Neetel Inside ニートノベル
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「あら。また会ったわね」
 うげ。声をかけられてしまった。出来れば軽く無視して病室に帰りたかったのだけれども、いたしかたない。
「ああ、先程はどうも。で、何か用でしょうか?」
 うぜえ、話しかけんなと副音声を混ぜる。まあ、どうせ届かないんだろうな。こういう厚顔無恥っぽい人種は自分の世界を作り上げ、他人をそこに巻き込むので迷惑極まりない。
「いいえ、別に。用が無かったら話しかけてはいけないのかしら? あなた、友達いなさそうね」
 クスクス笑いながら、僕をバカにしてくる。目が笑ってないところが一層気持ち悪い。
 いちいちイライラさせやがる。本当になんなんだこいつは。
 そういう感情が顔に出てしまっていたらしい。目の前の憎たらしい女は更にキシッと頬を歪ませ、愉悦に満ちた感情を露にする。今度は目の光が少しだけ生き返ったような気がした。だが、その表情はどこか悲しげでもあった。ま、見間違いだろう。
「ごめんなさい。どうやら私の言葉が少し気に障ったようね」
「いいえ、とてもです。でももう別にどうでもいいので、行ってもいいでしょうか?」
「ふふふ。生き急いでるわね。そんなんじゃこれからの人生、中々に辛いものがあるわよ」
 返事を待たないで、僕はその場から去った。鬱陶しい、というのもあったけれども、一番の理由は、同類として見られるのが嫌だったからでもある。
「それでも僕は……違わないんだよな」
 そう独りごちて、自分勝手に納得する。
 どう振舞おうと僕は彼女と同じなのだ。
 どうしようもなく、どうすることもできず。

 病室に帰ると父はもう起きていて、僕の顔を見ると顔を綻ばせた。
「おお、体は大丈夫か? 痛いところとか、苦しいとか無いか?」
「大丈夫だよ、父さん。大丈夫だから」
「そうか、良かった……」
 散歩に出たくらいでえらく心配をかけさせてしまったようだ。父は笑いながら、袖で目を拭う。また、泣かせてしまった。
ああ、そうだと前置きをして、父は言いづらそうに言葉を紡ぐ。
「父さんな、ここにいてあと一日くらいは一緒に泊まってお前を見といてやりたいんだけど、そろそろ会社に行かないとヤバいんだ。だから、その、一人でも大丈夫か?」
 とても弱った顔で、僕の顔を見上げる。そういう父の顔は、僕にとって色々な意味で、辛かった。
「大丈夫だってば。もし何かあった時でもナースコールとかあるんだし。そんなに心配しなくてもいいよ。僕ももう子供じゃないんだから」
「む……そうだよな。悪かった」
「いいよ。今までついてくれていて、ありがとう」
「そっちこそ気にするな。こういうことは親の役目だ。じゃ、父さん帰るからな。何かあった時はちゃんとお医者様を呼ぶんだぞ」
「うん。父さんも気をつけてね」
「ああ。じゃ、また明日来るからな」
 そう言って、父は病室を後にした。
 
 ふう、と息をついてベッドに横になる。これまでのこと、これからのこと。様々なことが僕の中に渦巻いている。父は何も触れなかったし、何も言わなかった。多分、自分自身で受け止めろということなんだろう。
「受け止めろ、って言ってもねえ……」
 たった十九年間しか生きていない若造が、こんなことを受け止め、これからも受け入れていくことが出来るとでも思っているのだろうか。それはやはり、買い被り過ぎだろうと思う。
「僕みたいな甘えんぼさんに何が出来るって言うんですきゃー」
 自暴自棄気味にベッドで暴れる。埃が舞って、パラパラと落ちていく。
 それはまるで、僕の散らばって纏まらない感情のようだった。
 ひとしきり暴れると、少しだけ落ち着いた。やはりストレス解消には運動が一番のようだ。これをストレスというのは、どうなんだろうと思ったけど、自分の気持ちには嘘はつけないと思いました。嘘です。
 そしてテンションも色々とおかしいようだ。一週間ぶりに頭を働かせるので、精神状態が上手く調節出来ない。こういう時はまた眠りに付くのが一番だ。
「おやすみなさーい」
 誰に言うでもなく、僕は目を閉じた。
 

       

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