Neetel Inside 文芸新都
表紙

「一枚絵文章化企画」会場
「超ハイスペック探偵、神白総」(作:ヨハネ)

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「標識少女」    作:ヨハネ


 外には一面の銀世界が広がる北海道の寒い冬の日。ホテルの一室で開かれたパーティーで、一つのプレゼントボックスが姿を消した。
 これはその場に立ち合わせた稀代の名探偵、“神白 総(かみしろ すべて)”の推理の全貌を、彼の助手である僕が包み隠さずお伝えする形でお送りしたいと思う。

 容疑者ファイル1「四日市 綾香」(備考:美人)
 これも神白名探偵の持つ力か。既に容疑者は四……いや、五名に絞られている。そのプレゼントボックスの中身はなんと高価な宝石であり、そしてそれを知っているのが以降の五名だという。
 神白名探偵がまずその足を向けたのは四日市氏。若く綺麗な女性で、ちょっと高圧的な雰囲気が辛抱たまらんばい。
 内面的特徴として、彼女は「四」の字に誇りを持っており、あらゆる諸事に「四」の字を絡めようとする。最大の自慢は44.4kgの体重であり、その為己の体重管理の厳しさはプロのボクサーすら軽くひくレベルであるらしい。四月三日であった自身の出産予定日を、しかし根性で母の中に一日踏みとどまっただとかいうのは、母としては糞迷惑極まりなかっただろう。
「宝石? 言っておきますけれど、私は一切関係なくってよ。何故なら私はそんなものに興味が無いのだから。何故なら私はもっと素晴らしい逸品を山ほど持っているのだから。何故なら私は超がつくお金持ちなのだから。それが何故かと言うならば、私が四日市綾香なのだから」
 四つの御託を並び立て、四日市氏はしたり顔でにたりと笑った。
「そうですか。ありがとうございます」
 基本的に神白名探偵は、だらだらと話を聞くことはしない。何故ならば、それで全ては事足りてしまうのだから。あ、伝染った。
 四日市氏の元を離れ、僕は部屋の隅で神白名探偵の見解を聞いてみることとした。
「で……、どうです? 彼女はついてましたか? 嘘」
 神白名探偵の超ハイスペック要素。『嘘発見器内蔵』。
 彼は、直に人と接する事でその人間が嘘をついているかどうかを判別してしまう。それは凄いなんてレベルではない。もし彼が推理小説の主人公であったならば、間違いなく話は成り立たないだろう。
「はい。彼女は嘘をついています」
 彼はあっさりとそう言ってのけた。よっしゃあ! 事件解決だあ!!
「ただ……。五つの項目を連続して言われたので、どれが嘘なのかまでは追い切れませんでした。流石に彼女は四日市綾香本人でしょうけど」
 ああ、そういう事もあるのか……。
 ならばもう一度話を聞けば良いではないか、などと野暮な事を僕は言わない。と言うより、言っても無駄だ。彼の捜査は一発勝負。一度の接触で全ての片をつけるのが彼のポリシーなのである。名探偵としてのプライド、とでも言うのだろうか?
 だから、彼は警察の手も借りない。己の手で全てを暴く。今回のこれも、事件として起訴させるつもりなど毛頭無いのだろう。犯人を見つけて持ち主に宝石を返してそれで終わり。被害者に外傷的被害が加わった場合を例外として、それが彼の信念だった。


