Neetel Inside 文芸新都
表紙

「一枚絵文章化企画」会場
「魔竜のきまぐれ」作:猫人魚

見開き   最大化      

「魔竜のきまぐれ」   作:猫人魚

 どうしてこうなったのか。俺の人生はもっと輝かしいものであったはずなのに。そりゃあ、金の為にレベルの低いモンスターだって容赦せずに殺すし、経験地稼ぎに魔物の巣に罠を仕込んで寝ながらにして大量虐殺したり、民家に堂々と入り込んで小さなメダルを探してみたりしたけどさ…。いや、俺自身の評価がそれほど良くないのは分かっていた。がめついだの好色だの色々言われている。だがそれでもギルドの中では一番の腕利きとされているし、だからこそこんな無茶な依頼だって引き受けたのだ。

 しかしそれこそが間違いの始まりだったのだ。

「ふはははは!死ね死ね死ねえ!!生贄のあの娘は俺がもらう約束なのだ!!」
 常人には不可能なほど魔法を連射しつつも、素手で魔竜の鱗を砕いていく。魔竜は悲鳴にも似た鳴き声をあげつつ、必死に俺に攻撃を繰り出してくるが、俺はそれを避けようともせずに体で受け止める。
「それがどうした!ふはははは!俺の為に死ね!!」
「ぐううう…貴様、本当に人間か…?」
「神様かもしれねえぞ?」
「…確かにお前の力は人間を超えている。なればこそ、この世にお前のような存在を放置しておくわけにはいかんな…」
「生贄を食うような奴が何をぬかす!いいから死ね!!」
「ああ、我は死ぬ。だが…それはお前をこの身に封じてからだ!」
「!?」
 魔竜から激しい閃光が発せられ、俺は視界を失う。そして何か、引き寄せられるような感覚と共に竜の咆哮を聞く。気がつけば辺りは静けさを取り戻し、竜の姿は消えたように見えた。

 しかしすぐに分かった。消えたのは竜じゃない。俺の方だ。そして今、俺の意識があるのは…あの魔竜の体の中なのだ。

 今の俺の体は、醜く巨大な爬虫類系の体。顔だって当然、そこらの人間は見ただけで腰ぬかすような竜の顔。かつてのパーフェクトボディは失われ、何人もの女を虜にした美青年フェイスも失われた。奴が最後に何をしたのかは分からないが、あの言葉の通りなら…俺はあの魔竜の体に封印されてしまったという事らしい。勿論どうすれば治るのかなんて分からない。それに…そうのんびりもしていられないようだ。この体は…俺自身が散々痛めつけた魔竜の体だ。やばいくらいの出血を感じる…幸い体がでかいせいか、じっとしていれば痛みは少ないが、死にそうだという事は分かる。

 なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ…

 そもそも俺はギルドから、ドラゴン退治の依頼を受けてこの塔に来た。毎年近くの村から生贄の若い娘と、大量の食料を献上させ続けていた魔竜を討伐してくれと。俺は、良い事をしようとしていたはずだ。なのにこの仕打ちはなんだ?何で俺が封じられなきゃいけないんだ?何で俺が死にそうになってるんだ?納得いかん!

 ああもうだめだ、出血が止まらん…段々力が入らなくなってきた。意識も薄れてきた気がする。俺は巨体を起こしているのも辛くなり、床に寝そべる。あ~あもう…大体生き残れたとしても、こんな体じゃ女も抱けない、酒も飲めない…俺の輝かしい黄金の日々…こんな終わり方でいいのかよ…

 ………

 ん…?んん?何か、暖かいものを感じる。腹の辺りに…何かいる?目だけを動かして、その何かを確認すると…それは、生贄予定だった娘だった。間違いない、村で依頼の確認をした時に会っている、あの娘だ。まだ人間だった頃の俺にすら怯え、不安そうな顔で俺を見ていた…あの娘が、竜となった俺の体に回復の魔法をかけている。この巨体に対してあまりに小さなその体で、決して強力ではない回復魔法を一生懸命かけ続けている。あの出力では、手をかざしている一帯の怪我を治すくらいしか効果はないだろう。しかしそれでも、娘は少しずつ俺の体を治そうとしていた。

