Neetel Inside 文芸新都
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フロッピー・パーソナリティー
タカオ編 第1幕「決意の告白」

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 一気に読んだ。2500ページ以上にもわたる、長い長い日記。
 椅子に背を預け、大きく息を吐く。
 普段はそんなに本を読まない――漫画はよく読むけど――俺だが、これは難なく読めた。日記から新しい情報を取り入れているというより、これをきっかけにして事実を思い出している感覚だった。まるで自分が書いた文章を読み返すように、頭の中へ流れ込んできたんだ。……それも当然か。この日記は、さっきまでページをめくっていたまさにこの、小向の手で書かれたものなんだから。
 それまで理解出来なかったいくつもの点が、線で繋がった。
 今なら分かる。しゃっくり、胸の痛み、頭痛、身体の重さ、吐き気、目眩、耳鳴り、人混みの中で感じる視線、身体に泥水が流れているという妄想、そして吐血。身体の苦痛が心に悪影響を与えていたのかと思っていたが、それは逆だった。そしておそらく、俺がこの数日間で体験した痛みなど、小向がずっと感じ続けていたものの百分の一にも満たないだろう。
 伊達メガネも、髪留めも、あの笑顔も、「やすよ」という名前も、その意味を知った。小向の孤独な、孤独な戦いの証だ。
 不思議と、小向が高瀬直太を好きだという事実には、それほど驚かなかった。もし俺が高瀬直太のままこの日記を読んでいたら、きっと慌てふためいて、これほど冷静ではいられなかっただろう。……『オズの魔法使い』だ。俺も同じ中学だったから、あの舞台を観た。ドロシーは靴の力を知らなかったから、かかしたちと出会って旅が出来た。俺は髪留めの意味を知らなかったから、小向の感じていた世界に触れることが出来た。もし俺が利一の存在や身体の不調に気付かないまま、初日にこの日記を読んだとしたら、俺は彼女のことを不気味で怖い女だと思ってしまったかもしれない。
 だが今の俺は小向の目で見て、脳でものを考えている。言わば小向というフィルターを通して世界に接しているわけだ。だから俺なんかの演技でも七後を騙せたし、利一が「ほよ」と呼んでも疑問を感じなかった。それは言い換えれば、この身体にもまだ小向の痕跡があるということだ。この世界から、完全に消えて無くなったわけではない。
 しかしその一方で、俺は小向邸の場所が分からずに通り過ぎようともしたし、七後に言わせれば足音も違っていた。料理もろくに作れない。完全にどちらかに偏っているわけではないらしい。心と身体は互いに影響して人格を作っている、ということだろうか。
 だとすれば最初のうちはともかく、今の俺はもう、高瀬直太ではない。もちろん小向保世でもない。
 だからひょっとしたら、日記を読んだ俺の感想と、小向が込めた想いには食い違いがあるかもしれない。だとしたらごめんな、小向……。
 お前はずっと、助けてほしかったんじゃないか? どこにもそんなことはっきりとは書いていなかったが、そういうことじゃないのか? 痛くて、苦しくて、でも塩田を守れなかった自分には救われる資格なんか無いと思って、利一を憎むことも出来なくて、助けを求めることさえも罪だと思い込んでしまったんじゃないか?
 恋をしたい。友達と笑いたい。そんなささやかな望みすらも、許されない強欲みたいに感じられて仕方がなかったんじゃないか?
 大体、この日記は不自然だ。どうして、ですます調で書かれているのか。どうしてちょくちょく、これを読んでいる人間に対して語りかける部分が出てくるのか。特に最後の一文。読者を意識した文章を、誰にも読ませない日記として書く矛盾。この矛盾こそが、小向が苦しんでいた形跡。
 これはもはや、遺書だ。
 これじゃあ、まるでお前の言う世界とやらを守るために、自分を生贄にしたようなものじゃないか!
