Neetel Inside 文芸新都
表紙

オートバイと彼女の街。
現実逃避の旅。

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プロローグ。


全部、嫌んなった。
仕事も学校も家も友達も。

でも嫌にならない物がひとつあった。


そうだ、旅に出よう。金が無くなるまで。

どこへいこう。とにかく走ってみよう。何も考えず、ただひたすら。


よし、行こう。目指すは西だ。



空は高く、9月秋の空は旅立つには絶好だったのかもしれない。
だけど、その日はオートバイの整備に回した。

出発の日。
前日の天候はどこへやら。どんよりと曇った秋の空だった。

「しかたないか。行くと決めたら行こう。」


そうして荷物満載の相棒と男一匹、現実逃避の旅へ。
目指す西・・・なんとなく。

     

12:00 空の空気は重たく、今にも泣き出しそうな面持ちだ。

今にも泣き出しそうなのは、俺も一緒だ。


とにかくまずは金、金を得ること。
行きたくは無いが辞表届けの出した職場へ給与を取りにと愛車を走らせた。
課長から「本当にやめるのか。」と聞かれ
「はい。」と短く答えた。
課長は一言僕に労いの言葉をかけ、気をつけて。とこれからの事を知っているような口をきいて見せた。

何日走るのかは解らない。とにかく4万円でどこまで走れるのか。
そんなことは知らないし、行きたい場所も特にない。
当面の目標は彼女に会いに行くことを考えよう。


目指すは西。いくつもの県をまたいで走り続ける。

鈴鹿市内で雨が降り出す。想定の範囲内。
仕方ないのでどこか雨に当らない場所を探しきょろきょろとあたりを見回しながら走る。
すぐに見つけた信号の手前の地下道。
しかしそこには一台のオートバイ。
「ああ、先客か。」
仕方ない。と思いつつ合羽を着るために停車し、会釈。

アメリカンな雰囲気のオートバイの横で彼は僕に聞いてきた。
「こんにちは。どこへ行くんだい?」
困ったな。話しかけられるとは思ってもなかった。
「いえ、特に目的地は無いんですよ。」
ぱあ。っと彼の顔が明るくなる。
「なら、一緒に走りませんか?」

それが、彼とのファースト・コンタクトだった。

彼への第一印象は、少しメタボリックな眼鏡の男。
しかし向こうからすれば同じであろう。
僕への印象はきっと痩せ型、長髪、眼鏡。大して変らないはずだ。
彼と簡単な自己紹介をし、僕はとりあえず兵庫に向かうことを伝えた。
いくつか言葉を交わし、煙草を燻らせながらの楽しい雨宿りの時間。

「君はなんで旅に出たの?」
「よくわからない。」
「ははは。俺もだ。」
「「何してる人?」なの?」
思わず声が重なり笑いあう。
僕は無職だ。転職先を探す前に旅に出ることにしたと告げる。
彼も同じような立場だった。そして同じような境遇に笑いあう。
彼とならこの旅路を共に出来る。ああ、神様。貴方は意外と優しい人なのでしょうか。

彼は、沖縄を目指しているそうだ。
一体何がしたいのか。それはお互い様だな。
さあ、行こう。もう一人じゃない。

     

雨の中、大きな長いバイパスを走りながら考え続けた。

ぼくはなにがしたいのか
ぼくはどこへいきたいのか
ぼくは どうしたいのか

ミラーを見れば一人じゃない。とにかく今は走ってやろう。

雨のバイパス、空は薄暗く視界は雨水で最悪だった。

後200kmぐらいか、まだまだ走らなくっちゃ。



もう何ヶ月かで彼女と付き合って2年を数えようかと言うある日。
僕は全てが嫌になった。
単純な理由で、自業自得なのだが。
上司からの無茶な要求に応え続け3ヶ月が過ぎた辺り
僕はついに限界がきてしまった。
たったそれだけの事なのだ。
若いといえばそれまでなのかもしれない。
でも、あまりにも理不尽でそれを噛み殺す事が出来なかったのはまだ若かったからだ。と今は思う。

彼女ともあまり上手くはいっていなかった。
だがこれこそ些細な問題で、会ってしまえば解決するのだ。


一番のネックだったのは、その年の頭に僕の親友が死んでしまった事。
悲しくて悲しくて。何故言ってくれなかったのか。何故死んでしまったのか。
彼の通夜にはもちろん、オートバイで行った。
連絡を受け、それを知った時は冗談だと思った。
ただのジョークや悪い冗談だと思っていた。
しかし、いざ彼の家に着けばそれが冗談でない事を確認してしまい、
その悲しさに僕はどうしようもなく、立ち尽くす。
なかなか彼の家に入れず、いざ敷居を跨ぎ彼の棺を見る。