 なぜだ?こいつは生贄にされるはずだったんだろう?なんで魔竜を助ける?それとも、もしかして俺が魔竜に封じられたのを知っているのか?俺はなんとか話をしようと口を開くが、うまく人間の言葉にならない。さっきの魔竜はどうやって喋っていたんだ?口の構造が人間とは違うから、どうやって発声するのかも分からないのだ。やはり長年の経験とやらがあれば、こんな口でも人間の言葉が紡げるのかもしれないが、今の俺は新米ドラゴン、すぐには無理そうだ…
「だ、大丈夫、ですか?」
「グウウウ」
「あの、男の人…逃げたんでしょうか?それとも…」
「…ウウウ」
「酷い怪我…でも、生きていてくれてよかった…」
 どうした事か、この娘、俺が死んだか逃げたかしたと思っている。つまり本当に魔竜を心配して回復魔法を使っているという事だ。生贄にされるはずの娘がすることじゃないよな…

 しかし結局娘は丸一日かけて、俺の体を回復し続けた。そしてさすがに疲れてしまったのか、次の日は一日中眠っていた。おかげで俺はなんとか一命を取りとめたようだ。娘は俺に寄りかかって眠ってしまったので、俺も身動きできなかったが、その分考える時間は充分にあった。

 村の連中が言うには、毎年生贄の娘を献上しないと、村が襲われる、だから仕方なく応じてきたが、もう限界だと。だから退治してくれと言われた。なら娘にとってはこの竜は、最も恐れるべき相手のはずだ。しかしこの娘は竜となった俺の傷を癒し、今まさに安心しきって俺に体を預けて眠っている。この娘が変わり者だと言ってしまえばそれまでかもしれないが、妙な違和感があるのも確かだ。そもそも…毎年女を喰らっているにしては、この塔の中は澄み切った空気を持っている。もっと人骨とか食い散らかした後の腐臭とかあっても良さそうなものだ。まあ餌場が違うだけかもしれないが…もしかして、食うための生贄じゃないんだろうか?だとしたらなんの目的があるんだ?俺みたいに抱くだけのつもりだとしても、この体じゃなあ…色んな意味で無理だろう。
「…あ…ごめんなさい、寝てしまいました」
「……グウ」
「もう、怪我は大丈夫みたいですね…」
「……」
「…でも、これで…私は貴方に会えなくなりますね…傷が治ったのなら、早くここから立ち去った方がいいですよ。村の人に見つかる前なら、あの男の人が退治したと思い込んでくれるはずです」
 この娘、以前からこの竜と会ってたって事か?
「今日は…帰りますね。何日も帰らなかったら、村の人が心配して見に来てしまうかもしれませんから」
「……」
 娘は何度も振り返りながら、塔を出て行く。間違いない、この娘は魔竜に対して恐れなどもってない。むしろ親愛の情を抱いているくらいだろう。となると…生贄云々は村人の嘘か…確認する必要があるな。

 口は利けなくとも、魔法は使えるだろう。俺は姿を消す魔法をこの体に見合った出力で放ち、カメレオンのように周囲の色になじむ。そういや、この体は飛べるんだろうか?一応大きな翼はあるんだが…なんとなく羽ばたいてみると…物凄い風を巻き起こしながら体が浮かび上がる感覚を感じた。おお、こりゃ案外面白そうだな。俺は塔の天辺まで羽ばたき続ける。天井のない塔、恐らく魔竜もこうして外に出ていたのだろう。そしてある程度空に舞い上がってから、滑空して村の方に降りていく。思わずきもちい~って叫びそうだったが、どうせ言葉にならないので止めておいた。

