Neetel Inside 文芸新都
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「一枚絵文章化企画」会場
「森の卵」作:顎男

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「森の卵」 作:顎男

 そいつは卵だった。
 なんの卵かは誰も知らない。いつの間にか森の中にあって、気味が悪いから動物たちが避けて歩いているうちに、一端忘れられた。
 ある時、卵のことを思い出した一匹の野犬が、肝試しがてら卵を見に行った。
 木々の隙間からそおっと鼻面を出す。犬はそれほど何かを期待していたわけではなかった。
 卵を最後に見たのはもうだいぶ前だ。
 すでに腐って土に混ざりかけているか、もうとっくに誰かに食われているか、あるいは孵ってどこかへいったか。
 だから、その卵に手足が生えているのを見て、ハッハッハッと荒くしていた息さえ止めてしまった。
 もぞり、とそいつは動いた。
 逃げよう。野性の勘が犬に呼びかける。
 けれど間の悪いことに、勘よりもそいつの方が速かったのだ。

 その卵は斑色だった。黄色い表面にぶつぶつと毒のような斑点が浮かんでいる。
 手足が生えたそいつは犬を殺した後、森を彷徨い始めた。
 森の動物たちはすぐにそいつに気づいた。
 血まみれなのは、きっと自身の血に違いないと思い込んだ動物たちはそいつを取り囲んだ。
 すぐに血まみれにされた。一匹残らず。

 森は騒然となった。そしてすぐに静かになった。皆、卵を警戒して巣に閉じこもったり、べつの森へ引っ越したり、とにかくもう赤色のそいつを避けるようになったのだ。
 卵は考えた。どうしよう。このままではずっとひとりぼっちだ。
 赤い手足を捻って一晩考えた卵は、翌朝、ぽんと手を叩いた。
 名案が閃いたのだ。

 皆が卵のことを忘れて、森に平穏が戻ってきた頃。
 小鹿の子どもたちが広場で遊んでいた。お互いのおしりを追っかけ回してきゃあきゃあ叫んでいる。
 一匹の、一番年下の小鹿が言った。
 ねえ、あれなんだろう、と。皆が一斉にそちらを向いた。
 大きな木の根元に、たくさんの葉が積もっていた。
 季節は秋に入りかけていたけれど、それでもまだ森は緑色だった。
 一番年上の小鹿が、やめときなよ危ないよ、と言った。
 けれど幼い好奇心を押さえきれなかった年下の小鹿は、くんくん匂いを嗅ぎながらその葉の中に顔を突っ込んだ。
 きゃあきゃあ叫んだ。

 卵は歩く。血まみれの身体を引きずって、葉っぱを傘にして。
 卵の足跡は、いつもいつも、赤かった。

       

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