 ……間違っていたらすまん。だけど俺は、お前の力になりたい。
 俺はきっと、そのために現れた存在だと思う。小向が最後の最後で託した、か細い望み。高瀬直太でありながら、高瀬直太に縛られない、俺だからこそ出来ること。そうだ。俺はそれに命を懸けよう。確かに高瀬直太は、他人に優しい。誰かに助けを求められたら――求められてなくても――身体を張って助けに行く。俺が保証する。しかしそのくせ残念ながら、俺に言えた義理ではないが、色恋沙汰に関しては致命的なほど鈍感だ。あいつではきっと、小向が何について苦しんでいるのかが分からないだろう。だから、俺がやる。
 その後はもうどうにでもなれ。小向を助けるのが俺の役目。その先は、高瀬直太の仕事だ。茅と、元に戻った小向を交えた三角関係に悩もうが、万が一そこに七後が加わって泥沼の四角関係になって困ろうが、知るものか。その場合はこじらせた高瀬直太の責任だ。俺は今、俺のやるべきことをやらせてもらうぜ。
「小向、お前を助ける」
 日記をしまい、鍵をかけ直し、背を伸ばして立ち上がった。

 これが俺の、宿命だ。



 決意を改めて、リビングへ降りた。赤い髪留めを両手で握って俯いていた七後が、俺に振り向く。
「……高瀬……」
 さて、七後にはどこをどう話したものかな。
「高瀬。短い言葉でまとめるのは困難だと思うから、私の方から二点、確認をさせてほしい。今からする質問の答えが両方ともイエスなら、私の推測と高瀬が見たものの内容はほぼ合致するはず」
 考え込んでいる俺の表情を察したのか、七後が髪留めを手にしたまま口を開いた。
「まず一点目。塩田とは保世の初恋の相手の名前であり、お兄さんの暴力に晒された被害者」
 小向の日記に書かれた、最初の事件。「ほよ」を抑えて「やすよ」と名乗るようになったきっかけ。その核心を、七後は実に的確な言葉で突いてきた。
「……まさか、知ってたのか?」
「あくまで推測。さっきも言ったけど、私は塩田を知らない」
「お前の推理力は凄いな。俺の正体を見破ったのもそうだし……で、もう一つは?」
 七後は一度大きく息を整えてから、言った。
「二点目。保世が本当に好きなのは、お兄さんなどではなく、高瀬直太」
「そ、そこまでお見通しだったのかよ。……七後に隠し事は出来ないな」
「これは念のための確認。ともかく、この二点さえ確かなら、私の推測は十中八九正しいと思う」
 そして七後は、自分が予想した日記の内容を、実に正確かつ簡潔にまとめて話した。塩田の一件、「ほよ」が「やすよ」になった経緯から、小向が自分を追い詰めていった理由、小向が隠そうとしていた身体の症状、そしてとり憑かれた妄想と罪悪感に耐え切れずに限界を迎えてしまったことまで。
 その口から伝えられる出来事は一つひとつ、俺がさっきまで読んでいたものに殆ど沿っている。俺から説明する手間が省けたのはいいが、若干薄気味悪い。ここまで来ると、予測の域を超えているぞ。
「七後……なんで、そこまで分かるんだ?」
 鳥肌が立っているのが自分でも分かる。
「読心術。特殊な技能は身を助ける」
「お前の趣味は知ってる。だがそれにしたって、ここまで当たるのは尋常じゃねえ!」
「当然。私は忍者の末裔だから」
 にんじゃ? いきなり非現実的な単語が飛び出してきた。いや、でもこいつのことだから、あり得る?
「ま……マジでか?」
「とでも言えば納得する?」
 真剣に訊き返した俺を、七後は涼しい顔で逸らした。
「冗談かよ!」
「真面目に受け取る方が珍しい」
 それもそうだが、今ここで言うことか? どうもこいつの考えていることは、ときどき意味が分からない。
 ……そして分からないと言えば、七後の行動に関して腑に落ちないことがある。
「なあ、七後。どうしても一つ、確認しておきたいんだが、いいか?」
「質問には極力答える」
「お前、そこまで知ってたんなら、どうして……小向がこんなになるまで放っておいたんだよ」
 そう。七後は小向が日記に書いていた心情や出来事に気付いていた。利一の異常な愛情にも感付いていた。小向の肘の内側に切り傷があることを知っていたし、吐き気や食欲不振も知っていた。伊達メガネと髪留めの本当の意味も。
 それなのに、七後は、小向を助けられなかった。助けなかったのか? 助けようとしなかったのか?