 容疑者ファイル2「二本柱 光」(備考:×2)
「え、ええと。双子?」
 いや、違う。違うのは分かってるんだ。だがこの光景を目の当たりにして、それ以外の見解を僕の常識が受け入れなかった。
『ノン、ノン。僕らは元、赤の他人さ』
 彼らは全く同じ声色で、寸分のズレもなく同じ台詞を口にする。こういうの、もしこれが小説だったら二重かぎカッコ使ったりするんだろうなあ。
『良いかい? 所詮、双子には限界がある! 一人の母親から生まれる双子が、全く同じワケは無い。顔の形や体格等に、どうしたって多少の違いは出てくる!』
 彼らはノリノリのポーズを時折決めつつ、己の持論を語り始めた。
『だがしかーし! 元が赤の他人であるならば、限りなく低い確率で“全く同じ人間”が生まれてくるのはあり得ない話では無い!』
 な……、なるほど……。
『赤の他人だから全く同じ! 赤の他人だから同姓同名! それが僕ら二本柱 光。人呼んで“イコールズ”!』
 ……中二病全開の演説に何故か僕が頬を染めつつ、しかしこれはなかなか厄介だ。本当に、二人を目前にして全く区別がつかない。ちょっと目を離す度に、どちらがどちらなのか分からなくなる。と言うか、どちらってどっちだ……。どっちを探したいのかすら分からない。
『おっとっと。目印つけたりなんてのは邪道だぜ? 所詮お前ら市民探偵。言う事聞く筋合いなんて無いからねー』
「ふむ……」
 と呟いたのは、神白名探偵。
「あなた達、本当に宝石を知らないのですか?」
 そう……! ざまあみろイコールズ、所詮神白名探偵の前には全てが無力! お前らの嘘なんて全て見抜けてしまうんだよ!! 嘘をついているのが判明すれば、それがお前らの最後だ!!
『ツツーン、答える必要無いねー。バカじゃーん』
 …………。なんだこれは。こんなのアリか? そんな回答、もしこれが推理小説だったら通用しないぞ!!!
 しかし、危険と察知した質問には最初から答えないということか……? 神白名探偵も頭を悩ませている。だがこの直後、僕は信じられない言葉を耳にした。
「……確かに見分けるのは困難ですね。ただし、あなた達にのみ互いの区別はつけられる。もし相方の犯行を知っているならば、こっそり私に教えていただけませんか?」
 !!? バカな! そんなの、言う通りにする訳が無い!
『さあー? 知らないねえー。知らないねえ。てか、そんなの聞くワケないじゃーん。アホじゃーん』
 ……当たり前だ。一体どうしてしまったというんだ神白名探偵? 通常あり得ない人間の存在に、あなたすら混乱しているというのか。
「むむ……」
 すると神白名探偵は唸りながら、二人の体に同時に触れた。
『残念だねー。僕らは体つきも全く一緒さ!』
「……そのようですね。それでは、素直に退却するとします」
 そう言って神白名探偵は、すごすごとその場を後にした。当然僕はその背中を追い、真理を聞いた。
「どういう事です!? 諦めてしまったんですか!?」
「いえ、まさか。今ので、この事件は最低でも単独犯だという事が分かりました」
 ?
「相方の犯行を知っているかという問いに、彼らは思わずNOと答えた。見当違いの質問だったからでしょう。しかもそのNOは“真”だった」
「いやでも、だからって何にもならないじゃないですか」
「いえ。彼らは互いの犯行は知らないんです。という事は、相方に黙って犯行を行ったという可能性が残る」
 あっ、なるほど。
「そして、彼ら……。衣服の温度に差がありました。恐らく一方はパーティーの途中で一度外に出たのでしょう。それはつまり、別々になった時間帯があるということ」
 ! さっき、二人の体に触れたのはそれが目的で……!!
「よって、例えば二本柱 光(冷)を容疑者から除外すると仮定すると、二本柱 光(温)にのみ犯行の容疑が残るということになる」
 や、やっぱり凄い……。これが、神白名探偵なんだ。
「そして……。彼らは一つ目の質問に対し二択の応答をする事は拒みましたが、ただし両者の精神状態がほぼイコールであった事は判断出来ました。表情や動悸、仕草等からです。これは、どちらか一方のみが犯罪を犯している状況ではあり得ない」
 あっ……!!
 僕は愕然とした。僕がアレコレと困惑している内に、彼はこれだけの思考を張り巡らせていたのだ……!!
「……二人、容疑者が減りましたね」
 そう言って、彼はにこりと笑みを浮かべて見せた。


 容疑者ファイル3「三鷹 潤三郎」(備考:天敵)
 四人目の容疑者は帽子を被っていたりトリッキーな眼鏡をしていたりと、参加者が全員同じ衣装を着ているこのパーティーにおいて、明らかに浮いていた。
 …………。トリッキーな眼鏡?
 その瞬間、僕は気がついてしまった。こちらから目元が全く見えない状態で、果たして神白名探偵は嘘発見機能を発動する事ができるのか? もし出来ないのであれば……。この男は、神白名探偵の“天敵”である可能性がある……!!
「あ、あの三鷹さん。出来れば眼鏡を外していただけませんか?」
 しかし、それは場合による。もし彼が犯人でなく、かつ、先のイコールズのように悪戯に捜査を撹乱するような性悪でないなら、彼はあっさりと眼鏡を外すだろう。当たり前だ。神白名探偵の嘘発見機能は、非の無い人間にとっては最大の保証となる。だが……。
「いえいえ、それは勘弁して下さい。私、この名前もあってか友人からは“三枚目”と呼ばれていまして。なるべくなら、人には見せたくない素顔なんです」
 そう言って彼はハハハと笑った。もし彼の言う事が真ならば、彼は犯人ではないのだろう。だが、その判断は……。眼鏡を外さなければ、下せない。
「――馬鹿ですか。あなたは」
 え?
 言葉の主は神白名探偵。そしてその言葉は、三鷹でなく僕に向けられたもの。
「考えるまでもない」
 何? 何だ?
「すいません、三鷹さん。もしあなたが犯人でないならば、私に心臓の鼓動を確認させて下さい。それであなたの無実は保証できます」
 あ…………。
「え? ええ。別に問題ありません」
 そして、彼の容疑は晴れた。