 村から少し離れたところで着地し、ゆっくりと歩いて村の入り口に向かう。丁度あの娘も入り口に到着したらしい。そこには他に、村の男衆が数人、武器を用意して待っていた。
「アル!どうだった?」
「…もう、いませんでした。恐らくはあの傭兵の人が…」
「嘘をついているのではないか?」
「これを」
 アルと呼ばれたあの娘は、懐から恐らくは治療の際に拾ったと思われる竜の鱗を差し出した。それを見た男達はどよめき立ち、次に歓喜の声をあげた。
「おお!これでようやく安心して仕事ができるというもの!」
「しかしあの男、報酬を受け取りに来ないとはな…もしや相打ちにでもなったか?」
「まあいいではないか、金が浮いたのならそれに越した事はない!」
 娘は、顔を伏せたまま…何かを耐えるような表情を浮かべていた。一体なんだ、この村にある秘密は…アル、お前、何をそんなに悲しんでいる?

 俺は村の様子を観察してみる事にした。姿を消す魔法は順調のようで、誰一人この巨体が村を覗き込んでいる事に気付いていない。しかしむさくるしい村だ。若い娘の姿がまったくない。アルも家に入ってからは篭りっきりのようだし、外に居るのは屈強そうな男ばかり。まあ生贄に娘を献上していたってのが本当なら、そのせいで女がいないのかもしれないが、だとしたらアルの態度がおかしすぎる。それに先程から…生臭いというか、俺も良く知っている匂いが漂っている。この体になってからというもの、鼻もドラゴン並に利くようだ。いやまあ、ドラゴンの鼻が利くのかどうかしらねえけど。

 匂いの元を辿ってみると、一際大きな長屋があった。村長の家よりでかいじゃねえか。まあ造りは雑みたいだが。どちらかというと巨大な馬小屋かこりゃ。中を覗こうと思ったが、この巨大な顔じゃあ上手い事、覗けんな…じゃあまあ、音だけでも…

 ………

 ああ…こりゃ…人間牧場か?中からは、微かに女のうめき声と、男達の嘲笑うような声が聞こえてきた。恐らくここは、女の奴隷を専門に扱っている牧場だろう。いやむしろ、この村自体がそれを商売にしているに違いない。他の女が出歩かないのは、自分まで商品と思われてはたまらないからだろうか。

 さて…ここで俺様の優秀すぎる頭脳で、今まで掴んだ事実からこの村の真実を推理していこう。まず生贄の件だ。アルの態度から察するに、恐らくこの魔竜が生贄を所望していたわけではないのだろう。となれば、実際に生贄として娘を差し出していたわけではないのか?いいや、だとすれば、そんな嘘を俺につく必要はなかったはずだ。単に村のそばに竜が住み着いたから退治してくれと言えば済む話。という事は、村人からしたら生贄の話は本当だった。さて、村から生贄を出すとなれば、当然最初に差し出されていくのは奴隷として飼われている女達だろう。しかし実際には魔竜は生贄を殺してなどいない。なら女達は何処へ…もしや、魔竜が…逃がしていたのか?

 そうか…アルめ、恐らくはこの牧場にいる女を憐れんで、逃がすために魔竜を利用したのか。魔竜が生贄を望んでいると言いふらし、牧場から女を出させるように仕組んだ。そして魔竜に頼み、女を逃がしたのだろう。しかし村としては、奴隷の取引を商売としているので生贄に取られ続けてはたまらない。そこでギルドに討伐依頼をしてきた、というわけか。これなら全て辻褄が合う。アルが先程悲しい顔をしていたのは、魔竜が死んだという事にしてしまったので、これ以上奴隷を逃がす事ができなくなったから、か。

