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「一枚絵文章化企画」会場
「歯医者に行こう」作:紅鉄

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「そうだ歯医者に行こう」作:紅鉄 
 
「歯茎から血が出ているわ。歯医者に行きなさいよ」
 涼しげな湖畔に建てられた家の庭のごとく風通しがよさそうなお腹の女は、ごつごつとしたそこに重心を預けた。
「私に会う歯医者が見つからなくてね。どうも忙しいから」
 口元を真っ赤に染めたまま大きなトカゲは微笑んだ。
「あら、なら私がよい歯医者を紹介して差し上げましょうか?」
 言ってから、女の口端から赤い血が垂れた。
 臓器、回収不可能。骨、遥か彼方。意識、すでにぼんやり。
 女は見ての通り、死に体だった。
 ドラゴンはというと、地面にその体を預け、虫歯一つ無い歯を鮮血で染めていた。
「しかし久しぶりだよ。この体に戻るのは」
 ドラゴンは女を揺らさないように気をつけながら話した。
「そう? 貴方を本気にさせれてよかったわ」
 にこりと微笑んで、また女は血を吐いた。
「そういえば聞いていなかったが何故私を狙ったんだい?」
 ドラゴンも口にたまった血をどろりと垂れ流した。
「強いていうなれば、貴方がドラゴンで、私がドラゴンハンターだからよ」
「そうか」
「そうよ」
 女は納得したようにうなづいてまぶたを下ろした。もう流す血もほとんど枯渇しており、体重も急激なダイエットに悲鳴を上げている。
「しかし、私は特に悪さをしていたわけではないんだがね。とんだ迷惑だよ」
 ドラゴンもまぶたをゆっくりと閉じて余分な力を使わないようにした。
「嘘おっしゃいな、私は知ってるのよ、貴方が私たちの国にたびたび訪れては悪さをしているのを」
 女は残っていた右手で弱弱しくドラゴンの下顎を小突いた。
「君の国か。あそこは良い。果物がみずみずしくて最高だったよ。よければ今度案内してもらえるかな?」
 懐かしむようにしてドラゴンはわずかに顔を上下に振った。
「何を白々しい。私の国を焼いたのは貴方でしょうに」
 今度は少し力を入れてドラゴンの顎を突いた。
「君の国を焼く? 残念だが私が吐くのは炎ではなく”ほら”だよ」
「まったく、冗談が好きなのね」
「あぁ、何よりもね」
「私も、嫌いじゃないわ」
 もう小突く力も残っていないのか、女は首をわずかに動かしてドラゴンの顎に後頭部をぶつけた。
「しかし参った。私と君が死ぬのはいいが、私が無罪の罪で疑われるのはよくない」
「私が死ぬのはわかってるのよ。それより、まだ言うの?」
 女は少し怒ったように後頭部をぶつけた。
「確かに私の牙は分厚い城壁を豆腐のように貫き、鼻息だけで城は滅ぶだろう。しかし、そんなつまらないことをしてどうするんだね」
「つまらないとは何よ」
 女は気になって少し顎を上げた。ドラゴンもそれに気づいてうっすらと目を開けた。
「では聞くが、君は蟻の巣をつぶして一生を過ごすのが楽しいと思うかい?」
「え?」
「私にとって君達人間というのは、君達人間で言う虫だとかそんな認識なんだよ。無論、君は犬位には見ているよ」
 女は絶句した。このドラゴンは自分を死のふちに立たせた自分ですらも、そこ等の犬と同じように見ていたと知らされ、自分の小ささに気づいてしまったのだ。
「じゃ、じゃあ何で私の村を?」
「村? それじゃもっと納得できないね。国なら蟻の巣程度の認識だが、村とならばそこ等の塵と一緒だよ。塵を焼いて回るほど私は暇じゃない」
「そ、それじゃあ貴方の他にドラゴンって居るの?」
「後数名居たが、どこに言ったかは知らないね。居場所なら君のほうが詳しいかもしれないくらいさ。なに、皆退屈に犯されてしんじまったのさ。病気にかからないこと、無敵であることが長所だってのにその無敵に殺されたわけだ。笑い話だろう?」
 ふふふとドラゴンが笑うと、一度に血が口からあふれ出た。
「で、でも私は確かに見たのよ」
「何をかな?」
「空を飛ぶ大きな影と、大地を焦がすような炎を!」
 信じられないといった風に焦点の定まらない瞳で女は叫んだ。
「ふむ」
 ドラゴンは考え込むようにして黙り、女に血を浴びせ続けた。
「だって、私が竜殺しの家系だったから、村ごと焼いて邪魔者を」
 もはやすがる様な声だった。
「竜殺し? あぁだから私の攻撃にめっぽう強いし最高の硬度を誇る私のうろこにサクサクと彫刻してくれたわけか」
 見ればドラゴンの体はどころどころ致命傷ではないものの確かな傷があった。
「一つ聞くが、そのローブやら私に攻撃してきた剣やらはどこで手に入れたのかな?」
「お、王様よ」
「ふむ、王ときたか。よければそいつの名前を教えていただいてもいいかな?」
「王は名乗らないのよ。いつの間にか王と名乗り始めていつの間にか王になってたんだもの」
 言い切ってから女はふと首をかしげた。
「あれ、何で今まで気づかなかったんだろう」
「なに、君の頭がお花畑な訳じゃないさ」
「分かってるわよ」
 女はガツンと右の拳でドラゴンの顎を殴った。
「おぉ怖い怖い」
 ドラゴンはそういうとまた血を吐いた。
「それで? 私にそんなことを聞いてどうするのよ」
 女は左手でこんこんと顎をたたいた。
「ん?」
 叩いてから気づいた。
「あれ?」
「どうしたのかな?」
「なんで、両手があるの?」
 ドラゴンは面白そうに目を細める。
「言ったろう。私が得意なのは”ほら”を吹くことさ。おめでとう。君は死ねない」
 にっこりと口元をゆがめたドラゴンの血がまた女に降り注いだ。
 見れば女の周りはドラゴンの血で小さな池になっていた。と、いうかただの地溜りだった。
「幾人と私の血を求めてきたものが居たが、原液をかぶる馬鹿は君が初めてだよ」
「いわく、ドラゴンの生き血を浴びれば不死になる」
「ご名答」
 女はセクシーにお腹にぽっこりと穴の開いた服の奥からかわいらしいおへそを覗かせ、驚いたように声を上げる。
「な、何をするのよ!」
「我が妹に施しをと思ってね」
 自らの足で立ち上がった女に答えるようにして、ドラゴンは地に付けていた顎を痒そうに鋭い鉤爪でかいた。どうやらまだ余裕らしい。
「貴方の妹な分けないでしょ」
 女は憤慨した様子で、近くに転がっていた剣を取った。
「私の母は気まぐれな人で、自らをセラと名乗っていたよ」
 ドラゴンはおかしそうに血を吐いた。
「セラ?」
「もしかして君の家系の頂上に同じ名前が無いかい?」
「そんなの偶然よ」
 女はふとお守りのように持っていたセラ様の絵を取り出した。
「あー相変わらず美しいね」
 ドラゴンは絵を見るなり嬉しそうに言う。
「自由こそが最大の呪縛であり、呪縛こそが最高の自由である。だっけ?」
「な、なんであんたがセラ様の言葉を」
「母はよく分からないことを言って私を困らせるのが好きだったからね」
 相変わらずドラゴンは楽しそうに話す。
「まだ足りないって言うなら誰にも教えたことの無い私の本当の名前を教えてあげよう」
「ティファ」
「よく知ってるね。女の子みたいであまり好きじゃないんだけどね」
 女が口にしていたのは、セラ様の残した兄弟の名前の一つだった。
「セラ様がドラゴン?」
 体に力はみなぎっているというのに、脱力したようにして地面に膝をつく女。
「セラ様ね。母は気まぐれで、私もその産物さ。なんでも悪魔との子供らしい」
「悪魔?」
「意地悪なところがそっくりだろう?」
 血まみれの歯茎をしっかりと見せてドラゴンは笑った。女も、確かに。と弱弱しく笑った。
「私の母は自由すぎたんだろうね。色んな所で恨みを買って、私たちの種族としては珍しく殺されたよ」
「そう」
 もはや女には話半分に聞く余裕もなく、光の指さない絶望色の瞳で空を見ていた。
「それとね、君が持ってるその剣だけど、ドラゴンの牙で出来てるし、そのセクシーなローブだってドラゴンのうろこで出来ているよ。もちろん、加工にはドラゴンの素材が必要だろうね」
「だからなんだって言うのよ」
「同属を殺せるのは同属だけってね。まぁ君は半分だけ同属だし、私も半分だけ同属だ。ハーフ同士だし、私が血を与えていなければきっと共倒れしただろうね。きっと王様も知っていただろうね」
「共倒れ?」
 女はふらふらと剣を杖がわりにして起き上がると、ドラゴンに歩み寄る。
「言ったろう? うちの母は自由すぎてそこらで恨みを買って居たんだよ。そのとばっちりが子供に来てもなんら不思議じゃない。だろ?」
「嘘よ」
「あぁ、私は嘘が好きだから嘘かもしれないね」
 ドラゴンは楽しそうに言うと、再びまぶたを閉じた。
「たぶん君の村を燃やしたのも、君を殺そうとしたのも、その名無しの王様だろうね。嘘だけど」
「嘘がうまいのね」
「いえいえ」
 女はにこりと笑うと、いつのまにか流れていた涙を拭った。
「生き返られたついでにお願いがあるんだけど」
「なにかしら?」
 女は赤い目のまま兄弟に向かって声をかける。
「私を殺してはくれないかな?」
 ドラゴンはきわめて愉快そうに頼んだ。
 
