Neetel Inside ニートノベル
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天文坂高校文化祭顛末記
休日の過ごし方

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   生徒会の静かな一日 A



 僕の名前は川越太一郎。生徒会のパシリ……もとい庶務をやってます。いや、雑用、と言
ったほうが相応しいかもしれません。生徒会長から言われた無茶難題……いえ、あの、お願
い事を一つずつこなしていくといった感じです。
 そんなことをやっていると、昨晩みたいな泣きたくなるほど恐ろしい目にあうこともあり
ます。その上、僕の隣りの机には――生徒会室は生徒会長の席を中心にコの字に机が並んで
いるのです――幽霊がいます。彼女は今、楽しそうに生徒会日誌を見ています。体が透けて
いて、頭の上に小さな青い火の玉が2つ浮いています。
「ねえねえ川越くん、これより前の分は無いの?」
 女生徒幽霊イシイリョウコさんは日誌にはまっています。僕が保管されている過去の日誌
を差し出すと、イシイさんは嬉しそうに火の玉をぴんぴんと揺らします。
「川越君、報告書出来た?」
 安達先輩です。うちの高校の眼鏡男子ランキング上位の人で、僕はちょっと苦手です。
「いや、あの、まだ……」
 安達先輩は眼鏡をくいっと上げると、こう言います。
「できるだけ速やかに上げるようにしてくれ」
「……はい」
 僕は落ち込んでしまって、書けもしない報告書を書こうとします。そうです、だって僕は
ほとんど気絶してたんだから!
「太一郎、頑張れ!」
 そうやって茶化すのは清水先輩。マニキュアを塗りながらけたけたと笑っています。不思
議なことに、この人は何もしないでも、会長や安達先輩に怒られることはありません。正直
なんで生徒会にいるのかわかりません。

 そして、会長は、と言うと……つまらなそうに窓の外を眺めています。たぶん、今話しか
けたら正拳突きが飛んでくることでしょう。くわばら、くわばら……

 どうして僕は土曜日の昼間にこんなことしてるんだろう、とへこみながら、書けもしない
報告書を書いています。


     


  静かな学校 B


 休日の校内は閑散としている。平日の騒がしさは塵一つ残っていない。私はこっそりと泥
棒のように校内を散策する。背徳的な楽しみ。いや、特権の優越感……

 どこからか迷い込んだ猫が一匹、中庭のベンチで眠っている。文化祭期間の初日に行われ
た騒動の現場も、休日になると静か。
 眠っている猫を起こさないように隣に座り、深呼吸をする。学校を取り巻く、文化祭期間
の空気を味わう。私はこの期間を特別楽しみにしている。生徒たちが青春を謳歌し、想像も
できない事件を巻き起こす。思春期の思い出……

 私はまだ若い。父や祖父ほどに老いてはいない。

 それでも自分が青春の埒外にあるのだと考えると、ゾッとする。

 私はまだ若い。だが以前ほどは若くない。この学校で彼らと同じように過ごしていた頃よ
りは……

 携帯が震える。私はげんなりして電話に出る。
「もしもし」
『英吾か、わたしだ。砂山さんから聞いている。異界化が深刻になっているそうじゃないか』
「ええ、わかってますよ、父さん。毎年のことです。万事問題はありません」
『親父殿も心配している。一度直接説明に行くといい』
「困ったものです。おじい様は頑固だから」
『そう言うな。親父殿の宝なんだよ、この学校は』
「知ってますよ。だからこそいまだに現役のつもりなんでしょう」
『100を数える歳でいまだ現役のつもりなんだからな、まったく』
「明日にでも本宅へ顔を出します。おじい様にはうまく言っておきます」
『英吾、学校は生き物だぞ、見くびるなよ』
「忠告どうも。仕事中なので切りますね」
 私は電話を切り、大きくため息をつき、令子さんに電話をかける。彼女は2コール目で電
話に出た。
『砂山です』
「令子さん、父から連絡があったよ。どうも初代が心配しているそうだ。首尾はどうだい?」
『部室棟の一件は彼女が処理をしたようです。結果、生徒会室から歌声が聞こえるそうにな
ったようですが』
 電話先の令子さんは楽しそうに笑う。
「そうか、それなら良い。進行具合はどうだい?」
『かなりの速度で異界化が進んでいます。例年の3倍です』
「まずいな」
『まずいですね』
「聖域の様子は?」
『結界を新たに増やしましたが……』
「焼け石に水か」
『時間の問題ですね』
「わかった。ありがとう。そのまま調査を続けてください」
『わかりました』
 携帯を閉じ、眠っている猫の顎を撫でる。猫はむず痒そうに目を閉じたまま前足で頬を撫で
た。