 という事は、アルという娘…奴隷よりも魔竜の命を選択したという事か?この魔竜と、あの娘にどんな関わりがあるというのか…

 事情を把握した俺は、塔に戻る。今の俺は竜だし、街の宿に帰るってわけにもいかない。この巨体を落ち着かせることができるのは、あの塔しか思いつかなかったのだ。まあ村人が様子を見に来たりするかもしれないが、その時はその時、蹴散らせばいいだけだ。さあて…あらかた疑問は解決したものの、だからと言って俺の体が元に戻るわけでもない。このまま一生竜のままなのか…大体戻るにしたって、俺の元の体は何処行ったんだよ。

 ……

 その日の夜中…俺は、何か争うような気配を感じ、目を覚ました。耳を澄ますと…どこか遠くから、人間が騒いでいる声が聞こえる。この音の方角は、あの村の方だ…そして、何人かの人間がこちらに近付いてくる気配も感じられる。この息遣い…女達だな。アルの声も聞こえる。一体何をしでかしたのか知らんが、恐らく奴隷の女を解放して、この塔に匿おうとしているんだろう。そして案の定、塔の扉が開かれ、女達がなだれ込んできた。が、俺の姿を見て、すぐに悲鳴を上げてどよめき立つ。それを見てアルが一人前に出て、女達を落ち着かせようとする。
「みんな!違うの、この竜は人を襲ったりはしない!」
「で、でも、でもあんな…」
「私を信じて!私は幼い頃からずっと彼と一緒にいたの、だから…」
「…本当に、人を襲わないの?」
 力強くうなづいたアルは振り返り、今度は俺に話しかけてきた。
「どうして…どうして逃げなかったの!?またいつか、あの傭兵の人みたいに貴方の退治を依頼された人がくるかもしれないのに!」
「……」
「…貴方、この前から…なんで何も言ってくれないの?…もしかして、あの怪我で喉を?」
「アル!男達がこっちに来てるよ!?」
「!わかった、彼の後ろに地下通路の入り口があるの、そこへ!」
 そんなものがあったのか…女達はアルに促され、俺の背後に回ろうとする。しかし何人かは、俺の姿におののき、中々上手く回りこめないようだ。かといって俺が動いたりしたら、それだけでパニックを起こしそうだ。
「早く!急いで!」
 しかしアルの叫びも虚しく、男達が扉から入り込んでくる。そして俺の姿を見て、武器を構える。
「な、な、なんでいるんだ!アルお前!!」
「やめてください!私、私もうあんな仕事は!」
「だったらお前が奴隷になるか!?奇麗事だけじゃ食っていけないんだよ!」
 全く持って正論だ。奴隷制度も、それで社会が成り立ってるんだからしょうがない。小娘一人が騒いだところで世界は変わらん。
「みんな早く!」
「女を逃がすな!」
「い、いやでも、竜がいる!」
 おお、男共も恐れるか。そりゃまあ当然だな。俺様くらい強くないと、この魔竜とまともに立ち会えるわけがない。
「くそ…アル、貴様…自分の村に火を放ってまで奴隷の女を助けようだなんて…気でも触れたのか!?」
「気が触れているのは貴方達の方です!彼女達と私達、どこが違うというのですか!」
「ふざけた事を言うな!お前が毎日上手い飯が食えるのは何故だ!毎日違う服が着れるのは何故だ!魔法の勉強ができたのは何故だ!あの女どもを売った金があったからだ!」
「そ、それは…でも、私はこれ以上…」
 っていうか、さっさと通れよ女共…じっとしてんのも結構辛いんだぞ…
「おい!女達が!」
「う、くそ…おいアル!奴隷が減った分は、お前に償ってもらうからな!」
 ……ふん。
「あの竜が生き残ってるとは…高い金払ったのに…大体あいつがやり損ねからこんな事に!」
 …文句あるなら自分でやれっつうの。

「ふははははは!死ね死ねぇ!」
 こ、この声は!?

 ―ズドーン!!

