Neetel Inside 文芸新都
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「一枚絵文章化企画」第二会場
「男手求む 定員1名 ―逢魔ヶ原牧場―」作:橘圭郎

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  ☆

 まずは、貴様の認識を修正せねばなるまい。
 小鳥のさえずりで暁を覚え、土と草花に親しみ、牛馬と心を通わせる。新鮮な乳で英気を養い、澄んだ川の水で身を清め、牧歌を口ずさみながら夕陽を眺める……などと、生ぬるい期待を牧場生活に対して抱いているとすれば大間違いだ。今すぐに失せろ。もしくは、一発殴らせろ。
 では、この仕事を激務たらしめている要因とは何か。
 朝が早い? 家畜の糞尿が汚い? 年中無休? 腰が痛くなる?
 違うな。そうではない。そんなものではない。安穏たる日々に身を浸らせていた貴様ら凡夫が、にわかに想像出来る程度のものではないのだ。この牧場で働き、生き抜くことがどれほど過酷であるか、よろずの言葉を用いても一切を伝えることは敵わぬだろう。百聞は一見に如かずと、昔から伝えられている通りだ。

 それでも口頭説明が必要であれば、日々の業務から一つを挙げてやろう。
 当牧場で扱っている家畜には全て、その耳に耳標と呼ばれる札を取り付けてある。これは個体識別を可能にするものだ。これが何故に重要なものか、答えてみろ。
 品質管理のため? とても良い答えだ。模範解答とさえ言える。だがそれだけではせいぜい70点だな。
 朝に放牧した家畜は、夕暮れ時に厩舎へ戻る。その際には、例え牛馬の数が朝と変わり無くても、決して油断をしてはならぬ。それというのもこの高原には、野良妖魔が出没するからだ。
 いつだか、どこだかの魔術師が戯れに造って飼い始め、世話に飽き、愚かしくも放棄したものが野生化したらしい。迷惑にも程がある。
 ともかく、妖魔の擬態を見抜けずに侵入を許してしまえば、翌朝には血溜まりに沈んだ幾十頭もの死骸を目の前に陰惨たる気持ちへ落とされること必至だ。あまり思い出したくない。

 加えて、季節ごとに異なる仕事もある。春に種を蒔いた飼料用トウモロコシを、夏に狩り取るのだ。……刈り取るのではない。この地で育ったトウモロコシは、成熟すると、夜逃げをする。故に、狩り取る。
 期待を胸に秘めたまま月夜に土を離れ、別天地を求めて行進するトウモロコシどもを、一切の情をかけずに狩り尽くさねばならぬ。奴らがどれだけ甲高い声で鳴き叫び、助けを懇願しようとも、だ。これの成否如何で、乳の出、ひいては仔牛の成育が大きく左右されるのだからな。
 ……貴様は、初めて私を見たとき、怖い女だと思ったか? およそ年頃の娘には似つかわしくない、歪んだな笑みに恐れをなしたか?
 気休めはいらぬ。逢魔ヶ原で産まれ育ち、この仕事で口を糊しておれば、こんな顔になるのは道理よ。

 ああ、そうだ。ちなみに言っておくと、いくら私とて、牧場における全てを一人で回しているわけではないぞ。忙しい時期には麓から人手を募るし、仔牛や仔馬が産まれるときは優秀な呪術師を呼ぶから、その点は安心してくれてよい。
 ……どうして呪術師が必要なのか、だと? 貴様、今更それを問うのか。まあ余所の人間だから仕方ないと、今日だけは甘えさせてやろう。
 人畜を問わず産まれたばかりの赤子の魂は、まだ完全には肉体に定着しておらぬ。逢魔ヶ原の由来ともなった目に見えぬ魔物が、その隙間に入り込もうと、虎視眈々と狙っておるのだ。一時たりとも気が抜けぬ。
 その魔物に憑かれるとどうなるか?
 多くはその肉体まで変質し、いずれ人に害為す化け物へと成長するだろう。ただしごく稀に、魔物の力を逆に取り込み同化する個体もある。この私のようにな。呪術師がケチをやってくれたおかげで私の右眼は夜目が効くし、細腕に合わぬ怪力も具わっている。
 便利だぞ。……利便性という観点のみで語るならば、だが。

 さてそろそろ、この仕事を激務たらしめている最大要因を話してやろう。今までの例は序の口であり、奴の前においては些細な雑務に過ぎない。
 奴とは、私が産まれて間もない頃から激怒山に棲みついたという、巨獣のことだ。激怒山は、ほれ、向こうに山脈が見えるだろう。今でもその峰を寝床にしている。
 巨獣は牛馬を丸呑みにし、灼熱の息吹で畑を焼き、尾の一払いで木々を薙ぎ倒す。最初のうちは都が兵隊を派遣してくれたものだが、その硬い皮は生半可な槍も弓も通さず、徒に人足を消耗するだけだと分かると、いつしか見捨てられた。
 落とし穴や呪術や毒物を駆使し、どうにか奴をその都度返すことに成功しつつも、やはり人は減っていった。母も、父も、もうこの世にはおらぬ。
 結果、巨獣は私の手で対処せざるを得なくなったのだ。詳しい戦い方については、この馬鹿みたいな大きさのフォークを見れば、貴様でも大方の想像が付くだろう。

 今や逢魔ヶ原にいる人間は私一人だ。仮に奴を討ち倒したとして、未来は望めまい。
 もしも貴様が、これまでの話を聞いた上で尚、私に力を貸してくれると言うのならば、私も貴様に応えよう。死と隣り合う仕事に飛び込む覚悟があるのなら、私は貴様と隣り合い牧歌を口ずさもう。新鮮な乳で作ったチーズを、二つに切り分けたパンに塗って食べよう。睦み合った夜には、小鳥のさえずりで朝を迎えよう。幸い、身体の丈夫さには自身がある。子供ならいくらでも産んでやれる。
 さあ、帰るならば今のうちだ。己の命が惜しければ、早く立ち去るが良い。半端者はいらぬ。来るならば、辞めることは許されぬ。決断するが良い。

 ここが貴様の、永久就職先だ!

       

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