 どこかで鳥が鳴いた。

 学長は森田の血が継ぐ。私はその三代目。休日の校内は静か。静かに見えるだけ……なのだ
が。



     


  熱き部室 C


 天文坂高校には部室棟と呼ばれる建物が2つある。文化部が集まる部室棟と、グラウンド
にある、主にグランドを使用する運動部が使用する部室棟だ。
 その後者。最大の広さを持つ野球部部室。練習を終えたまま泥だらけ汗まみれ男汁溢れん
ばかりの丸坊主どもが車座になり、何やら議論をしている。
「他のスポーツ系の連中に馬鹿にされ、後輩にはしめしがつかない。このままでは伝統ある
我が野球部の名に傷がつきっぱなしだ。部長の解任を求める」
 ニキビ面の男が大声をあげる。
「否。実力、人柄ともに現部長を超えるものがこの場にいようか? いや、いない。胸を張
って挙手するものがいるとすれば、そいつは羞恥心を失くした猿だけだ!」
 これまたニキビ面の別の男が大声を張り上げる。

 議題は先日の中庭猫騒動についてだ。見ると、これだけのニキビ面がいる中で、あの柴崎
の姿が無い。どうやら部長を除いた主要メンバーでの極秘会議のようだ。

「俺は部長のことを情けないなどとは思っていない。人間誰しも弱いものがある。それが猫
であるだけのこと! 小動物を可愛がるのに何の問題がある!」
 3人目のニキビ面。
「可愛がり方、時と場所をわきまえぬ態度。そこに問題があると言うのだ!」
 4人目のニキビ面。ここまではっきりとわかることが一つ。この場にいるのは、みな日焼
けしたニキビ面の丸坊主だということだ。
「それがなんだと言うんだ! スポーツ系の盟主たる野球部だ! 胸を張れ!」
「馬鹿を言うな。それが揺らぎつつあるのが現状だ! 現実を見れないなら野球を辞めちま
え」
「見苦しい言い争いはよせ! 問題は現状をどう打破するかだ!」
「うるさい! 言わせろ」
 喧々諤々、収拾つかず、怒号の嵐。そんな中、やや凛々しい顔立ちの――とは言っても他
と区別をつけるのは難しいのだが――丸坊主日焼けニキビ面がぽつりと言い放った。

「復讐だ……目には目を……俺は受けた屈辱に甘んじることはしない」

 怒号が止み、その男に視線が集まる。

「そうだ、みんな。忘れたか? 先だっての秋季大会でカジ高に夏のリベンジをしたことを。
あの夏の地区予選。甲子園目前で夢を絶たれた屈辱。それを倍にして返してやったじゃない
か!」
 男が言うカジ高とは、この県における高校野球界きっての名門、香門実業高校のことだ。
今夏、天文坂高校は地区予選決勝で香門実業高校に10対0という屈辱的敗北を喫した。打
倒カジ高を合言葉に新チームは練習に励み、先の秋季大会準決勝でカジ高を10対0で倒し
夏のリベンジを果たしたのだ。
「そうだ、俺たちは屈辱に甘んじない」
「必ずリベンジを果たす」
「それが伝統ある天文坂高校野球部だ!」
「誇りをもう一度我が手に!」
「驕れる平木に復讐を!」
「腐った剣道部に天誅を!」
 次々に声をあげる坊主頭ども。その熱気で男汁と汗は蒸発し、部室内はサウナのごとく蒸
しかえった。

「平木許すまじ!」



       

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