いつもの笑顔はそこになく
ただ、眠っているようにしか見えなかった。

なあ。起きてくれよ。冗談って言ってくれ。頼むから。馬鹿野郎。
起きろ、起きろ、起きろ。釣りに行こう。走りに行こう。頼むから
何度怒鳴りつけても、顔を見ても、彼が起きる事は二度とないのだ。

とにかく泣いた。親族の方の顔色などどうでもよかった。
僕は、やりきれなかった。

彼の親は「あの子は良い友達が本当に多かったんだねぇ。」と遠い目をして話していた。
彼の死について少し教えてもらい、またやりきれなくなる。
「今日は泊まっていきなさい。」
「夜も遅い、今日は泊まりなさい。親御さんには連絡してあげるから。」
そう引き止める彼の両親と姉の言葉を丁重に断り僕は家路につく事にしようとした。

そんな矢先に携帯電話が鳴る。
「もしもし、大丈夫?今大阪なんやろ?」
「あぁ、大丈夫。」
「もう遅いで泊まってけ。」
「ありがとう。そうするよ。」

彼の居ない家に泊まるのはどうにも申し訳なかったし、本当に帰るつもりではいたのだが。

一人になればとたんこの悲しさに負けてしまいそうで、僕はまた友人に甘えることにした。


彼の車の中は広く、男二人が寝るには十二分だった。
その中でいくつかの音楽を聴き、話をし、寝た。


夢の中では、死んだ友達が笑顔でお礼を言っていた。

     




パーキングエリアで昼食。
彼とまたけらけらと語り合い、そして少しの本音が混ざった暗い話。

僕の目的地はとりあえずの岡山だ。
行くまでの道のりは、会いたい奴に会うだけだ。
一人目、大学の関係で地元を出た同級生。
二人目、彼女。
三人目移行は考えていない。さあ、どうしようか。

まあ、気の向くままオートバイを行きたい方向へ走らせよう。
僕を縛る物は何もないのだから。


雨の中を長時間走り続け、相棒も彼も疲労を隠せずにいた。
バイパスを降り、大阪のコンビニで彼と休憩。
彼は大阪に泊まり、僕は神戸に泊まる。
お互い目的地のフラッグも解らぬチェックポイントだけの旅。
四国へ向かう。と彼は言った。
ならば僕の次の目的地は決まったも同然だ。

四国で会おう。と硬い握手を交わし、僕は北へ、彼は西へと向かった。
雨上がりの夜空が僕らを応援していた。もう、月が見える。

出会いがあれば別れがある、当然の事だ。
でもそれが、こんなに嬉しくて寂しいことだとは。
寂しさを胸に留めながらカワサキのオートバイは甲高い音を響かせ、メーターの数字は跳ね上がる。
スピードメーターの針が12時を超え、まだまだ加速していく。



この旅に出る半年ほど前。
僕は相棒のエンジンを壊した。
トラックを追い越そうと2速下げて全開をくれてやった瞬間に
股の間から大きな音でがらがら。
「やっちまった!」白煙と黒煙がマフラーエンドから立ち上り、何とか家まで持ちこたえた。
家の前の小さな坂で、そのエンジンは息絶えた。
その瞬間に僕の目から汗が出たような気がする。疲れていたから仕方ないだろう?

次の日には修理の算段をたてていた。
バイク仲間に連絡を取り場所を借り、新しいエンジンをオークションで購入。
バイク屋でガスケット、ピストンリング、さまざまな部品を発注する。

2週間後には元気に走る相棒がいた。かかった費用は11万円。けして安くはなかったが、こいつが死ぬにはまだ早いと思ったのだ。
エンジンを組むさいに、僕には何人もの友人が居ることを再確認した。
エンジンを組んでくれた奴。
場所を貸してくれた奴。
力仕事なら任せろ!と颯爽と現れた奴。
愚痴をはきつけながら配線系を見直した奴。
節分だから、と謎の言い分で豆を投げてきた奴。

何人もの友達が力を貸してくれた。



バイパスはけして空いてはいなかった。
時間は21時。約束の時間まであと1時間。遅刻するわけにはいかない。
車と車の間を、縫うように走り抜けとにかく右手を振り絞る。
信号で止まるのですらいらいらした。
結局、23時ごろ彼の家に着いた。