「グオオオ!!」
「ふはははは!今度こそ殺してやろう!」
 お、俺じゃねえかあ!!俺が、空から降ってきて、俺に…ってややこしいな!とにかく俺そっくりな奴が、空から降りながら魔法を撃ち込んで来て、俺は地面に叩き付けられた。つ、つええな俺!最高だな俺!!って言ってる場合じゃねえ、どうなってんだ!?
「ウウウウ…」
「前回は不意を突かれて吹っ飛ばされたが…今度はそうは行かない…おとなしく、俺の金と女の為に散れぇ!!」
 我ながらとんでもない事口走ってるな…一体どうなってんのか知らんが、あれは俺だ。じゃあ竜になってる俺は一体なんなんだ?魔法はちゃんと使えたし、意識は俺そのもの…まあいい、俺が分裂しようがなんだろうが、おとなしく殺されるわけにもいかん。それに…一辺俺自身と戦ってみたかった!
「グルルルル…」
「ほほう、やる気になったか?」
「おい、大丈夫なんだろうな!?」
「俺を誰だと思っている!」
 奴は、今までの俺がそうしてきたように、大量の魔法を一斉詠唱しつつ、自身はその身一つで殴りかかってきた。うむ、実にすばらしい連携だ!って誉めてる場合じゃねえよな。とにかく出力上げた防御魔法で凌がなければ…って!?
「キャアアアア!!」
 お、女共、まだうろちょろしてやがったのか!?そんなところに居たら踏んづけちまうだろうが!
「お願い!みんなを守って!!」
 無茶苦茶言うなああああ!!!

 ―チュドドドドド!!

 俺は地下通路入り口でうろちょろしている女共を翼で庇うように立ち、防御魔法を詠唱する。くそ、体勢を変える為に一瞬詠唱が遅れて、ちょっと被弾しちまったじゃねえか…
「ほほう、防ぎきったか…前よりやるじゃねえか」
 当然だろうが、俺だぞ俺。手の内は読めてる…だが問題は、この体だ…お世辞にも扱いやすい体とは言えない。自分の体じゃないからな。一方の相手は全開のようだ。この差をどうやって埋める…
『アレはお前の影…アレを殺すという事は、お前自身の命を削るという事だ』
 な、誰だ?頭の中に声が…
『どうする?殺すのか?』
 てめえ…魔竜か?最初からこれが狙いか?
『アレを殺せばお前の命は大きく削られて、いずれ死ぬ。だが女達を逃がす時間を作れるかもしれない。お前が先に死ねば、捕らえられた女達は再び蹂躙される毎日を送る』
 どっち道死ぬってのかよ…
『人を超えた力を持つお前を、世界の調律者たる我が見過ごすわけにはいかない。お前はこの世界の法則を壊す者。お前自身を殺せるのは、他ならぬお前しかおらんからな』
 くそ…
『逃げる事も不可能だろう。不慣れな我の体では、お前の影の追撃から逃れる事は無理だ。さあどうする?ほんの一瞬でも心通わせた者の為、その身を犠牲にするか?それとも…』
 ……どうしろってんだよ…
「お願い…みんなを…」
 そんな目で見るんじゃねえよ…俺はお前の知ってる魔竜じゃねえんだぞ…さっきは勢いで庇っちまったけど、元々そんな義理もねえし、奴隷制度に反対してるわけでもねえしな。
「おいアル!お前はこっちへ来い!」
「あぅ!」
 ……ま…恩はあるか…丸一日かけて、回復魔法使わせちまった恩がな…今日一日くらいは、アルの為に魔法を使ってやるか…俺に惚れるなよアル!!
「グオオオオオオ!!!」
「!?」 

