Neetel Inside ニートノベル
表紙

シザーマン綱渡りから落下す
2話「あなたの夢は夜ひらくの?」

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 1

 あれだけ泣いた翌日の数学の授業。数学の授業はよく教師が生徒を当てるから嫌だ。
しかもあれだけ泣いた翌日だから、当てられたら何か嫌なことを思い出してしまわないか
と、とても不安だった。その上数学の授業は一時間目だ。だから余計に余計に余計に
不安が募る。どうか先生、俺を当てませんよーに!
「えーでは問の1。コサイン75度、15度の値を求めよ。えー今日は誰を当てようかな…」
俺は目線を下げる。教師と目が合えば確実に当てられるからだ。
「えーっと、じゃあ、えーっと佐瀬!どう解いた?」
教師は何故か俺を当てた。多分俺は寝ぼけていると認知したのだろう。しかも
予習してないところを当てられた。今日といい昨日といい、本当についてないな……。
俺は声を大きくして言った。
「わかりません!」
これがウケたのかクラスメイトからは笑いが飛び出す。男女様々な笑い声が聞こえた。
だがしかし、だがしかし…。
「佐瀬あんな問題も解けないのかよ(笑)」
俺はあざ、嘲われていた……。困惑している教師の顔から察するに、どうやらこの問題は
普段数学にあまり関心を示さない彼ら、クラスメイトでさえも解ける問題らしい。
俺は途端にやりきれなさと恥ずかしさに襲われたので教科書を開いた。そして答える。
「75度イコール30度プラス45度だから、加法定理を用いてコサイン45度かけるコサイン
30度プラスサイン45度プラスサイン30度となるから、これを計算して(略)」

 珍しく計算ミスなく答えを叩き出し、教師からの注目が俺から逸れた時、俺はようやく
ある重要なことに気付いた。消しゴムがないのである!
 消しゴムを探す俺と字が詰められていく黒板。早くノートを写さねばならないのだが
俺はいつもの悪い癖で、消しゴムがないと書き違いを恐れてしまって正常な心で
字を書こうとするも緊張して上手く書くことができない。教師が黒板に書く量と
俺がノートに書く字の量はどんどんと差が開いていく。その差にいらだちを覚えた
俺は消しゴムを探すしかなかった。まず自分の机のまわりを探す。ノートの綴じ際や、
教科書の間にはさんでいないかと探すも、探すも探すも消しゴムは見つからない。
いらいらと探すあげく靴下の中を探すまでにいたるも、消しゴムは見つからない。
よし今から本気出して探すと意気込んで探せども一向に消しゴムは見つからない。
もうやばい、教師が黒板消すぞどうしようと思ったその時、ようやく消しゴムが
姿を現した。だがしかし消しゴムは前の席の女子生徒の椅子の下にあった。
別にその場でとっても良かったが、何せ相手は女子生徒だ。そんなことしたら
変態だの何だの言われるに違いない。流石にそれは気がひけたので勇気を出して
その女子生徒に頼むことにした。
「ごめん、そこの消しゴムとってくれない?」
「うん…、これ?」
「うん。ありがとう」
消しゴムは案外簡単に手に入った。女子生徒に感謝をしつつ必死に手を動かす。
キンカーンコーンと気が付けばチャイムが鳴っていた。次の時間は体育だったので
いつまでもノロノロと写してはいられない。しかし体育が終われば黒板の字は
消されてしまう、ここまで考えていた時、さっきの女子生徒が俺に声をかけた。
「あの…これ…」
右手には数学のノートを握りしめていた。
「あんまり数学の時間消しゴム探しているもんだから…」
俺は歓喜した。この女子生徒はなんて優しいんだろう!

 
 2

 数学のノートを貸してもらった翌日、俺は勇気をだして昨日の女子生徒に話しかけた。
「ノートありがとう」
「どういたしまして」
「お礼にと言ってはなんだけど」
あの数学のノートは意外にかなり役立ったので、俺は左手の昨日買ったばかりの
はさみを渡した。はさみの柄は透き通るような青色をしていた。
「はさみって、はさみってはさみって……」
はさみを受け取りながら彼女はどうやら笑いをこらえているらしかった。
そりゃそうだ。お礼にはさみをもらったら俺だって笑う。
「佐瀬君って面白い人ね」
「どういたしまして」
その女子生徒と話している時間、俺はとても緊張していたが温かさも感じていた。
その温かさに触れていると、なぜだか俺の体の奥底から活力がわいていることに気付いた。
だからその時、初めて女子と多く話しているリア充は活力がある理由に気付いた。
「そういえば名前なんて言うんだっけ」
「え、えっと」
その女子生徒が名前を発するか発さないのかの時に、俺の後ろから声がしたのが
わかった。その声が間違いなく俺に発せられているのもわかった。
「あー君、昨日泣いてたでしょ?」
感じていた温かさが背筋も伸びるほどの冷たさに変わった瞬間だった。