彼は同級生。小学校、中学校と一緒だった。
高校こそ別だったものの地元の駅では何度も遭遇し、そのたびにコンビニで悪態をつきながら語り合った。
そもそも彼とは別段仲は良くなかった。
お互い別々の学校に通い、お互い別々の人生を歩みだしてからお互いが解りだした。
高校卒業間近には、「カレーが食べたい。」と夜中に言ったら彼は作ってくれた。
それは、最高のカレーだった。

彼の家に上がると当然の如く、カレーが用意されていた。
本当にこいつは、良い奴だ。
カレーもスパイスの辛さや、火の入れ具合、全てをとって上出来だった。

その夜は、少し語り合いすぐに寝た。


明日の昼には岡山か。家から離れること200キロ。まだまだ走り足りないのさ。

     




朝起きれば、太陽はすっかり昇ってしまっていた。
やらかした!すっかり寝坊してしまったではないか。

せかせかと準備をし、相棒に荷物を括り付ける。
彼に簡単な挨拶を済ませ、また今日も走り出す。
目指すは岡山。晴れの国。


国道2号線はやたらめったら混んでいた。
朝の通勤ラッシュ、大都市はどこもこんなものなんだなぁ。
渋滞にハマり水温を気にしつつなかなか抜け出せぬ兵庫県。
2号線はとにもかくにも辛かった。
前を見てもすぐに信号だし、周りの景色は単調だった。

ある程度を走った所で左側の景色が開け海が見えた。
思わずテンションが上がり叫んでしまう。
2号線!いいじゃないか!
更にその横、電車が走るという最高のロケイション。
旅している。僕は今走っている。

瀬戸大橋を眺めながら休憩。
煙草に火を点け紫煙を飲み込み、吐き出す。
良い眺め、良い煙草、良い気分。
なんだかんだと、30分は時間をつぶしてしまった。
まだ時刻は11時。まだまだこれからさ。


順風満帆に旅は進み、2号線沿いの川崎重工明石工場の前で写真を撮ったりしていた。
だがそれを神様が快く思わなかったのか、道を間違えてしまっただけなのか。
もちろん後者なのだが、すっかりと迷ってしまった。
給油ついでにガソリンスタンドで道を聞き、2号線のバイパスへの道を教えてもらった。
2号線のバイパスは結構な速度で流れていて時間の短縮に一役かってくれた。

兵庫を抜ける頃には腹の虫が文句を言い出す時間になっていた。
これは彼女に会えるか解らないな。

あいおいを越えた頃にはおやつの時間になりかけていた。
そうして岡山についた。
彼女のバイト先に顔を出し、買い物をする。
ばれないように潜入する様はまるでメタルギアのスネークさながらだ。

「ありがとうござ・・・・あんた何してんの!?」
思わず素っ頓狂な声を上げる彼女に思わず頬が緩んでしまった。
何も言わず出てきたのだ。そりゃぁ知るはずもない。
だから、真顔で答えてやった。
「何って、岡山にいまついた。」
「え、なんで?」
目を皿のようにし、口をぽかーん。と開けての返答。
かわいらしいなあ、こいつは。なんて思いながらも返事を返す。
「馬鹿だから。んじゃ今から広島に行くよ。」
「帰りメールしてね!お願いだから!」
結構必死な形相で叫んできた。店長には怒られないのだろうか。
くくく。と喉で笑いながら店を出た。
買った物はすぐに単車に貼り付けた。これでよし。

広島県の友人に連絡をし、今日の寝床を確保。
まだまだ走らないと、頑張ろうぜ相棒。
再び2号線のバイパスへ。後100キロもないじゃないか。余裕だなこれは。

途中、何度も休憩しながらも簡単に広島入りし友人を待つことにした。
まだ待ち合わせ時間まで2時間はある。どうしようかと悩みながら煙草を取り出す。
ふと右を向けばゲームセンター。
金ならあるのだ。ここで1,000円で時間を潰す事にし、煙草をすい終えてから店の中へ。

特にやるゲームもなく、メダルゲームのコーナーでパチンコを打つことにした。
時間を潰すといえば、こいつだろう。
打ち始めて5分。
あっという間に当ってしまい、メダルがざらざら出てきてしまった。
これはもうどうしようもない。ああ神様。頼むからここでなくちゃんとしたお店がよかったです。
13連チャンしたあたりで2時間の経過を確認し、隣のおばちゃんにメダルをすべてプレゼントした。
お礼にあめちゃんを頂き待ち合わせ場所に戻る。

