

 

     

手順3.甘い生活。

“あの約束”。
 思い出すと、柄にもなく胸がうずいた。

『この先お前がもっと稼いで。この部屋の家賃半分出せるようになったら、……』
『ここで一緒に暮らそう。毎日この景色見て、なんか甘い菓子食おう。
 でさ。その日は記念に何でも一個、言うこと聞いてやる。一日お前の言う通りにしてやるよ』
『いいの?! えっと、じゃあね、……』
『こら、まだ言うな。
 今のお前は欲なさすぎだ。どーせ、おごりで遊園地連れてってーとか、縁日行ってオールで買い食いーっとか、そのてーどだろ』
『う゛…。』
『ったく。そーゆーことは、実現の瞬間までとっとくの。ひょっとして前日に気が変わって、オレのことしこたまぶん殴りたくなってるかも知れないぜ(笑)』
『そんなあ……』

 そう、そしてオレは約束の日、ラサと遊園地には行かなかった。
 あの眺めのいい部屋で、最高の酒飲んで、ラサには思っきし飲ませて、そして。

「ホント、あの頃のご主人は可愛かったっスよねえ…。あれがラサさんを一日かしづかせての望みだってんですから。プライベートではまだ“ぼく”抜けきってなかったし」
「ほっとけ。」
 昔なじみほど恐ろしいものはないというが、まさにコイツもその一人だ――あの頃のハナシをされると調子が狂う。
「今後24時間昔のハナシしたら罰ゲーム。」
「あー、それじゃ続きが話せないけどご主人いーんすね??」
「……特別に話してよし」
 コイツめ、これでつまらんハナシだったりしたら半殺し確定だからな。
 ぎろっと睨んでやるとヤツは肩を震わせたものの、逃げも退きもしない(もっとも、下手に逃げればまずいことは経験から身に染みているはずなのだが)。それどころか、まっすぐに紺碧の目を上げて見返してきた。
 ヤツはよほどこのハナシに自信があるのだろう。
 それなら、聞いてやらんでもない。それは一人の、男として。
「座れラサ。お前の計画を聞こう」
 こんな体勢でいたらいつ、悪い虫がハナシを妨害するか知れたもんじゃない。オレは身を起こし、サンベッドのうえにあぐらをかいた。
「おコトバに甘えて、っと」
 ラサもとなりで同じようにする。
 これで簡単には、オレもヤツに手出しができなくなった。腹を据えて、ハナシを聞ける。
「計画ってのは、簡単なモンです。
 過去のあなたに大金を送る。で、金融取引始めさす。
 もちろん、いきなり一人じゃ不利すぎるんで、オレがアシスタントとしてつきます。
 オレは未来を知ってるし……例えそれが変わったとしても、占術師としての腕は落ちちゃない。
 必ず大儲けさせてみせますって」
「過去への送金か……
“跳躍時計”だな」

 跳躍時計。それはオレの発明品だ。
 一つにつき一回だけだが、だれでも望む時と場所へ移動できる奇跡のアーティファクト。
 実はオレは王立アカデミー上級魔導院卒の錬金術博士なのだ。
 卒業後、金貸しとして働いていたためブランクはあったものの、引退してから再開したらブランクなんざなんのその。
 学生時代に理論だけ完成させてた時間移動アイテムを、自分で実用化するのに成功した。

 ただし博士論文用には莫大なコストのかかる、錬成の成功に運の要素がきわめて高い、精度もイマイチで未完成のやつを提出した――なぜって? 面倒が予想されたからだ。
 考えてもみろ、どんなドシロウトでも自在に時間を移動できるアイテムなんざ発表した日にゃ、権力に技術は奪われて、よくて飼い殺し、悪けりゃテキトーな罪でも押っ付けられてイカサマ師として抹殺だ(だからこそそれまで誰も、コイツの実用化に手出ししなかったとも言えるのだが。)

