Neetel Inside ニートノベル
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クラッシュコア
荒涼たる山の中で

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「オレの事、無視すると泣きを見るぞ」
 腰に手を当てて斜めに構え、倍は身長のありそうな男を下からずずっと見上げて言い放つ。
 折れそうなほど細い手足で威嚇する子供を見下ろし、男は頬が緩みそうになるのを必死に堪えながら視線をしっかり向けると、
「何だと? ガキが生意気な事を」
「本当だからな!」
 年の頃は七~八歳。
 恐らく近くの村の子供だろうが、その一番近くの村からここまで大人の足でも歩いて一時間はかかる。
 おまけに赤茶けて乾いた大地と枯れた木々がどこまでも続く荒涼とした場所で、背後には木の一本も生えていない赤い山があるだけだった。
 隣村へ続く道ですらないここで、そんな脅しめいた言葉を吐き出して何の徳があるのかと訝しみ、男は眉をひそめて子供に問いかけた。
「無視しなければどんな幸せが待っているんだ?」
「あんた、道に迷ったんじゃないだろ?」
 子供は土埃に汚れた男のマントから覗く剣の柄をチラリと見て問う。
「まあな」
「あんたが望む場所に行ける」
「無視すると行けないってことか?」
「運が悪けりゃ死ぬだろうな」
 いとも簡単に子供が言うと、男は眉の端をピクピクさせて「それは困る」と呟く。
「だろう? だからオレを無視しちゃいけないんだ」
「もしかしてお前、この山の神の子か神の使いか?」
 男が急に真面目な声で問いかけると、子供が逆に驚いた表情をする。
「違うのか?」
 少し慌てた様子で子供が肯定し、一つ息を吐き出してから手を差し出した。
 ニヤと子供らしからぬ笑みが浮かぶ。
「何だ? その手は」
「報酬」
「神様の子供だか使いだかはお駄賃が欲しいのか?」
「お駄賃じゃない! 報酬だ。正当な報酬」
 男は無精髭を撫でながら、胡散臭い風貌そのままの笑みを浮かべた。
「大した神様だ」
「どうするんだ? 出すのか? 出さないのか?」
 声をかけてきた時と同じように、子供は見上げて睨む。
「分かった」
 懐から金袋を取り出し、中から一枚の銅貨をつまみ出して子供の手の上に置いた。
「神の子の報酬がこれだけ?」
「神は神でも神の前に悪という言葉がくっついて、角か尻尾があるんじゃないか?」
 唇の端で笑いながら言い放つと「一枚ならそうかもしれない」と答えた。
 これはなかなかと男は思う。
「失礼致しました」
 手の平の上の銅貨を取り上げる。
 子供が「あっ」と、もの惜しげに声を上げた瞬間、男は同じ手に金貨を一枚握らせた。
「金貨!」
 うっかり素に戻った声をあげたが子供は気づかない。男はそれを楽しげに眺めてから、
「名前、何て言う?」
「ラダ」
「俺はハンダル。覚えとけ。いずれこの国の王になる」
 ラダは目を丸くして男を見る。
「あんた……それでこの山に来たのか?」
「他にどんな理由がある? それ以外の理由でここに来る人間など、他にいないだろう」
「……そうだけどさ。最初から金をくれたのも、金貨をくれたのもあんたが初めてだ」
「これがお前の最後の商売だからだ」
「どういうこと?」
 ラダはすっかり普通の子供になってハンダルに尋ねる。
「この山のお宝を、俺が頂くからだ。案内しろ」
 言い放ってハンダルは頂上へと向かう道を歩き始める。
 その背中と金貨の間を何度も視線を往復させてから懐にしまい、ポンと胸を叩くとラダは元気良くハンダルの後を追って走り出した。

       

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