 
「断るわ」
「だと思ったよ」
 即答した女にすぐ反応する二人。二人は声を上げて笑った。回りは鉄のさびた匂いが充満し、地面は血泥みで環境は劣悪、極悪、最悪の三拍子だった。しかしその中で二人はおかしそうに笑い続けた。
「それで、これからどうしてくれましょうかお兄ちゃん」
「こんな傷じゃ何も出来ないさ妹よ」
「残念ねお兄ちゃん」
 そう言うと女の手からあわ白い光が放たれドラゴンを包む。
「本当に残念だな」
 光が解けたとき、ドラゴンの体は全快していた。ちなみに、ドラゴンは本当に残念そうだった。
「さて、どうしますかお兄様」
「そうだね、いい歯医者を知っているんだろう?」
「えぇ。飛びっきりの医者ですわ」
「じゃ、歯医者に行こうか」
「そうしましょうか」
 そう言うとドラゴンだったものは見る見るうちに人間サイズまで小さくなり、女の隣に並んだ。
「なかなかな色男ですこと」
「聞きも最高にセクチーだよ」
「なかなかに気が合うね。妹」
 笑いあってから男が女の手をつかむ。
「だって兄弟ですもの」
「そうだね」
 にっこりと男が微笑むと、背中から羽が生える。
「じゃ、寄り道もせずに早速歯医者に行こうか」
 男は女を抱くとひょいと飛び上がる。
「兄は嘘がお上手ね」
「あぁ、だって私は虫歯の歯が痛むからさっさと抜いてしまいたいんだ」
「えぇ、そうしましょう」

おしまい
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Neetsha