Neetel Inside 文芸新都
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夢の終わりに
序章

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夢の終わりに
俺が朝早く起きたからといって、気分爽快だと思うなら
それはオオマチガイってもんだ。
不摂生と不規則がたたり、俺の生活リズムはもはや
ハチャメチャを通り越していたからだ。
その朝叩き起こされたのも、電話が俺を呼んだからに過ぎない。
しかも、第一声が男の声と来たもんだ。たまらん…
だが、その声が例え天使の妙なる調べでなくとも俺は俺に出来る限りの
上等な声、を出す事に決めている。
なぜなら、俺の所に私用電話なんぞ掛けて来る酔狂者はおらず
明らかにそれは仕事の依頼を意味しているからだ。
そう、いうなればこいつは営業商売、何時もニコニコ現金払いって奴だ。

「もしもし、」と第一声。
その後に俺は続けた「はいフジムラ探偵事務所です」
すると奴はこう言った。
「もしもし、そちら探偵事務所なんですか?」
「そうです。間違いありません。どの様なご用件でしょうか?」
相手が用心深いのかトロいのか、決めかねつつ俺は答える。
すると躊躇いがちにこう言った。
「女房を知りませんか?」
「はいぃ?」??
マヌケた返答をしてしまったが、気を取り直して俺は言う。
「奥様が失踪された、という事ですね。それでご依頼ですか。
判ります、まず落ち着いてご説明下さい」
「女房がいなくなったんです。そしてこの番号のメモだけが
残されていたんです」
俺は面喰らった。もっとまともな返事を期待していたからだ。
「どう言う事ですか?この番号って、この電話番号なんですか?」
「そうですよ、だから電話したんだ」
とまるで俺が物わかりの悪いトンマだと言わんばかりに苛ついた声だった。
全く! トンマはどっちだ!! 朝っぱら?から要領を得ない電話なんか
かけて来やがって。そんなんだから女房に逃げられるのだ、
と言ってやりたかったが俺はぐっと堪えた。
「もしもし、いいですか?ここは探偵事務所です。
ここの番号が何かにメモしてあったのなら、奥様は何か
こちらにご依頼なさっているのかも知れません。もしくは
ご依頼を検討されていたと言う事ではないですか?」
すると相手は
「あ、ああ成る程。じゃあもしかして依頼してるんですか?」
と少し落ち着いて、しかし代わりに猜疑心をにじませた口調で言った。
「申し訳ありませんが、守秘義務がございまして依頼人の依頼内容はもとより
依頼人の身元もお答え出来ません」
と冷たく言ってやった。
「何を隠してるんだ! 警察に訴えるぞ」
と来たもんだ。
「どうぞご自由に、そして家捜しでも何でもすると良いですよ。
ここには私1人しかおりませんのでね」
と丁重に言ってやった。
「本当に家内はそちらに居ないんですか?」
と今度は落胆と泣き言まじりの声で言った。
「いらっしゃいません。しかし、疑われたままではこちらも
面白くありませんな。お話を伺わせては貰えませんかね?」
と俺は半ば商売っ気を出して言った。
相手は少し考えていたが、
「判りました。これから一旦会社に行かなければなりませんが
途中で抜けます。待ち合わせはどちらに行けば良いですか」
相手はいきなりここへ来る気はない様だ。俺の強気の発言に
女がここに居ないと信じた様だ。
「お仕事はどちらですか?いや、どの辺りにあるのかで結構ですがね」
「○○市富士見町…」
ほう、これはこれは一流企業のオフィスビルが建ち並ぶ地域だ。
「では△△駅前の喫茶店××でいかがですか?そこなら何時頃来られます?」
「三時半には行けると思います」
「判りました、お名前は?私はフジムラです」
「私は三島です。では後ほど。失礼します」
と電話は切れた。
起こった事象は単純明快だが、相手との交渉が複雑怪奇になりそうな予感を
覚えつつ、俺は服を脱ぎ捨てながらシャワーを浴びるべく
バスルームへと向かった。



     

約束の場所に現われたのは、まさに中年管理職を絵に描いた様な男だ。
先に到着していた俺はすぐにそうだと当りを付けたが、知らん顔して観察を続けた。
中肉中背、いや少し小太りか。黒ぶちセルの眼鏡が本人の融通の利かなさを
象徴した様なデザインだった。背広も仕立ては悪く無いがとにかく地味だ。
そして本人も愛嬌のありそうな雰囲気を出してはいるが、内心はかなり
神経質そうだ。しきりに冷たいアイスコーヒーのコップから、テーブルに
水が滴り落ちるのをおしぼりで拭っている。落ち着かない様子だ。
ふいに小市民、という言葉が心に浮かんだ。
あんまり待たして痺れを切らすと面倒な事になるので、俺は
頃合いを見計らい相手に接触開始すべく話し掛けた。
「すみません、三島さんですか?私フジムラです。服装の事を
お聞きしていなかったので、しばらく気付きませんでした」
と恍けた。
俺が先に来ていた事かそれとも俺の容貌か?相手はちょっと驚いた様だった。
俺は高そうなビジネススーツ=一張羅、を着て丁寧に髪を撫で付け
パッと見には、オフィス街を歩いていても違和感が無いサラリーマンの然と
して装ったためだ。
所謂、後光効果なのだが、いつもそうする訳ではない。
(とは言え、胡散臭さを消す様に努力はしている。この商売、『信用第一』なのだ)
今回はそうした方が良いと俺の第六感が囁いたのだ。
という訳で、相手の職業上(恐らくエリートなサラリーマンだろう)馴染み易く、
かつ相手が知らずに尊敬の念を起こさせる様な風貌で交渉する事にした。
そして、ほどほどの愛想の良さ。これで大概は上手く行く。
「先に来ていたなら名前を店の者に伝えるとか、考えつかなかったんですか?」
と三島は暗に、自分は店の者に俺が来ていないか問い合わせた
と言っているのだろう。
流石は小回りの効く男っぽい抜け目無さ、と思いながら俺は言った。
「流石ですね。そう、先に来て私はあなたを観察していました」
「何故です?」
「私は今ちょっとした事件を調べていまして、調べられると
都合の悪い方達がいるんですよ。どんな妨害をして来るかも判らない。
これが突飛なでっち上げ依頼で、私をおびき出したのではないと言う保証も無い。
なのにこちらもノコノコ現われてホイホイ名乗れないでしょう?危険過ぎる」
と言うと、相手はすこし興味を持った様だった。
「あなたの仕事はいつもそんな危ない依頼ばっかりなんですか?」
「時には、ですね。普段は一般的な身元調査、行方不明人の捜索、浮気調査
などなど、の依頼が圧倒的ですよ。しかし、それだけに事あらば慎重を期します」
ほぼハッタリだった。それら全て経験済みだが、話のニュアンスと違って
仕事の依頼量が圧倒的に少ない、という状態だった。
それは俺がとことんまでやらかす、と言う性格に依るモノだった。
気になる事は、本当に気が済むまで調べ尽くさねば気が治まらないのだ。
俺の人生は俺の好奇心を満たす事、その一言に凝縮されている。
なので『依頼主の望まぬモノまで掘り出しちまう』事がよくある。
それが原因だ。





       

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