Neetel Inside 文芸新都
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「一枚絵文章化企画」会場
「エキゾチック・テルペノイド」作:tory_bin

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 歯磨きの最中に気が付いたのだが、俺の顔面は柑橘系になっていた。
 我ながら抽象的な表現であると思い、慙愧する。
 人類史上においても前例が無いであろう異常事態が我が身に降りかかった、という事実から潜在意識が逃避しようとしているのであろうが、正確な現状把握とは危機的状況から確実に脱却するための基本的かつ最善の手段なのであり、理系的思考力に恵まれている俺は理知的かつ論理的に脳内で分析を開始した。
 改めて鏡を見る。
 肌は黄色かった。
 黄色いだけであれば黄疸症状も似たようなものであるが、自分の肝臓に重篤な障害が生じているとは考えたくないので、自分の頭部全体が柑橘化していると思うことにした。
 やや非現実的かつ非科学的ではあるが、この世には科学で解明できないことも確かに存在するのだ。
 さて柑橘系と断じたものの柑橘系植物は多様であり、種を特定して曖昧さを改善するべく、俺は目を見開いて鏡に映る我が顔面を詳細に観察し始める。
 レモン等の香酸柑橘類ではない。
 グレープフルーツ類でもない。
 ミカン類もしくはオレンジ類であると考えてよさそうだ。
 深呼吸する。
 柑橘類特有の芳香が、鼻腔内に充満した。
 どうやら俺の顔面表皮そのものが柑橘臭の発生源であるようで、何気無く頬を軽く撫でてみると、指先に薄く付着した皮脂が鈍く光を放つ。
 凝視すると、それは皮脂ではなく油脂だった。
 俺の顔面全域に展開している醜悪な突起物はニキビだと思い込んでいたのだが、髭が生えていないから毛穴ではなく、柑橘類の果皮上にある油胞と呼ばれるものと同様であるように思えた。
 油胞内にはリモネンというは単環式モノテルペノイドが存在し、このリモネンは自然かつ安全な発泡スチロールの溶剤として注目されている物質であることから、考えようによっては自らの体質を前向きに利用することもできるのではないだろうか。
 一例として、エコロジー社員としてスーパーマーケット等への就職が有利になると考えられ、生鮮食品売り場に配属された俺はリサイクル回収した、かつてサンマ等を包装していた発泡スチロールの山を前に、高らかに宣言するのだ。

「奥様、当店はエコに配慮して発泡スチロールを頬ずりで溶かしています、このように!」

 売り上げ倍増、東証一部上場確実であるが、身体が魚臭くなるのは嫌なので残念ながら廃案とする。
 しかしながらこの油胞達が我が未来の栄光を約束していることは疑いようの無い事実なのであり、愛おしさを込めて油胞の一つを「こいつぅ」とばかりに人差し指で突いた瞬間透明の飛沫が俺の目に噴霧された。

「沁みる沁みる沁みる! 痛い痛い痛い! なぜ俺がこのような責め苦を! これは呪いか! 呪いなのか! 柑橘類の呪いなのか! 俺の顔面がこうなってしまったのも柑橘類の呪いなのか! 俺が何をした! 安売りで買ってきたミカンがあまり甘くなかったので食傷気味になった俺は昨晩その一つに穴をあけて前衛的かつアカデミックかつエキゾチックに性的ソロ活動をしただけではないか! それがいけないというのか!」

 煉獄の苦痛に苛まれる眼球は、柑橘類を冒涜した代償なのだろうか。
 自己紹介が遅れたが俺の名は廉司、レンジと読む。
 これがホントのオレンジレンジ、なんちて。

       

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