「……これについて釈明するには、少し私的な話が必要。こんなときに話して信じてもらえるかどうかは別にして」
 七後はソファに座ったまま、壁を見やった。
「何のことだ?」
「私は昔から、他人の考えを知り過ぎていた。相手の目、唇、筋肉の動き、本人でも気付かない癖などを捉えて分析する技能を身に付けていたから。私の呑み込みが早かったせいで、おじいちゃんも面白がって、よく遊びに来て教えてくれたし。ともかく、小学校に上がる時点で既に、交遊深い相手の発言が嘘かどうかをすぐに見抜けるほどの力量はあった。……ただ、当時の私は未熟な子供で、身の丈に合わない能力だったと思う」
 七後の小さな肩が一度、ゆっくり上下した。
「その技能を乱用して、他人が秘密にしたいと思っている領域へ踏み込むことにゲーム的な楽しさを見出していた。本当に、幼稚な子供だった」
「……な、七後?」
 これは、怒り? 悔しさ? 七後がこんな感情を顕わにしたのは初めて見る。そう言えば、こいつの昔の話は殆ど聞いたことがない。日記の中にも、あまり書かれてはいなかった。小向は過去に触れられることを恐れていたから、七後に対しても詮索をしなかったんだ。
「ただ、そんな生意気な子供が同年代の子供らとどんな衝突を引き起こすか。大人たちからどんな目で見られるか。それに限っては実際に身を以て知るまで理解出来なかった。同級生、担任の先生、そして両親……。時間も無いから今は詳しいことは省くけど、両親の手を離れておじいちゃんのところへ本格的に預けられたのが、小学四年生の夏」
「お前も、事情があって居場所を変えた人間だったのか。その……小向と同じように?」
 七後は首を縦に振る。
「もちろん反省はした。なるべく、他人に深入りしないように努めた。隠そうとしている感情には触れなかった。それでおよそ一年が経った頃、保世と出会った。保世は私のことを、強い人間だと思っていた節があるけど、むしろ逆。近付いてくる保世を受け入れたのは、彼女が自分と同じ、何かから逃げてきた人間だと感じたから。その意味で私と保世は、うがった見方をするならば、傷の舐め合いをしていたに過ぎないのかもしれない」
 正直に言えば、意外だった。七後にも心の弱さというか、脆さがあるとは想像もしていなかったから。……しかし、俺はつい一週間くらい前までは、小向についても同じように考えていたはずだ。つまり、小向は大した悩みとは縁が無い、ちょっと抜けたところのある優等生、というだけの印象だ。ところが実際はどうだった? 人一倍の深い傷と痛みを抱えて、誰にも悟られないように生きていた。並大抵ではない。
 かく言う俺にだって、思い出したくないことの一つや二つはある。他人に言いたくないことの三つや四つはある。
 そうだよ。よく考えるまでもなく、普通のことじゃないか。誰にだって、後ろめたいことがある。
「私はまだいい。私はまだよかった。次第に人との距離感もうまく掴めるようになったし、日常生活には支障が無かったから」
「だけど、小向は……」
「そう。もし心と呼ばれるものに傷が付いても、多くの場合は時間がそれを癒す。身体の傷と同じく。だけど保世は、そうはいかなかった。心の傷が化膿して、かえって時間と共に、深く広がっていった」
 日記の中には、罪の意識がガン細胞のように増殖していくと書いてあった。
「……特に、保世が高瀬を意識し始めた頃から、その傾向は一段と強くなったように見えた。他の誰が気付かなくても、私には分かった。心の傷が胸をえぐり、身体を害していった。だけど保世は、それを表には出さないように努めていた。だから余計に、見ていて痛ましかった」
 七後は唇を噛んだ。よく見ると、拳が握り締められている。きっとこんな七後だからこそ、小向にとって一番の親友になり得たんだろう。
「結局は私も、過去に捉われていた人間の一人。相手の胸内を知ることが出来ても、苦い経験が邪魔をして、踏み込めなかった。傍で見ていることしか出来なかった。目の前で苦しんでいるけど、助けを求められない友達に、手をこまねいているだけだった。気付かない振りをしていた。見かねてあるときから、保世を独りにさせまいと、泊まりに行ったこともある。だけど生半可な優しさは裏目に出た。おそらく高瀬も知っての通り、保世は私に対する疑いと、私を疑ったことへの後ろめたさに苛まれる結果となった」
 事情は呑み込めた。
 意地悪な言い方をすれば、七後は友達を見殺しにしたことになる。だからといって、誰が七後を責められる? ここで七後のことを薄情者だと言う奴がいたら、そいつこそ薄情者だ。
「高瀬……はっきり言って、私は未熟者。だからあなたから、私に与えてほしいものがある」
「俺がお前に与える物? なんだ、勇気か?」
 振り向いた七後と目が合う。真っ直ぐな、迷いの無い視線だ。
「惜しいけど違う。私が欲しいのは、許可。私は今まで、自らを半端な傍観者の立場に制限していた。相手の家庭の事情に関わることだからと自分に言い訳をして、甘んじてもいた。だがそれを打ち破って、保世を助けるために、本気を出しても良いという許しを得たい」
「本気を出す?」
 どういう意味だ?
