Neetel Inside 文芸新都
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「一枚絵文章化企画」第二会場
「ギブミーウイング」さにもとしゅんぺい

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 翼が欲しいと、たしかに私は言った。
 だが、純粋に翼を欲した私に対するこの仕打はあまりにも酷すぎやしないか? どうあがいても飛べぬ羽を背中につけられた時の絶望たるや、世界中の無駄という概念を集めに集めて凝縮したぐらいの無力感に匹敵する。
 神よ、なぜこのような試練を与えたもうか?

 その日、私は授業で名曲「翼が欲しい」を高らかに歌い上げた。
 「翼が欲しい」のクラス全員の大合唱の、その圧倒的存在感は私の中枢神経を劇的に刺激し、一種のトランス状態に陥らせた。その影響もあるだろう。私がその後に翼がほしくなったのは当然の成り行きと言える。
 家に帰ったや否や、財布片手に着の身着のまま飛び出し、近所の神社へと向かった。閑静な神社にマジックテープの財布をバリバリと鳴り響かせ、賽銭箱に無け無しの十円を投下した。二礼二拍手一礼を行い、翼が欲しい、と私は声に出して言った。

 で、朝起きてればこの有様である。巨大な翼を手に入れた私は、早々に飛べるかどうか試してみたが、無理であった。滑空すらできぬ。それ以前に本物ではなく、蝋で鳥の羽を固めただけのシロモノであった。イカロスか、と内心突っ込む。

 「われ求めしものこれにあらず。故にクーリングオフを要求する。十円も返せ」
 巨大な翼をテーピングでぐるぐる巻きにして隠匿しながら向かった神社で私は神に文句をつけた。神にクーリングオフなど通じるものかと思うが、ソビエトも日ソ中立条約をクーリングオフしたのだ。たかが翼ごとき返還不可である理由もなかろう。そう高を括っていた。だが、それは間違いであった。神は神であり国家ではない。法も及ばないし、と言うことは、そのような制度も存在しないのだ。
 翼はもとに戻らぬ。背中を肌けさせて露出させた巨大な翼を見ると、情けなさと悔しさで涙が出て思わずしゃがみこんでしまった。
 そのまま俯きながら御神体のあろう方向を睨みつけ、「祟り神め、アシタカに目玉を射られて死んでしまえ」と悪態をついたく。
 怒り心頭の私が賽銭箱からの十円玉サルベージ作戦を開始すると、背後から「お嬢さん、お嬢さん」と声がした。
 「賽銭泥棒はあかんよ、お嬢さん。翼生えてまうで」
 裃姿の神主がそこにいた。
 「もう生えてらい」と背中の翼を指さして叫び、これまでの事情をすべて洗いざらい話した。
 「そりゃあかんの。ほな消費者センターに電話するわ」と神主は携帯電話を取り出し、なにやら敬々と話しだした。
 「消費者センターですか? ああ、いえ、あのですね、うちの神社で、ええ秋葉の、そうです、そこででしてね翼を売りつけたままの神がおるんですがね、え? 神からのクーリングオフは対応していない? そら困りますで、あんさん。ここに居るひとりの女子高校生が路頭に迷おうとしてんねんで? なんとかならんもんかね? あ、おーいもしもし」
 神主は携帯電話から耳を話すと、「神への対処はせんのやと」と言った。
 「消費者センターでどうにかなるか!」
 「ほな次は御神託相談センターにでも電話しますかね」と再度電話をかけ始めた。
 「あ、神社本庁ですか? あのですね、うちのところの神が、秋葉系なんですが、十円と翼を交換したままなんですがね、どうかクーリングオフをさせることはできませんかね? え? できない? 神などいない? あんさんなに言うてまんねん。神社本庁職員じゃろうに、神などいないとは神をもおそれぬ所業やの。ここに居るひとりの女子高……ああ、きんなや、もしもーし」
 携帯電話を袖にしまうと、「だめやった」とペロリと舌を出した。
 「逆のことをやってみたらどうやろう。翼いらねえ、とお願いするんやな。出来無かったらまた聞いや」そんなふうにおどけた感じで神主は言った。
 「分かりました。逆をやればいいんですね」と返し、賽銭箱に百円を投入して「翼いりません」と二礼二拍手一礼してから吹き込んだ。

 翼を手でかくしながら家へ戻り、ベッドに倒れ込むと、そのまま寝た。特になにもなかった。起床しても翼はそのままだったし、事態はなにも好転していなかった。呆然として目覚め、枕元にある手紙に気がつく。

 「翼は火であぶれば取れる。 火之迦具土大神」

 サドすぎるだろ、ヒノカグツチ。誰がやるか。

       

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