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「一枚絵文章化企画」第二会場
「皇子の最期」作:通りすがりのT

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「皇子の最期」作:通りすがりのT




 時は清朝の支配下のころ、とある官吏に娘が生まれた。その官吏にはなかなか
子ができず、妻を迎えてから五年を経て初めて授かった娘であったため、大変に
喜ばれた。


 「葉樹」と名づけられたこの娘は、父親に他に子ができなかったこともあって
大変に可愛がられ、女性には普通行わないであろう四書五経や漢詩、音楽等を教
え込み、やがて近隣でも知らぬものはいないほどの才媛となっていた。
 しかし、葉樹は恵まれた才能に比べて健康に優れず、度々病を患って床に伏せ
ることが多く、15歳の誕生日を迎えるころには床に伏せる日のほうが多くなって
いた。



 清朝には、「選秀女」という儀式がある。すなわち、八旗(支配者階級である
満州族の官僚)に属する官吏の娘を3年に一度召しだしてこれを吟味し、皇帝の女
房として後宮に入るべき女子を選定する儀式である。この儀式自体は強制的に行
われる官吏にとってのいわば義務であり、この儀式を経ずして他の男性と結婚す
ることすら許されないというものであった。だが、ひとたび後宮に迎えられると、
もう二度と外の世界に出ることは無い世界であったため、皇帝が老境に差し掛か
っている場合などは、官吏の中には娘の将来を案じて女子が生まれたことを隠匿
する場合もあった。
 葉樹も当然、この対象となる女子に成長していたのだが、元々体が弱く、ここ
最近は見るからに体調を崩していたため、一度は結婚そのものが困難と考え、父
は「選秀女」の辞退を内々に知事に対して交渉をしていた。

 現在の皇帝はすでに高齢で皇太子に先立たれ、後継者は皇太子が遺した男子が
6人いるだけであった。
 もし秀女として後宮に入れば、もう二度と故郷に帰ることはできない。皇帝は
高齢であり、もし皇帝の側室となればおそらく10年としないうちに先立たれ、残
る長い人生を、無為に後宮で過ごすしかなくなる。
 それも娘は病弱だ。環境が変わり、それも寒い北京で過ごすことになれば、娘
の体調が一段と悪化することも考えられる。できる事なら大切な娘を手放したく
ないという思いは、当然のことだった。

 しかし、葉樹はそれを聞いて父の意向に対して異論を唱えた。

 「私がもしまだ長く命を保てる身でありますれば、父上のご意向ももっともと
 拝察いたします。しかし、私は残念ながらあまり長くないのかもしれません。
 それならば、無用のお気遣いを賜り父上の将来を閉ざすより、私を是非にも皇
 帝陛下の後宮に入れていただくようご推薦いただけるほうが良いのではないか
 と愚娘は拝察いたします」

最後は娘の意向を汲んで、他家の娘たち同様、葉樹を参加させることを決めた。





 「ねぇ、あの行列は何なの?」
 皇帝の第六皇子、蹟益は楼の欄干にもたれかかりながら、各地から到着する行
列を眺めていた。

 「殿下、あれは殿下の奥様を決めるために全国から集められた娘たちですよ」
 「僕の奥さん…そうなんだ…」

 蹟益皇子には、その言葉の意味があまり良く分からなかった。





 「選秀女」の儀式に参加するため紫禁城に入った葉樹は、他家の娘たちと共に
皇帝の面前に拝謁したが、その才気と堂々たる態度は他に抜きん出ており、たち
まち皇帝の目に留まった。葉樹は第一次試験に合格し、次の試験に進むことが決
まって引続き北京に留まることとなった。


 そして数日後、第二次試験を受けるために葉樹は再び、紫禁城へと登殿した。


 「ねぇ、君は何という名前なの?」
 「私は葉樹と申します。皇帝陛下にご拝謁を賜り、我が家の誉れとしたく恐れ
 ながら参上いたしました」
 「葉樹だね。覚えておくよ」