 …………

 どれくらいの時間が経ったのか…半壊した塔の内部に、俺は力なく倒れこんでいた。相手は俺自身…不利な条件は幾つもあったが、かろうじて勝機もあった。それは、魔竜と呼ばれたこの体にあった。俺自身も人間を超える出力を出せるが、魔竜の体は限界値が既に人間を超えていた。俺の最大出力にも耐えうる体、それこそが唯一の勝因だ。あとは、少しずつ互いの体を削りあい、押し勝っただけ…おかげで、影を殺したから云々を別にして、再び俺は瀕死の状態になってしまった。
「ぐす…ごめん、ごめんなさい、私達の為に…こんな怪我を…」
「ウウウ…」
 アルが、また回復魔法で俺を治そうとする。だが、今回の怪我は前とは違い、アルのひ弱な出力の回復魔法では追いつかない。
「ああ…なんで…治らない…血が、止まらない…」
 気がつけば、男達はとっくに退散しており、代わりに逃げたはずの女奴隷達が、遠巻きに俺とアルを見つめていた。
「お願い…止まって…止まって…」
 何泣いてんだよ…面倒くせえ奴だな。
「だって…こんなに、血が…私やみんなを庇いながら…あんな無茶な戦い方をしたから!」
 別に庇ったつもりはねえよ…たまたまそう見えただけだろ…
「お願い…私の命全てをかけてもいいから…お願い!」
 滅多な事言うんじゃねえよ…普通の人間に竜一匹全快させる出力の回復魔法なんて、命かけたってできねえっつうの。
「だけど私にはこれしか!」
「…ちょっと待て、お前さっきから…俺の言葉聞こえてんのか?」
「はい…」
「…ああ?なんだ…いつの間にか、喋れるようになってんじゃねえか…」
「…貴方は、今までの彼とは違うんですよね?本当は…あの日、貴方を治した時に気付いていました」
「…じゃあ…何で治した?」
「分かりません。でも目の前に、傷つき倒れているものが居れば、放っておくわけには…」
「憎くないのか…俺が。お前の友達を殺したんだぞ?」
「憎くないとは言えません…でも、だからって見捨てられません」
「お人よしが…」
 しかし、アルの懸命な介護も虚しく、俺はあまりに大量に出血したために、気を失ってしまう。恐らくは…このまま、目を覚ます事はないだろう。あ~あ…結局竜の体のまま死ぬのかよ…

 ………

「あれ?」
「あ!起きました!?」
「え、あれ?何で俺生きてんの?」
「あの、みんなが手伝ってくれたんです」
 ふと目を覚ますと、目の前にはアルと、女奴隷達が並んでいた。そして自分の体を見てみると、ボロ布をひも状にしてなんとか止血したという跡が見られる。
「治癒魔法が使える人は魔法で、使えない人はみんなの服で止血をして…」
 言われて見れば、アルを含めて全員の服が、随分とこじんまりと…っていうか大分隠せてない状態になっている。う~ん、ある意味絶景だなこりゃ。で、俺が目覚めた事を喜び、抱き合って泣いたりしてる奴もいる。何なんだろうねえこいつらは…庇ったのはただの成り行きなのによ。
『よもや生き残るとはな』
 またお前か。ま、でも無駄だろうけどな。俺の命は大きく削れたんだろ?影を殺したから、俺もいずれ死ぬ。
『その通り。お前の命は大きく削られた。500年ほど』
 …ん、ちょっと待て。
『我の体は1000年の時を生きる。今の姿はおよそ200年の成長を遂げた状態だ。残り300年しかないな』
 …ちょ、待て、命が削られるって、この体の寿命の事かよ!?
『お前はいまや、我そのもの。それ以外に何を削るというのだ』
 え、え、じゃあ俺、あと300年も竜の体のまま!?
『人を超えたお前の力を収めておくには、これ以上ない器だろう?』
 頭の中で、魔竜が高笑いしてやがる…くそ、納得いかねえ、ぜってえ納得いかねえええ!!!

おしまい
★ ★ ★

       

表紙

参加者一同 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha