Neetel Inside ニートノベル
表紙

レター・ラブ
邂逅

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 空が青い。雲一つ無く、世界を照らしている。
 けれども、僕はその空を、両手でかざすことは出来なくて。

 事故に遭った。歩道を歩いていたら、居眠り運転手が運転するトラックが突っ込んできた。タイヤのこすれる音がして、僕は何事かと顔を向ける。意識が途切れる最後に見たものは、鼻先まで迫っていたトラックだった。
 病院で目覚めた時、何が起きたのか全く理解できなかった。白い天井、白い壁。ベッドの隣では父親が、赤くなった目で、僕を見ていた。
 そして、あるべきものが無いことに気がついて、僕は全てを悟った。

 話によると、あの事故の後、僕は一週間ほど眠っていたらしい。まあ、僕にとっては一瞬だったのだけれども。
 僕が起きた後、父親はすぐに医者を呼んだ。ナースコールを押し潰すかのように、握り締めながら。
「息子が起きました! ええ、そうです! 早く来てください!」
そんなに大きな声を出さなくてもなあ、と少し恥ずかしくなった。父親は相当僕を心配していたらしい。まあ、息子なんだし、当然か、と若干自己中心的な感想を抱いた。
 すぐに医者はやってきた。興奮する父親をなだめ、医者は色々と僕に質問してくる。
 「痛みはあるか?」とか「痺れるところはあるか?」とか。とりあえずこちらから質問したいこともあるけれども、答えに窮したりすると、色々面倒なので全てノーと答えておいた。

 散歩してくるだけだから、と心配する父親を宥め、僕は病室を出た。エレベーターで中庭まで降りる。
 医者のよると、あと一ヶ月ほどは入院が必要らしい。検査やら何やらあるんだそうだ。大きな事故らしかったし、実際生きているのはとてもラッキーなんだよ、とやや興奮した口調で伝えてくれた。あと数センチズレていたら、体は木っ端微塵だったそうだ。
 でも、その代償は大きかった。僕はこれからどういう目で見られて生きていくんだろう、と心配になる。健常な人間が故障した人間を見る目というのは、とても温いのだと、何かの本で読んだ。冷たくもされず、暖かくもされず。一生、憐憫や同情の渦の中で生きていくらしい。ま、生きてるだけで儲けもんなんだけど。
「・・・・・・あー。社会、出たくねー」
「アホじゃないの」
 咄嗟に出た独り言に、誰かが食いついてきた。声のした方へ振り返ってみると、やたら髪が長く、若干死んだ目をしている女性が一人ベンチに腰掛けていた。彼女の目線は僕を捉えて動かない。今まで生きてきた中で、女性に見つめられるという機会はあまり無かったので、少し気恥ずかしくなってしまう。
「ええと、その、何か?」
とりあえず意思疎通を図ってみようと、返事を返してみる。
「アホじゃないの」
一字一句間違いなく、同じ言葉を返された。何だろう、新手の宗教勧誘?
「何か用でしょうか」
「いえ、別に。アホなこと言ってたから、アホじゃないのと言っただけよ」
 アホだと、四回言われた。自覚はそれなりにあったから、そこまで傷つきはしなかったけれども、ここまで露骨に言われるとさすがにへこむ。というか、この人は何なんだろう。人にアホと言うのを生業にでもしているのだろうか。これ以上ここにいると、また何か言われそうなので、別れの言葉を告げる。
「すいません。用が無いのであれば、失礼します」
「あら、ごめんなさい。時間を取らせてしまったわね」
「いえ、もう会わないことを期待しております」
 若干の皮肉を加えて、すぐに立ち去る。
 しかし、彼女も同じだったなあ。だから、あんなこと言ったんだろうか。皆目検討もつかないね、ハハハ。

 病室に帰ると、父親がベッドに覆いかぶさり熟睡していた。まるで、学校の授業でわからない教科を放棄し、心の底から諦めている学生のようだ。おそらく、僕の看病で疲れていたのだろう。全く、親不孝者で自分が嫌になる。
 僕の家庭は父子家庭である。母親は僕を生んですぐに亡くなり、父は男手一つで僕を育ててくれた。僕は父を尊敬しているし、愛している。だからこそ、こんなことになってしまった自分が、恐ろしく憎らしい。また、これから父に迷惑をかけることになると思うと、心が折れそうになる。それほどまでに、僕にとって父という存在は大きかった。以前友達に、いかに自分の父親は素晴らしいか、ということを熱弁したら、「ファザコンだ」と一蹴されてしまった。
 とりあえず、熟睡しているのに、起こすのもなんだと思い、また病室を後にする。一時間くらい、待合室で漫画でも読んで潰そうと思った。
 足を引き摺りつつ、待合室を目指す。比較的、体自体はそこまで傷ついてはいなかった。一部を除いて、だけど。松葉杖を持ったほうが良い、と医師から勧められたが、多分使いこなせないので断った。
だって、ねえ。どちらも右なんだもの。