     



 3
 
 声をかけられた人物の声をきくと、俺はあの日のことを思い出す。泣きそうになる。
 あの日、夜空を見上げながら俺は泣いていた。あの場所で。一人寂しく。
とてもやりきれなかった。なぜこうも同じ時代を生きているのに差がつくのかと
心から悔やみ、俺は思春期の時代を謳歌する者に嫉妬していた。そんなひどく
打ちひしがれていたあの日、あの場所で俺に声をかけてくれた人物。それが
俺の後ろにいる麻田蓬(アサダヨモギ)だった。
 あの日、あの場所になぜ彼女が居たのかとか、なぜ彼女が俺に声をかけてくれたかは
わからない。彼女については名前しか知らない。だがしかし唯一わかることがある。
彼女もまた、俺と同じく思春期の今を謳歌できない人物だった、ということだ。
後ろに振り向き彼女のあの髪を見れば、またあの日の麻田との会話を思い出す。

「なんで学校に爆弾仕掛けようとか思ったの?」
「やりきれないからさ」
「やりきれないからかー」
一呼吸おいてから、彼女は言った。
「やりきれない、それ私も同じよ」
「麻田もやりきれないのか」
「うん。とってもとってもやりきれない。空しい。でも何かをやらなくてはいけないと
いう妄想みたいなものにとり憑かれもしている」
「なんだそれ」
泣いていたのを見られたあの時の俺はただでさえイライラしていた。だから麻田が
言ったことの意味がよくわかなかったので俺のイライラは余計に募る。
「ところで、麻田って何者なんだ?」
「女の子よ」
「そうじゃなくて。泣いてた俺に話しかけたりしたのとか、普通考えたら変じゃない?」
「変じゃない。だって私は」
麻田は手に持っていた1円玉をコイントスした。落ちてきた一円玉は裏を向いていた。
「泣いてる人見るの好きなの。というより他人の不幸が好きなの」
「嫌な奴だな」
「あんただってそうじゃないの?野球部のイケメンが可愛い彼女とかできたりしたら、
死ねー不幸にになれー、とか思わないの?」
「そりゃ思うけどさ…」
「だったらあなたも私と同じよ。同類だから同類項でまとめなくてはいけないわ」
そして麻田は自分の髪型をなおすような仕草をみせる。髪型なんて変わってないのに。
「泣いてるとこ話しかけてごめん。それは謝る。ごめんなさい」
そうじゃない。感傷に浸っている俺の傍らに居る今、その今この状況が
問題なんだ。麻田はちっともわかっちゃいない。
 だがしかし、こういう風に泣いている時にだれかにかまってもらうのは嬉しかった。
というか、単純に考えて同学年の女子にかまってもらえるのは嬉しかった。だがしかし
いかんせん彼女の正体が謎だらけだった。彼女の正体さえわかれば、俺はもっと
安心できるのに……。不安で不安でたまらなかった。だがしかし、彼女との
会話は魅力的だった。普通、初対面でしかも異性同士ならそれなりの緊張感があるはず
なのに、俺と彼女との会話にはそのルールみたいなものは適用されなかった。
だから俺と彼女はリラックスしながら、長い時間言葉を交わしていた。
気が付けば時計の針は八時を指していた。

 
 4

 感じていた温かさが背筋も伸びるほどの冷たさに変わったのはずばり、麻田の
正体がわからなかったからだった。そう、麻田は俺の秘密をまさぐって俺を貶めようと
しているのかもしれないと感じていたからだ。だから俺は麻田のことが怖かった。
一度きりの出会いだと思っていた。いや、怖くて怖くてそう思いたかった。
だけど今俺の後ろには麻田が居る。なぜだ…なぜだ……。

「あー君、昨日泣いてたでしょ?」
もう聞きたくはなかった麻田の声。その声が俺を感傷に浸らせるのをより一層強くする。
思い出したくはない泣いていたあの日。なぜか麻田と話していたあの日。
思い出したくはない。だから俺は無視をする。女子生徒との会話を続ける。
「そういえば名前なんて言うんだっけ」
「持田律子。別にモッチーでもいい」
「わかった」

 後ろにいる麻田がモッチーに話しかける。
「モッチーおはよー、その今しゃべってたのって誰?」
「佐瀬君。靴下の中まで消しゴム探してたから、貸してあげたの」
「へぇ」
俺の目線はずっとモッチーの上半身にあった。赤いリボンは魅力的だった。
だから決して後ろに振り向き麻田と目を合わせるなんてことはしない。
それなのに麻田は俺と目を合わせようとモッチーの肩に手をつく。
それを嫌がろうともせずモッチーが話しだす。
「えっと、この人は麻田蓬さんって言います」
「どうも。蓬です。ことよろ」
麻田の顔は少しひきつっていたのが怖かった……。

 そう、俺は恐れていた。モッチーまで俺を貶めようとしているのではないか、と
恐れていた。麻田とモッチーは親しそうなのでその可能性も十分ある。
 モッチーはもう少し会話を続けたそうだったが、俺は会話を切り上げトイレへと
向かった。鍵をかけて便座の上に座った俺はただただ意味なく携帯をいじった。
授業開始を告げるチャイムが鳴ったが、俺は無視しただただトイレにこもった。
流石に授業中なのでトイレは静かだった。しかしその静かさに反応してあることを俺は
思い出してしまった。小学校の頃だ。
 俺は小学校の頃、気分が悪くて吐いてばかりいた。だからこの静かさに触れると
思い出すのだ。小学生の頃ただただトイレで吐いていたことを。吐くと確かに楽には
なったが、それは刹那的だった。しばらくするとすぐに吐く前のあの頭の痛さが
襲ってきて歩くのもおっくうになる。だから当然残りの授業を受ける気力もない。
だから俺は吐いた日はとりあえず保健室に行って寝ることにしていた。でもそれで気力が
回復する日はわずかにしかなかったので、いつも保健の先生に母に連絡してもらって
家に帰っていた。母と帰るのは嫌だったがそれ以上にしんどかった。帰り道の
アスファルトは太陽の光でひどく光っていたのを今でも覚えている。帰り道がやたらと
長く感じたのまでも覚えている。なので俺は小学校が嫌いだった。しんどい思い出しか
ないから。


 5

 携帯で時間を確認する。九時五十分。授業のチャイムが鳴ってからもう十分も
経っていた。教室へ向かうことにする。教室の後ろ側のドアから入室する。
皆少し驚いたような顔をみせるも「大丈夫?」の一言はない。教師にどうしたと
聞かれる。用を足してましたと答えると、俺の気配に気づいてたか前の席のモッチーが
俺に話しかける、「大丈夫?」と。嬉しさ混じりに「うん大丈夫」と答えるも
どうしてもモッチーを信用することはできそうにない。この言葉もきっと偽善だ。
 授業中は小学校の頃のことを思い出して上の空だった。全然授業の内容なんて頭に
入っちゃこなかった。小学校の頃、確かに毎日は憂鬱だった。それは今と同じ。
面倒そうにノートをとる小学生達、給食のコッペパン、冬は固かったが、かめばかむほど
甘い味が出ることを知ったあの頃。プリンの余りを取り合い争う同級生達。
しかしあの頃は今みたいに誰かと争うことはあっても貶め貶めあうことはなかった。
まだみんなあの頃は純粋だった。「差」なんてないはずだった。
 でも俺が気付いた頃にはその「差」は歴然だった。そう、俺がのほほんとしている間に
残酷にも、今を謳歌している者と謳歌していない者の差が大きく開いてしまったのだ。
もう取り戻せない。いや、取り戻せたとしてもきっとこのやりきれなさはなくならない
だろう。俺はまた憂鬱になった。授業の終了を告げるチャイムが鳴った。俺はまた
トイレに駆け込んだ。鍵をしまった。また開始を告げるチャイムが鳴った。また
俺は憂鬱になった。十分遅れてまた授業に出た。授業の終了を告げるチャイムが鳴った。
俺はまたトイレに駆け込んだ。今日はその繰り返しだった。

       

表紙

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Neetsha