Neetel Inside ニートノベル
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 黒い霧が立ちこめる中を歩く。
 ハンダルは少し歩調を緩め一点を見つめながら、ラダはマントをしっかり握り締めてキョロキョロと忙しく辺りを見回しながら。
 勢いでついてきてしまったが、ラダはほんの少し後悔していた。やっぱり背を向けて山道を駆け下りてしまえばよかったと。
 心臓の音が身体の中で響いていて、今ハンダルに話しかけられても聞こえないほどなのだ。当然喉もヒリヒリして貼り付いて、何かあっても叫び声すら出そうにない。
 頼みの綱はハンダルだけで、このマントを絶対離さないと強く決心した。
 だが足が動かない。
 靴の中に砂が入っているのか、足に何かが絡みついているのか持ち上がらず、ズルズルと摺り足になってしまうのだ。
「どうした?」
 視線をラダに向けずにハンダルが尋ねる。
 声が出ず首を横に振ったがハンダルに見えるはずもない。
「急に重くなったんだが?」
 チラと一瞬だけラダを見やったハンダルは、表情を強張らせて首を一生懸命横に振るラダを見つけた。
「相手は魔だ。俺も怖い」
 思わぬ言葉にラダは「え?」と短く掠れた声をあげた。
「怖いさ、怖い。それは俺も同じだ」
 それなのにどうして?とラダは視線で問う。
「恐怖とお宝、二択だ。俺はお宝を取る。お前は? 恐怖と食いっぱぐれない飯の種、どっちを取る?」
「……メシ」
「だよなぁ」
 笑みを浮かべた後、ハンダルが立ち止まる。
 そしてラダがゾッとするような強い眼で一点を見据えた。

 たちこめていた霧が生き物のようにその一点に集まってくる。
 肌をすり抜けて行く霧は生暖かいような気がしてラダは身震いする。
 だが手は離さない。
 霧は球形になり、楕円になる。
「グレイドル!」
 腹に響く声でハンダルが叫ぶ。
 と、霧は楕円から人の影のような形になった。
 ラダは息をするのも忘れて見入っていると、その霧の上の方に二つ、光る小さな点を認めた。
(――眼だ! 邪眼!)
 緊張にラダの身体が強張る。
「走れ!」
 思い切り背中を叩かれてラダがつんのめる。
 腕を掴んで転倒を回避させると、そのままハンダルは来た道を真っ直ぐ走り戻り始めた。
「全力だ!」
 言われるまま走る。
 そしてどうみても遁走している状況に「た……戦うんじゃないのかよ!」疑問というより怒りすら感じてハンダルに叩き付けた。
「戦うって俺がいつ言った?」
「だって あんた、戦士 だろ?」
 走りながら叫ぶ声は途切れ途切れだ。
「そうだ」
「戦士はっ 戦う のが 仕事だろっ!」
「今回は雇い主がいないからな」
「報酬は お宝だろ! その剣で 戦えよ!」
「これか?」
 鞘にしっかり収められている大剣の柄を握り抜く。
 と、その先には手の平程度の刃がついているだけだった。
「なっ なんだよ、それ! ニセモノかよ!」
「いやいや。これも由緒正しき短剣なんだが?」
「だったら その馬鹿長い鞘と 太い柄は 何なんだよ!」
「ハッタリ」
「信じらんねー!」
「あんまり剣を交えたくないんだ」
「サギだ……あんた、その短剣と口先で お宝を手に 入れるつもりなのかっ?」
「いや、あと一つ」
 スルリとマントの紐を解くと、
「お前だ」
 言い放つと同時にハンダルは別方向に走り出す。
 マントをしっかり握っていたラダは当然マントと共にその場に置き去りになり、背後には黒い固まりが迫っていた。

 絶叫と罵声が山頂に響く。
 ハンダルを呪う叫びと言っていいかもしれない。
 だが叫んでいるだけでは駄目だと全力の全力で走り続け、山から下りる道の入り口に向かうが辿り着かない。
(こ……こんなに遠いはずがない……)
 だが見つからない。
 ハンダルもいない。
 黒い固まりは追ってきている。
「畜生!」
 叫んだ時「こっちだ」と呼ぶ声が聞こえた。
 視線を巡らせると真っ赤に光る塊が揺れているのが見えた。
「早くしろ!」
 鋭い声に弾かれたかのようにラダは一目散に走り始めた。

       

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