 待合室に着き、一番手前の椅子に腰掛ける。病人が座ることも配慮してか、椅子は結構やわらかく、座りやすかった。
 近くにあった漫画雑誌に手を伸ばし、ページを開く。毎週読んでいる雑誌だったけれど、一週間眠ってしまっていたので、一週分開いてしまっているみたいだ。どの漫画を読んでみても、話が繋がらない。砂利のような違和感が、僕の脳髄をこする。それでも一応、と全ての掲載漫画を読んだ。どれもあんまり面白く感じられなかった。繋がりというのはとても大切なことなんだなぁ、と学びました。いや、冗談だけど。
 壁にかけてあった時計を見ると、大体一時間半くらい経っていた。そろそろ戻るか、と思い、腰を上げる。椅子の手すりに掴まり、体を押し上げる。
そして、最後に顔を上げると、目の前にさっきの女性がこちらに向かってくるのが見えた。
 死んだ目をまた携えて。

     

「あら。また会ったわね」
 うげ。声をかけられてしまった。出来れば軽く無視して病室に帰りたかったのだけれども、いたしかたない。
「ああ、先程はどうも。で、何か用でしょうか?」
 うぜえ、話しかけんなと副音声を混ぜる。まあ、どうせ届かないんだろうな。こういう厚顔無恥っぽい人種は自分の世界を作り上げ、他人をそこに巻き込むので迷惑極まりない。
「いいえ、別に。用が無かったら話しかけてはいけないのかしら? あなた、友達いなさそうね」
 クスクス笑いながら、僕をバカにしてくる。目が笑ってないところが一層気持ち悪い。
 いちいちイライラさせやがる。本当になんなんだこいつは。
 そういう感情が顔に出てしまっていたらしい。目の前の憎たらしい女は更にキシッと頬を歪ませ、愉悦に満ちた感情を露にする。今度は目の光が少しだけ生き返ったような気がした。だが、その表情はどこか悲しげでもあった。ま、見間違いだろう。
「ごめんなさい。どうやら私の言葉が少し気に障ったようね」
「いいえ、とてもです。でももう別にどうでもいいので、行ってもいいでしょうか?」
「ふふふ。生き急いでるわね。そんなんじゃこれからの人生、中々に辛いものがあるわよ」
 返事を待たないで、僕はその場から去った。鬱陶しい、というのもあったけれども、一番の理由は、同類として見られるのが嫌だったからでもある。
「それでも僕は……違わないんだよな」
 そう独りごちて、自分勝手に納得する。
 どう振舞おうと僕は彼女と同じなのだ。
 どうしようもなく、どうすることもできず。

 病室に帰ると父はもう起きていて、僕の顔を見ると顔を綻ばせた。
「おお、体は大丈夫か? 痛いところとか、苦しいとか無いか?」
「大丈夫だよ、父さん。大丈夫だから」
「そうか、良かった……」
 散歩に出たくらいでえらく心配をかけさせてしまったようだ。父は笑いながら、袖で目を拭う。また、泣かせてしまった。
ああ、そうだと前置きをして、父は言いづらそうに言葉を紡ぐ。
「父さんな、ここにいてあと一日くらいは一緒に泊まってお前を見といてやりたいんだけど、そろそろ会社に行かないとヤバいんだ。だから、その、一人でも大丈夫か?」
 とても弱った顔で、僕の顔を見上げる。そういう父の顔は、僕にとって色々な意味で、辛かった。
「大丈夫だってば。もし何かあった時でもナースコールとかあるんだし。そんなに心配しなくてもいいよ。僕ももう子供じゃないんだから」
「む……そうだよな。悪かった」
「いいよ。今までついてくれていて、ありがとう」
「そっちこそ気にするな。こういうことは親の役目だ。じゃ、父さん帰るからな。何かあった時はちゃんとお医者様を呼ぶんだぞ」
「うん。父さんも気をつけてね」
「ああ。じゃ、また明日来るからな」
 そう言って、父は病室を後にした。
 
 ふう、と息をついてベッドに横になる。これまでのこと、これからのこと。様々なことが僕の中に渦巻いている。父は何も触れなかったし、何も言わなかった。多分、自分自身で受け止めろということなんだろう。
「受け止めろ、って言ってもねえ……」
 たった十九年間しか生きていない若造が、こんなことを受け止め、これからも受け入れていくことが出来るとでも思っているのだろうか。それはやはり、買い被り過ぎだろうと思う。
「僕みたいな甘えんぼさんに何が出来るって言うんですきゃー」
 自暴自棄気味にベッドで暴れる。埃が舞って、パラパラと落ちていく。
 それはまるで、僕の散らばって纏まらない感情のようだった。
 ひとしきり暴れると、少しだけ落ち着いた。やはりストレス解消には運動が一番のようだ。これをストレスというのは、どうなんだろうと思ったけど、自分の気持ちには嘘はつけないと思いました。嘘です。
 そしてテンションも色々とおかしいようだ。一週間ぶりに頭を働かせるので、精神状態が上手く調節出来ない。こういう時はまた眠りに付くのが一番だ。
「おやすみなさーい」
 誰に言うでもなく、僕は目を閉じた。
 

       

表紙

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