「そのままの意味。私の全技能と神経を、保世の救出に注ぎたい。注ぎたかった。だけど、出来なかった。……あなたが、私の枷を外してくれるなら、今からでも遅くはない」
 俺はあの日記を読む前、七後に救われた。ここにいてもいいと許されたから。七後は今、俺に許しを求めている。そしてそれは、小向を助けることにも繋がるという。
 考えるまでもない。悩むなんて論外だ。答えは一つ。
「七後、本気を出してもいい。むしろ出せ。お前の特殊技能を、余すことなく使ってみせろ」
「高瀬なら、そう言ってくれると信じていた」
「これもお見通しかよ」
 互いに軽く、口の端だけで笑い合う。それが収まるとすぐに俺は七後へ質問をした。俺が考える、小向の心が消えた直接原因についての確認だ。
「ところでよ、おもい飴は食べた人の願いを叶えるってことになってるが、それで人間一人の意識が消えてしまうことはあるのか?」
 ここで言う「人間一人」が誰を指すのか、今さら七後相手には明言しない。
「あり得る。プラシーボ効果は必ずしも良い影響をもたらすとは限らない。場合によっては自らの存在を否定し、殺すほどの強い負の感情でさえ促進し発現させてしまう。だから、そのときの保世の想いと願いが自虐的なものであるならば、恐らくは高瀬の予想通り」
 七後は自分の家の商品が最後の引き金になった可能性を認め、見解を述べた。
「そうか……思い込みってのも厄介なもんだよな」
 小向は、おもい飴によって自分が消えると思い込んだのではないと思う。その前からずっと、消えなければならないと思い込んでいた。飴はその背中を押しただけなんだ。誰一人として、小向に消えてほしいなんて思ってやしないのに。
「……ところで、小向の心が消えた原因はプラシーボ効果でいいとして、どうしてそこに俺が現れたんだろうな?」
「奇跡」
「ここで奇跡かよ!」
 あやうくズッコケそうになる。
「突拍子もないこじつけであることは承知の上。奇跡という言葉では足りないなら、神の愛でも仏の慈悲でも何でもいい。保世は『あたり』を引き当てたのだから、このくらいの超常に恵まれても罰は当たらない。……だけど、これはその結果ではなく、むしろ始まり」
「?」
「心が失われ、殆ど抜け殻になった保世の身体に、他でもない高瀬が現れた。これは奇跡の始まり。あなたなら保世を助けられる。私はそう信じている。《菩薩》と称されるあなたなら。もちろん私も力を尽くすけど、私だけでは保世を救えない」
 またそのあだ名か……っていうかそれ、お前らが呼び始めた名前だろう。
「七後。さっきは俺も勢い余って言っちまったけど、俺はそんなに立派じゃないぜ。高瀬直太を傍から見ると、至らない部分が目に付いてくるもんだ。仏様でもなんでもねえ」
「それでいい。それを自覚してなお、前を見据えていられるからこそ、私はあなたに敬意を表する」
 七後は一向に視線を外さない。
「それに誤解されがちだけど、菩薩は正確には仏ではなく、あくまでもただの人間。いつか仏になったとき、より多くの衆生を救えるように、ひたすら修行に励む者を指す。もちろん菩薩の定義は、教義や宗派によって異なるけど、これが私の一番好きな解釈。我が身を省みず、他者を救うことに専心し、つまずきながら、迷いながら、自分の限界に悩みながらも、前に進み続けるあなたの姿勢はまさしく《菩薩》の名に相応しい。……おそらくは保世も、高瀬のその点に惹かれたのだと思う」