 葉樹よりも一回り小さいこの少年は、葉樹が待機していた部屋に御付きの女官
と宦官を連れて突然現れた。

 「ときに葉樹よ、外の世界とは一体どうなっているんだい?」
 少年はおもむろに、問いかけた。

 「紫禁城から一歩外に出ても、人々は個々に自らの与えられた仕事を行い、子
 供は父母を敬い、夫婦は互いに仲むつまじく生活しております。それはお城の
 外でも中でも、なんら変わるところではありません」
 「そうなのか。それでは仲の悪い夫婦や、親を敬わない子供はいないのか?」
 「そういう夫婦や子供もいるのかもしれませんが、そのような者は、天子さま
 へのご回答として申し上げる際には一人としていないものと奏上いたします」

 葉樹は恭しく頭を擦りつけ、礼を取った。

 「何ゆえ、天子に対してはそのように答えるのだ?」
 「天子様は天帝様の御子であり、全ての人民の手本とならねばならぬお方でご
 ざいます。天子様が夫婦仲むつまじく、先祖を良く敬っていらっしゃるのに、
 その大恩を賜る臣下の者が先祖を敬わず、夫婦がいがみ合うなどと申し上げれ
 ば、翻れば天子様の治世が良くないと恐れ多くも申し上げるようなもの。かよ
 うなことを申し上げるものが、どうしておりましょうか」

 少年は他にもいくつかの質問をしたが、その全てに対して葉樹はただひと言も
詰まることなく見事な回答をしたので、女官や宦官たちのほうがその聡明さにた
だただ驚くばかりであった。

 「葉樹よ、とても楽しかったぞ」

 少年はそう言って、従者たちを連れて上機嫌で部屋を出て行った。




 「珍しい娘でございます。外のことを、と問われれば普通の娘たちは家族のこ
 ととかを話すのに、まさか天子のあり方を流れるように講義するとは。四書五
 経にも通じておるようで、引用も大変見事でした」
 「蹟益皇子もたいそうあの娘を気に入っておられましたよ。」

 宦官や従者は口々に彼女の聡明さを称え、皇帝はその言葉を興味深く咀嚼していた。


 「あの娘は才気が溢れ、ひとたび話せばその知性が泉のごとく湧き出ておる。
 それでいて控えめで信心深く、大変な才媛だ。もしわしの妾として今からでも
 迎えられるなら迎えたいが、残念ながらあの娘は不治の病にかかっておると見
 える。されば無闇に後宮に迎えるよりは、父母と共に残りの人生を過ごさせる
 に越したことはなかろう」
 
 実際に面接を行った皇帝もまた、葉樹を大変気に入っていた。だが葉樹の生来
の病弱な体を見ると、無理をさせて後宮に入れるよりは、そのまま親元に置いて
過ごさせる方がよいようにも感じられた。
 皇帝は葉樹の才を惜しみ、その労をねぎらって多額の銀や絹織物を特に下賜し、
特別に護衛と馬車をつけて故郷まで送らせた。





 葉樹が北京において試験を受けてから一年が経過したころ、紫禁城では大きな
事件が発生していた。皇帝の六番目の孫、蹟益皇子が病に倒れたのである。

 皇子は最初風邪を引いただけのように思われたが、やがて下痢が続いて床に伏
せるようになった。元々才気のある子で皇帝の寵愛甚だ厚い男子であったため、
皇帝は八方手を尽くして皇子の病を治そうと医師や妙薬を集め、連日連夜祈祷を
させた。だが、蹟益の病は回復するどころかさらに悪化の一途を辿っていた。




 「何か、欲しいものはあるか?」
 皇帝は蹟益皇子の枕元に立って、問いかけた。
 「…もう一度あの人…葉樹と話がしたい…」
 「そうか…」
 蹟益皇子の言葉を聞き、皇帝はすぐに使いを遣って葉樹の様子を探らせた。



 しかし、葉樹もまた、北京への出府の後体調を崩し、すでに寝たきりの状態と
なっていた。

 「さようでございますか。あの時のお方が皇子様とは…まさか私ごときを覚え
 ていてくださって、そしてまたお話をしたいとは…これ以上ない幸せでござい
 ます…」
 そう言うと葉樹はゴホゴホと咳込んだ。
 使者の目から見ても、とても体調が悪く正直に言って北京まで行くにはとても
彼女の体は持つようには思われなかった。

