『予想通り相腰掛け銀の形。後手は3四歩と角道を開く代わりに端を突いているが、浮き引きで飛車の位置に差がある以外ほぼ同型だ。ここから4五或いは6五で銀をぶつけ合う形(所謂ガッチャン銀)。お互い玉を厚く囲わずに攻め手を作っていく怖い将棋になった。
「竹中君はともかく、浅井君はこういう将棋も指すんだねえ」
 京極九段は感心したように呟いている。京極九段と言えば、以前浅井の指し手があまりにも露骨すぎると誌上で苦言を呈したことがあるが、今日のような形も指せる事を知って評価が変わったのだろうか。
「西でやってるから、先生を怖がってるのかも知れませんよ」
 吉川八段が面白がって言う。吉川八段は関西奨励会から父親の転勤絡みで関東へ移った経歴を持ち関西にも知人が多い、だからこそ言える発言である。
「勘弁しい。年寄りからかうな」
 ちなみにその対局は京極門下の佐々木六段を相手とした昨年度のC級一組順位戦。浅井勝勢の局面で佐々木六段の形作りを、受け駒を増やして叩き潰した点に関する発言だった。いずれにせよ浅井憎しからではなく弟子を可愛がる一念からの発言であることははっきり伝わる内容であり、吉川八段はからかっているが、浅井本人も気にしていないだろうことは、御本人の名誉の為に明記しておく。
「ちょお、ウチの師匠苛めんといて下さいよ。ただでさえ最近は血圧がえらい事になってねんから」
 傍で聞いていた小寺二冠が検討用の盤を放り出して、
「僕のこづかいから香典出さなあかんねんから、滅多な事あってもらっちゃ困るやろ」
麗しい師弟愛という訳ではなく、わざわざブラックジョークを飛ばしにやってきたらしい。小寺二冠と言えば京極門下の出世頭、小学校二年生から稽古をつけて貰っていたというのだからその縁も人一倍深いのだろう。慣れた手つきの京極九段が扇子で二冠の頭を叩けば、さながら熟練のコンビ芸である。
「別に気にしてないですよ、アイツなら。むしろ自分の師匠が六角先生だから、そういう一門の絆的なものが羨ましいくらいに感じてんじゃないですかね」
 島津七段が言うと、
「六角門下って一門会とかあるんですかね」
「いや、無いだろ……六角先生と浅井が二人で集まって何すんだよ」
想像するとシュールな映像で、流石に控え室も笑いを堪える事が出来なかった。
「結城先生のとこは? 少数で厚いイメージあるけど」
「年二回ですかね。年初のは結構キッチリやるけど、夏にやるのは本当にただの飲み会。研究は月一定期で集まってるらしいけど、飲みがありそうな時以外は行ってないんで」
「えー、何でさ。ちゃんと行けよ勿体ない」
「いや……行く度に説教されんすよ。将棋じゃなくて、趣味の方で」
「ああ、賭け事嫌いだもんね、結城先生は」
 島津七段は競馬・競艇・麻雀と、およそ大人の娯楽を人並み以上にたしなむことで有名だが、師匠の結城九段は棋界でも指折りの愛妻家で知られ、奥方や家庭を大事にするとの考えから賭け事の類には手を出さない。
「京極先生の所はどうなんですか?」
「このアホウがやかましくてかなわんわ……ちったあ下のモンに威厳示さんか」
 と、京極九段は嬉しそうに、またも小寺二冠の頭を叩く。ここから控え室は師弟関係について色々と語られていた。

 局面に話を戻すと、
「ここでいきなり銀をぶつけ合うような事にはならないでしょう。何をするにも、まずは双方玉と右金に手をつけて自陣を引き締めてから、3筋の歩を上げて桂跳ねの余地も作りたいですか」
 ――小西六段は竹中名人の弟弟子にあたるわけですが、二階堂一門はどうですか?
「……酒の入った師匠を止める方法ってのが、最初に教わった技術ですね」
 ――その一言で何か伝わっちゃいますね。
「勿論、将棋を学ぶには最高の環境だってことも自信を持って断言出来ますよ」
 昨夜の前夜祭では大活躍だった小西六段である。(続く)』


 ――後3四歩、先4八金、後5二金、先3六歩、後4四歩、先6八銀、後4二銀、先5八玉、後6五銀、先同銀、後同歩――