 仏教についての簡単な講釈交じりに、七後からお褒めの言葉を頂いた。こいつからここまで真っ直ぐに言われると、少し照れる。
「まあ、とにかくだ。七後の意見を聞いて、俺の予想は確信に変わった。それでお前は、今からでも遅くはないとも言ったな? だったら多分、俺が考えている小向を助ける方法と、七後が考えている方法は同じだろうな」
 七後は肯定も否定もせず、代わりに、自分の鞄に手を入れた。取り出された物が何かは、言わずもがな。
「消えた心を取り戻す。普通の手段では不可能だけど、何を引き換えにしてでもそれを実現させようとする強い想いがあるならば、賭けるべき望みはまだ残っている」
 和紙で包まれた飴玉を一粒、俺は手渡しで受け取った。相変わらず、ズシリと重い。
「でも、たかだか飴一つだけで全てが解決するほど単純な問題でもない。あくまでこれは、きっかけの一つに過ぎないのだから」
「ああ、分かってる」
 俺と七後は目を合わせ、軽く頷いた。おもい飴に何を願うべきか。どんな想いを込めるべきか。
 小向を助ける。確かにそれが最終目的ではあるが、そんな抽象的なものではダメだ。それだけだったら、世界征服と同じくらいに現実味が無い。
 小向の心を復活させる。それも重要だが、今の最善手かと考えると、疑問が浮かぶ。小向があそこまで自分を責めるようになった原因。それを解決しない限り、また同じく小向は憔悴し、擦り切れてしまうだろう。七後がサポートをするにしても、その手助けを受けることにさえ罪悪感を覚えてしまうのであれば、逆効果だ。ならば先に原因を、端的に言えば利一を、排除するか?
 いや、それでもきっと、小向の救いにはならないだろう。日記の最後のページ。あそこには利一に対しても感謝と謝罪の言葉を残していた。小向にとっては「お兄ちゃん」もまた守るべき対象なんだ。
 そもそも、一方的な受身の救済が、本当に小向が望むことなのか? どんな厚意も、後ろめたさを引き起こさせてしまっていた。それが苦しみの大きな部分を占めていた。……ひょっとして、あいつを助けたいなどという俺の考えも、所詮は独りよがりな押し付けなのか?
 悩むな、俺。俺、悩むな。ここに来ての迷いは禁物だ!
「七後、頼みが」
  バチンッ
 言葉が最後まで口から出る間を与えず、七後は右平手を俺の頬に命中させた。顎が揺れ、視界に火花がチラつく。見た目に反して重たい一撃に、思わずよろけた。
「闘魂注入」
 だが、それでいい。丁度、弱気になりかけていた。渇を入れてもらいたいと、頼もうとしたところだったからな。
「……にしても、喋ってる途中で打つこたねえだろ」
「私、今は本気だから。これでも足りなければ、もう一発サービスするけど」
「いや、サンキュー。充分だ」
 次は左手を準備している七後に、手振りで待てのサインを出した。七後が腕を垂らすのと同時に、俺は深く深呼吸をする。脳に一杯の酸素を送り、雑念を洗い出す。無駄な考えを削ぎ落とし、やがて一つの解答に辿り着いた。
 ……そうだ。何を置いてもまず、しなければならないことがあるじゃないか。俺は小向を救うとか、助けるとか、その目的だけに捉われて、一番必要なはずの初歩を見逃していた。
 俺はソファに腰かけ、和紙の包みを開いた。
 おもい飴よ……。俺の想いを聞き入れて、奇跡を起こしてくれるのなら、どうか今一度、小向と正面から話をさせてくれ!

       

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