3リッター、水平対抗独特の音。
彼の愛車が目にはいり思わず嬉しくなって手を振る。
ばたん、と彼がドアを閉め降りてきた。
「やぁ、遠い所お疲れ様。」
「なぁに。寅さんやってるだけだから。」
ははは。と笑い飛ばしとりあえず彼の家へ。

彼の家までのワインディングロードでは、何故か車とつつきあう羽目になった。
カーブの侵入、ブレーキで距離をつめられ
カーブの真ん中から一気に引き離して、の繰り返し。
ミラーには嬉しそうなあいつの顔が見て取れた。
やっぱりオートバイは、こうでなくっちゃね。

彼の家に愛車を置き、留守番を頼んだ。
助手席に乗り込み目指すは焼肉。
何年も前から約束していたのだ。
俺が広島に行ったら焼肉をおごってくれ!と。

彼の友人達4人とバイキング形式の店でとにかく食う。食う。食う。
それにしたって、彼らは良く食べる。
僕がもはや気持ち悪くなっているのに対し彼らは元気良くプリンやデザートを屠っていた。
食後の運動だ!と言われゲームセンターに連れて行かれ
そこでまた体力を消耗してしまった。
車の中ではいろいろな話をし、目上と言うよりも年上の人たちに色んな話をした。
旅の話、オートバイの話、彼女の話。

コンビニで友人達と別れ、また彼と二人きりに戻った。
彼は何本かの酒を買い、今夜は飲もう。なんて言い出した。
・・・おかしいなぁ、旅に出てから毎晩飲む気がするぞ。


彼の家で、何本かの飲料を空にした所で僕の意識はなくなった。
話したことも、正直あまりよく覚えていない。

ああ・・・明日はどこへ行くんだっけ。そうだ、四国行こ。

     




ああ・・・今日も走らないと。もう少し眠っていたいと文句を言う身体を引っ張り出し準備を済ませる。
挨拶を済ませ、エンジンをかける。
キュカカッ。とセルモーターの稼動音。
続いてエンジン内部からくるマフラーへの爆発音。
目覚めたばかりの相棒は相変わらず不満有り気なアイドリングだ。
どどっどどっどどっ。ありゃ?これ一発動いてないな。
何度かアクセルを捻り眠たげなキャブレターに喝をいれてやる。
ブォンと太い音で威勢の良い返事。
返事こそ遅いがすぐに温まってもっと良い返事をくれるだろう。

「じゃ。次はいつ会えるか解らんけど。またな。」
「おーう。今から四国か。気をつけて。」
クラッチレバーを握りこみ一速に入れ、クラッチレバーを滑らかに離し緩やかに走り出す。

今日の天気は晴れ時々曇り。青い空にところどころ雲。
黒いカウルの相棒は空気を切り裂きながら2号線をひた走る。
それにまたがる俺もまた、空気の壁を感じながらの巡航。
オートバイの醍醐味は風を切って走る感覚だ!とも言うが
それが3日目30時間目ともなると辛くも感じる。
朝の空気はキンと冷え、相棒もまだ寒いと文句をつける。

四国へ向かう為、港へ向かった。
少し戻り港へ行き、往復のチケットを購入した。
30分程待った後、初めてのフェリー乗船。

相棒を一人にしておくのも寂しかったがそれよりも楽しみだった。
見たことのない土地が、もう一度彼に会える可能性が、そして、綺麗な海が。
たった一時間の船旅だが、ここでもお仲間に会うことが出来た。
Jazzに乗る彼は大学をサボっての旅らしい。
反時計回りに四国を一周するそうだ。
僕は時計回りに、金が尽きるまで走るよと伝えた。
「ありがとう。会えたら海沿いの道で。」
彼はそう言い、別れた。

フェリーは四国に到着し、僕は相棒をフェリーから降ろし未開の土地へと足を踏み入れた。

ここが四国。知り合いは誰もいない。
不安もあったが、それよりも希望があった。



エンジンの音高らかに四国の海沿いを時計回りに走り出した。
高松から徳島へ、徳島からさらに南へ。
笑うしかなかった。
最高に綺麗な景色と最高の相棒。
止まる事を躊躇うほどの道。
途中の道の駅で有名とされるうどんを食べ、またこれに感動した。
ただのうどん。まさにただのうどんなのだ。
それに卵黄をのせただけ。簡単な食事だというのに僕は涙をこらえる事になった。