 だからコイツは、決して世の中にでまわっちゃいない。オレだけが完成版の存在を知っている、幻のアイテムなのだ。
 しかし正しい製法さえわかってしまえば、そして充分な魔力さえあれば、これを作るのはホットケーキを焼くように簡単なのだ。

     

手順4.最後の遠回り、その始まり。

 まあ別段、使う用もないからほったらかしてたのだが、こういう役に立つ日がくるとは。やっぱり、オレはツイてる男だ。
「わかった作ろう。二つでいいな」
「ひとつっス。とりあえず当時のあなたに跳躍時計の開発はやってもらいます。
 過去にトレードだけにかまけて馬鹿になったら、それこそ元も子もない。
 まあヒントはあげますけど、基本自力でやってもらいます」
「おい、そしたら仕事は」
「やってもその後っすね――オレとしちゃオススメしませんね。とくに序盤は割が悪い。
 どーしても未練があんならアレですけど――あの仕事の関係とかで、失って困る人脈とかありましたっけ?」
「…ないな」
 オレの仕事っぷりを見て、オトモダチになりたいという変人は、一人もなかった――愛人にしてというのは数人いたが、どれもハニートラップか変態だ。ラサをダシに使えばなんなく追い払うことができた。
「仕事はべつにいーわ。だがアイテムは惜しい」
 そう、この指輪。そして、右耳のピアス。
「……過去のオレに接触しますから。あなたを金貸しとして採用しないように。かわりに研究員としてサポートしてもらいます。
 でも完成が知れたらやばくなるんで、その頃くらいから会社は潰しをかけます。
 そうすりゃブツは放出されてくる。それを買い取ればいい。そこはオレが」
「いいだろう。しくじるなよ」
 会社の、つかラサの管轄下で働くなら、ピアスは大丈夫。
 使い魔の指輪は絶対落札しなければ。
 これがなければラサは……
 気づくとオレはラサの腕を掴んでいた。
「いいかラサ。お前の身柄はオレが握ってる。死ぬより苦しいメ見たくなきゃ忠実に働け。スペキュラムで見てるからな。逐次ピアスで報告しろ。
 最低、……月に一度は帰還して報告書を出せ。いいな」
 本当は毎日帰ってこいと言いたい。だが、それでは仕事にならないだろう。
 毎週、ではどうかとおもったが半端過ぎるし、週末をともに過ごして心理的障壁をとりはらうのも、師として必要な行為だ。
 それに。
 ……それに。
「わかってますって」
 その時驚くべきことが起こった。
 ラサが、オレに身を寄せた。
 同時にヤツの腕が、肩にまわって。
「大丈夫。オレとご主人は、ずっと、ずっと一緒ですよ」
 そっと叩かれた背中が、暖かい。
 まるであの頃みたいに感じてオレは、思わず泣きそうになった。
 ――思えばここで泣き面をさらしていれば、この後の一ヶ月、そしてあの恐怖の瞬間はなかったのだが、運命の選択をオレはいつも間違う。
 オレはラサに頭突きを食らわしていた。
「痛ってー!! 何かますんですかいきなり!!」
「いいだろ、ご主人様の気まぐれだ! つかお前のドタマ固すぎ!! こっちがドタマ割れちまったろーが!!!」
 そうしてなんとか、ごまかした。
「……つかこーゆー場合ってフツー泣くかちゅーか両方っスよね~(ぶちぶち)」
「百年はやいわボケ」
 オレはとっとと立ち上がった。
「時計二つと金、製法のヒントが準備できたらお前の部屋に届けさす。そしたら速攻出発しろ。飯食ってからとかトイレいってからとかのたまったら異次元の物体Xをその胃袋に進呈するからよーく覚えとけ」
 そう言い捨てて自分からデッキを出た。
 あの日水晶のなかに見たモノを、見たくないから。
 ――遠ざかるラサの、後ろ姿。
『そこに“行かないで”と声をかければ、それはすなわち永久の別れになるだろう』
 その予言を、実現させない、ために。

       

表紙

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Neetsha