 使者は急ぎ早馬を立てて皇帝にこのことを報告すると、皇帝は馬車ではなく皇
后が乗る輿を用意させ、道中も全て掃き清めさせ医師も派遣して、特に葉樹の到
着を請うたので、葉樹は父の反対を押し切り、意を決して北京へと向かうことに
した。




 北京に到着した時には、すでに蹟益皇子の容態は悪化が進んでおり、ほとんど
眠るような状態になっていた。
 
 「殿下、葉樹様をお連れいたしました」
 皇子は息を荒くして眠っていた。
 
 葉樹もまた著しく衰弱し、自分で立つことも座ることもできなかったため、特
別に皇子の傍に簡易の寝台を用意され、そこに横になった。



 「殿下…お目覚めになられましたか?」
 蹟益が目を覚ますと、目の前に、その人がいたことに驚いた。

 「葉樹…なぜそなたが…」
 「…殿下のご容態を聞きつけ、少しでもお力になれればと思い、馳せ参じまし
 た。」

 すでに死の淵にあった葉樹は、しかしそのことを悟られまいと、気丈に振舞った。




 「…そして、彼らは結ばれて、幸せに過ごしましたとさ…」
 「良かったね…仲良くなって…」

 その日葉樹は、ずっと蹟益のために昔話を語って聞かせた。

 古く五帝の時代、堯帝が十個の太陽を弓の名手に命じて九個まで打ち落とさせ
た話に始まり、春秋時代の孔子の偉業、漢の高祖劉邦の立身出世、三国志の英雄
たちの活躍など武門の活躍から、玄奘三蔵の天竺行や北宋時代の科挙におけるカ
ンニングの方法、名もなき庶民の恋物語など、その話は多岐多彩にわたった。
 ただ、必ず共通していたことは、悲劇で終わる話は絶対になかったことである。

 寝所の傍にあって警護と身の回りの世話をしていたお付きの女官や宦官たちも、
衝立の向こうから聞こえてくるその話の巧みさに感動し、時には感極まって涙を
流すものもいた。




 二日目になると、皇子のたっての願いにより、葉樹は皇子と同じ寝台に横にな
った。時々重く咳込み、口元から血を吐いたが、葉樹はそれでも話を止めようと
しなかった。
 「…というわけで、男は悔い改め、不細工な妻を生涯大切にしたのでした…」




 二日目の日が昇り、朝になったころ、葉樹の話が終わった。
 そしてそのまま、半刻ほども声が聞こえず静かになったので、お付きの女官が
気になってそっと中を窺ってみた。

 そのとき、蹟益皇子と葉樹は、お互いに手を握って寝台に眠っていた。
 二人がすでに事切れていることを確認すると、従者たちは皆床に頭を強くこす
り付けて、涙が枯れるまで泣き続けたのだった。





 二人の死後、皇帝は葉樹に花嫁衣裳を着せ、皇太子と皇太子妃としての礼を取
って盛大に葬儀を執り行った。北京の音楽を停止させて三日間の喪に服させ、そ
の後廟を立てて二人を棺に納めた。
 そして葉樹の父親を呼び、車いっぱいの銀塊を引き出物として下賜した。


 父は地に頭を何度もこすり付け、下賜の品を拝領した。
 そして官職を辞し、廟の近くに移り住んだ。

 16年をあっという間に駆け抜けた、娘の喪に永遠に服するために。







 皇子蹟益の廟は、今も残っている。
 12歳で夭逝したこの皇子のことを留める文献は少なく、また大抵のものはそ
の詳しいところにまで興味を示さなかった。
 
 しかし、廟に描かれた在りし日の皇子の姿は、驚くほどに穏やかだった。



 「皇子は、きっと今は天上で幸せに暮らしておられますよ…」
 廟を訪ねる人がいると、身の丈ほどにも髭と白髪を伸ばした、仙人のような老
人が廟を丁寧に掃除しながらそう答えていた。



<おわり>

       

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Neetsha