流石にこのテンションの高さを維持できず
いつしか元のテンションでオートバイを走らせていた。
民家も減り、コンビニやガソリンスタンドすらも減ってきた。
太陽もじわりじわりと顔を隠しだした。

室戸岬へと走る道程
傾いた日が沈みこんでいく途中だった。
その海沿いの道。
海鳴りと鳥や虫の鳴き声だけの静かな道で。

ただ意味はなく僕は泣いてしまった。

何が悲しかったわけでもないし、辛かったわけでもない。
ただその景色を見て、僕が気にしていた事や
溜め込んでいた物全てを忘れることができたから
すっ、と溢れてきてしまっただけなのだ。

ウェストポーチから黒い箱を取り出し
その中から一本取り出し火をつける。


そう、目に沁みただけなのだ。煙が目に。


美しい景色だった。
山と道、そして海があるだけ。

30分程、日がどんどん傾いていく。
僕は動けなかった。



美しい景色の間を一台のオートバイとそれに跨る僕。
この旅のゴールはどこなんだろうか。考えたこともなかった。
室戸岬に着いたとき、今日の宿泊地を捜している最中に財布の中身と言う現実を知り
ここをゴールにすることにした。
室戸岬の民宿で一泊し、帰ろう。


結局の所帰る場所はいつもの自宅なのだ。

     

四国の星空は素晴らしかった。

煙を吐出しながら旅の記憶を振り返っていた。


結局帰ってしまうんだ。僕は旅人じゃないんだ。

とりあえず帰る前に彼女の街へ行こう。

オートバイで、彼女の街へ行くのはもう何度目だろう。


彼女が僕の家に何度も来た。
その都度ご丁寧に忘れ物をし
僕はそれをまたご丁寧に愛車で届けていた。
片道400kmは、慣れてしまった。
往復1000kmぐらいは朝飯前。
気づけば納車した時に1万キロを数えていなかったメーターが5万を数えていた。
愛車が年をとり距離を数えると同時に
僕も、親も、彼女も年を取り
僕は20になり吸わなかった煙草を吸うようになり
飲めなかったビールや焼酎が飲めるようになった。

おっさんになってきたなぁ。なんて思いながら四国の星空に向けて紫煙を吐き出した。

こいつとなら、どこまででも走れるのだ。
でも現実的な問題として、走行距離的に売ることも出来なくなってきた。
オートバイの5万キロは、車の10万キロ。
もう、こいつも生産されてから15年。
すっかりくたびれてきた。
でも、まだまだ終らせない。僕とこいつはどこまででも走るのだ。

この旅は、まだまだ途中なんだ。

     

日の出を見た。
理由は特にないが早起きしたので良い景色を見ながら煙草を吸いたかった。それだけだ。

月見ヶ浜で見た日の出はとても美しく、横にいた野良猫も満足していた。

民宿の主に宿泊費を支払い、早朝からお遍路さん達と共に民宿を出た。
僕は、帰るために。
彼らは、贖罪の為か、何かの祈りの為か、それとも自分を探すのか。

四国の海沿いの道、一台のアメリカンタイプのオートバイとすれ違う。
間違いない。
ああ。あれは間違いないよ。

すぐに引き返し、海岸沿いで語り合った。
四国で会うことが出来た、彼と。

海に飛び込み、温泉に入り、そしてまた語り合った。
次会う時は、またオートバイで。と一言の約束を交わして。

晴天の霹靂、雨が突如と降り出したが合羽を着、無視して走り出す。
使い込んだタイヤは雨の中では不安だったが、自分の腕と度胸を信じ出来るだけアクセルを開けた。
彼女の街へ向けて。

帰り道中、携帯電話が振動しそれが気になってしまい道の駅に入った。
休憩を取りながら見知らぬ番号に電話をかける。
「もしもし。」
「もしもし?今四国にいるんだって?」
「すまん、どちら様?」
「俺だ、マコトだ。」
「ああ!お前四国の大学だったな。」
「そう。今からメシでもどうだい?」
何故僕が四国にいることを知っていたかは解らなかった。
だが懐かしい友人に会えるのならば、足を止めてもいいだろう。