 容疑者ファイル4「一条 傑」(備考:中性人間)
 最後の容疑者、一条 傑。目元を覆う程の前髪が印象的だが、しかし時折覗くその目は中性的でとても綺麗なものだ。
「はっきり言って、こんな茶番に用なんて無いんです……。宝石なんか、興味無いです。あんた達、警察じゃないんでしょう? さっさと帰して下さいよ……」
 こ、こいつ、男か? 女か? 間近で見てもその判断は軽々とは下せない。でも……ま、前髪が長いっつったって別に目が見えない訳じゃない。さっさと話を聞いて終わりだ。この時僕は、そう思っていた。
 だがしかし、神白名探偵はなかなか口を開こうとしない。
「名探偵?」
 僕は思わず顔を覗き込んだ。
「えっ……?」
 思わず声が出る。それは、今まで見たことのない彼の困惑の表情だったのだから。
「……私の嘘発見機能は、別に超能力的なものではなくて……。それは経験や、相手の反応から算出するものです。ただしその規定は万人共通というものではなく、本来対象者のあらゆる情報に左右されるんです。年齢や性格など。……そして、その最たるものは、“性別”…………」
 ば、馬鹿な……。まさか、こんな事が……。
「ど、どうするんですか?」
 一条に聞こえないように、僕は小声で囁いた。
 すると彼は考え抜いた果てに、諦めたようにこう言った。
「考えが、あります。私を彼と二人きりにしてくれませんか」
 えっ? 過去に例の無い申し出に僕は戸惑ったが、しかしそう言うならその通りにさせるしかない。神白名探偵は一条と二人で別室へと向かった。


 ――そして、暫く時間が経った。
「名探偵!」
 神白名探偵が一条を連れて部屋から出てきた。
「どうでした!?」
 すると彼は、いつものように平然と笑う。
「犯人が分かりました。四人を集めて下さい」
「はっ、はい!」
 三鷹やイコールズは一応という事か? 疑問を抱いたが、しかしそれには触れずに一条以外の四人を集めた。
「さあ。とうとう犯人が分かってしまいました」
 集めた五人の前で、名探偵の推理ショーが遂に始まる。
「と……。いきなり犯人の名前を挙げてもよろしいのですが、ここは一つ。余興として、これに乗ってもらいましょうか」
 !!!?
「なっ……!?」
 五人の困惑も当然。名探偵が持ち出したのは、体重計だった。
「さあ。せっかくですから、“一番”の方からいきましょうか?」
 一番……。一条 傑。
 一条は戸惑いながらも、しかし素直に体重計の上に乗った。男か女かは分からない僕には、その数値を見ても太っているのか痩せているのかは判断できない。まあ、この数字で太っているという事もないのだろうが。
「ありがとうございます。では、次にイコールズのお二人」
『……ま、どうせもう僕らの疑いは晴れちゃってるらしいしねー』
 二人はつまらなそうに、素直に体重計に乗る。しかし何という事だ。その数値までピタリ同一。
「……次に、三鷹さん」
 そして、三鷹も。何事もなくそれは進む。
「最後に、四日市さんですね」
 するとこの時、彼女だけが明らかに嫌そうな顔をした。
「ちょっ、ちょっと。女性ですよ? 皆の前で体重を計るなんて……」
「そ、そうよ!! 何考えてるの!?」
「いえ。あなた、自慢は44.4kgの体重だと公言なさっているじゃないですか。それなのに、乗れないんですか?」
「…………!!!」
 そ、それもそうだ……。それとも、本当に何か理由が……。
「このパーティー、衣服は全員共通だそうで。予め衣服だけの重さを計っておきました。その重さ、680g。もし……。あなたの体重が45.08kgを大きく上回るようであれば……。“何かを持っている”という事です」
 …………!!! そ、そうか……!!
「どうです? 乗れますか?」
 名探偵は鋭い目つきで、冷たくそういい放つ。
「ぐっ…………!」
 ……勝負あった。僕のような一般人にも一見して分かるほど、四日市氏は悔しさを露にした。
「くそーっ!!!!!」
 …………。
「見事だ……! 探偵…………!!!」
「私は……、警察では無い。身体検査などをやる資格もつもりもありません。警察を呼ぶ気も無い。犯人が見つからずいよいよ誰かが警察を呼ぼうとすれば、その時に隙を見てどこかへ隠せば良い程度に考えていたのでしょう。しかし……」
 出るぞ。
「あなた……」
 出る! 神白名探偵の決め台詞が!!
「嘘吐く相手が悪かったようですね」
「…………!!」
 そして、四日市氏は膝から崩れ落ちた。


 ――これが、今回の事件で僕が見た事の全てだ。
 四日市氏はこの後宝石を持ち主へと返し、(別に大きな箱ではなかったが、材質に相当重みのあるものが使われていたらしい)それをこの事件の幕とした。
 それにしても……。彼は本当に凄い。彼の進む先には何一つ壁は無いのか? それともいずれ、彼さえ歩みを止める強大な壁が現れるのだろうか。
 今後も僕は、彼の後に続いて歩きたいと心からそう思う。

       

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Neetsha