Neetel Inside 文芸新都
表紙

二宮社長
「さよなら、伊藤君」

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目薬をさし、社長室に伊藤君を呼び出した。
「社長、なんでしょうか」
バーコード頭の中年男が私のための私だけの私の部屋に足を踏み入れた。
「うっ・・・伊藤君、すまん、すまん・・・」
泣いた振りをしてみせた。これが僕のできる唯一の慰めなんだよ。
「君は、うっ・・・首だ・・・」
呆然とする伊藤君を来客用のパイプ椅子に座らせ、私は社長用のソファに腰掛けた。
「昨今の不況の煽りで、我が社も厳しいのだよ・・・うっ・・・」
「はぁ・・・」
「我が社の取引先の南東京中学が取引を停止したことは知ってるね?」
私はキューバ葉巻に火を付けた。ケネディも愛飲していたH.アップマンのサーウィンストン。
「そこで、だ。我が社も人員整理をしようという訳だ。
能力、年齢から容姿・・・いや最後のはなんでもない。を加味して検討した結果。
営業成績最下位のメタボ禿親父のくせに年功序列のせいで高給取りの君・・・
いや、恰幅がよくて個性的な髪型をしているが、
いまいち成績が振るわず人件費が高い君が選ばれたわけなんだよ。」
伊藤君は落ち着こうとして煙草を取り出し火を付けようとしたが、私は煙草の箱を取り上げた。
「伊藤君、社長室は禁煙だよ。40にもなってそんなマナーも守れないから首になるんじゃないかね」
私は葉巻の煙を伊藤君に吹きかけた。今度から喫煙禁止のシールでも貼っておこうか。
「申し訳ありません・・・しかし将軍、最低賃金でも良いので首だけは・・・」
「チッチ、だめだめー。そのお金でかわいいアルバイトの女の子雇えるじゃない」
「でも、私には妻と小学校に上がったばかりの息子がいるんです・・・」
私は伊藤君の煙草をタキシードの内ポケットにしまいながら言った。
「ふん、だから君が結婚する時に言ったじゃないか。結婚は人生の墓場だと。
それに披露宴のスピーチでも今なら引き返せる、結婚を辞めろと言った」
「あのスピーチは悪いジョークだと思っていたのですが・・・」
私は書類を取り出した。
「これに判子押して明日持って来て」
「あの、退職金は・・・」
「我が社のボールペン1万本。1本100円計算だからまぁ100万円だわな」
「現物支給ですか・・・」
「不況なんだよ不況〜。あ、あと送別会とかやらないから明日は書類置いたら即帰って」
私は立ち上がり伊藤君をオフィスに連れて行った。
「諸君、我が二宮ボールペンは初代二宮銀一、二代目二宮銀二、そして私二宮銀三と
約60年戦後日本のボールペン界を代表する企業として発展してきた。
特に公立小中高校でのシェアは文科省の役人への華麗なる接待により、90%を超えている。
しかし、だ。100年に1度の大恐慌と言われる昨今、我が社も人員削減を余儀なくされた。
そこで伊藤公一君を今日付けで首にする。伊藤君、今までお疲れ!さっさと帰りたまえ!」
伊藤君はデスクにあるものをすべて紙袋に詰め、背中を丸めて帰って言った。

「伊藤君、社会って残酷だなぁ」
葉巻を吹かしながら呟いた。

       

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