徳島の港で彼に会い、何故か彼のアルバイト先である寿司屋へ向かうことになっていた。
少々値は張るが絶品の寿司を食べる。
懐かしい友人は一言こう言った。
「お前は、馬鹿だな。」
「よく言われるよ。」
お互いにやにやと笑いあいながら箸をつつきあい、また笑いあう。
「地元は、何か変った?」
「んー。俺は相変わらず単車に乗ってるよ。お前のねぇちゃんも元気してる。
 お前は大学ちゃんと行ってるのか?」
「ぼちぼち。単位は落とさない程度だよ。」
「親に叱られるなよー。」
「あぁ。多分大丈夫。四国までは来ないよ。」
「そーかねぇ。」
「さて、そろそろバイト始まるから、また。」
「あぁ、地元で飲もう。またな。」
ヘルメットを深く被り、グローブをキュッ、と締め込み ハンドルに手をかけた。
軽い音のセルモーターの心地いい振動に連動しキャブレターから空気と燃料を混ぜ合わせ
それをバルブが開き呼吸するかのようにプラグに電気が通りエンジンに火が入る。
カワサキらしい重低音のあるアイドリングを確認し、彼に別れを告げて岡山へ向かった。

涙が、出そうだった。
出会いがあれば別れがある。
それが永遠の別れでなくとも
この孤独な旅の中では時折ひどく不安になるのだ。


フェリーを降り、岡山に入った頃には夕暮れだった。
彼女の街はすっかり眠りに入る準備をし、ありとあらゆる電気が消えかかっていた。
彼女に会えるかは解らない。
とにかく彼女のいる家へ。

それだけを考え、右手を振り絞った。

     

アクセルを一番奥まで振り絞りバイパスを駆け抜ける。
スピードメーターは3時の方向を指し、タコメーターはレッド・ゾーンに突入している。

とにかく、彼女の街へ。


夏の終わり、日が落ちればそこそこの気温だった。
バイパスの左上に設置されていた気温計には20度と表示され、むき出しの身体にはその20度は10度のような気がしていた。
寒い!メッシュの風通しの良いジャケットでは風邪になってしまう。
昼間にかいた汗がべたべたとシャツやジャケットを張り付かせ、ジーンズのばたつきがやたら気になる。

彼女の街まで、あと10キロ。たった10キロだ。さあ走ろうぜ相棒。
その10キロの最中、やはり旅の道中の事を思い出していた。
少し冷めた顔をしながら自分を鼻で笑ってやる。


彼女の街はすっかり暗くなり、夜の始まりを告げていた。
街頭も特に無い田舎の一軒家の駐車場に相棒を止めた。
160kg以上ある車体が細い鉄の棒一本で止まっているのは、少し不思議だ。
「ありがとな。」
シートにぽん。と手を置き例を告げ
彼女の家のチャイムを鳴らした。

がらりと戸が開き、拗ねた顔の彼女がひょこりと姿を現す。
「まったく、連絡しなさいっていったでしょ?」
「すまん。色々懐かしい奴らが居てね。」
「お疲れ様。ご飯はいる?」
「頼めるかな。」
「はいはい。だから連絡してって言ったのに。」
「ありがとう。」
疲れからつい淡々とした口調で会話してしまう。
そのことを彼女は十重に承知していて、何も言わない。
僕が疲れると喋らなくなることも
僕が、走り疲れていることも。
いきることをやめようとしたことも。

彼女の父親と会話しながら、駐車場で煙草に火を灯し
相棒を洗ってやった。
旅の疲れもあるだろう。お互い。
顔をにやけさせながら愛車のカウルを磨いていると後ろから声がした。
「君は、本当にオートバイが好きだね。」
「えぇ。僕の大事な親友ですから。」
「そうかね。昔はおっさんも乗ってたよ。」
「初耳ですね。何にお乗りに?」
「ホンダの骨董品だ。こっち。」
ちょいちょい、と手招きをし倉庫と言うには少し古ぼけた建物へと入っていった。

中には、一台のカワサキが眠っていた。
カワサキSS350 往年の名車。

「もう何年動かしてないかな。エンジンもかからないだろうなぁ。」
「もったいないっすね・・・。まだ直りますよ、この子。」
「この子?あぁ、このオートバイのことかね。」
「ああ、すいません。つい癖で。」
苦笑しながら頭を掻いた。
「欲しいかい?」
「いいえ、いいです。僕にはあいつが大事です。」
「はっはっは!早く洗車しちゃいな。もうメシだぞ。」
「はい、ありがとうございます。」


相棒を磨き終え、食事を摂り、彼女の部屋で寝た。
夜にはいろいろな話をし、寝る前には酒も飲み、とにかく色々話した。
シングルベッドに二人は、少し狭かった。

       

表紙

やすゆき 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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