『7六角、竹中は不詰みと読んだ。
「さて、ここで不詰みならこっぱずかしいハッタリ野郎なんですがね。どうなりますか」
 最早解説する事も無い、要は浅井が何を指すかが全てなのだ。
 会場は既に静まりかえり、ただ息を呑んで浅井の一手を待っている。ふと、例のソフト発言をした中年男性を見ると、最早パソコンを見ることはやめたらしい、対局室の様子が映るモニターを食い入るように眺めている。もし仮に本局で浅井が負けたとしても、今後はプロをソフト以下だなどと罵ろうとは思わないだろう。
 将棋はそういうものじゃない、もっと楽しいものだ。これで良い、そう思った。
 終局へ向けて解説会場は静かな時を過ごしていく。次の一手で全てが決まる。(続く)』


 幼い頃、あれは七歳だったか八歳だったか、小学校に上がったばかりのはずだが、祖父の蔵に眠っていた無双に手を出した。当時既に雑誌に載っているような十数手詰め程度のものなら即答出来るレベルだったから、舐めていたのだ。
 間違いだった。三代宗看は甘くなかった。解けないのが悔しくて一日中考えていたら、ついには夢にまで出てくるようになった。
 ――詰むや詰まざるや。
 三十番一一九手詰め。初めて解けたのは学校の授業中、確か算数だったと思う。教師に指名された時、反射的に5九竜と叫んでしまい、職員室で説教されたことを覚えている。
 ――詰むや詰まざるや。
 解くのが楽しくて、気が付けば習慣になっていた。自分でも、遊び感覚で何百何千何万と作ってきた。
 ――詰むや詰まざるや。
 だからこそ一目直感で解る。駒台から拾い上げ自ら輝く6八へ、
 ――後6八銀――
打ち込んだ銀はぬらりと朱に濡れあたかも返り血を浴びたかのように鈍く光る。
 即詰み。銀の一閃が先手玉の首を刎ねた。

 竹中は一瞬驚愕の表情を見せたが、それからは僅かに二十秒ほど、盤面を舐めただけであった。それから短く、平静を取り戻す為のように、ああ、と呟き、ありません、と駒台に手を置いた。