我が身ながら不思議な体験だった。
 普段ならば、仮に『読み切った上で掛けさせる』ものであっても、王手飛車など気持ちが悪いものだが、今はまるで動じていない。
 読み切っている訳ではない。この先に詰みがありそうな気がしている、それだけなのだ。
「時間は?」
 駒音だけが鳴っていた対局室に竹中の声が響くと、耳鳴りのように聞こえた。昨日今日と通じて初めての言葉だったか知れない。
「残り二十三分です」
「二十分になったら教えて下さい、読み上げは五分からお願いします」
 手は2四飛の一つ。悩む必要は無く、息を整えるということだろう。
「浅井七段は、残り十七分ですが、読み上げはどうなさいますか?」
「五分から、お願いします」
 三分後、記録係の呼びかけに反応して竹中は2四飛。響は一呼吸の間で同歩と返す。
 ――先2四飛、後同歩――