「ここで銀成かな」
「いや、後に回して先に4五香が本命じゃないか? 4一香成見せて1一銀も消せる」
「挙げ句に2三歩成まで権利だもの、先手なら温泉気分でしょう」
 控室で言い合っていると、
 ――先4五香――
竹中は4五香を選択。
「確実にかつ最速で、って感じがするね」
「同銀に、7三銀成で飛車追ってから2三歩成か」
「この局面で飛車追われたら、後手はもう勝てないな……こりゃ防衛かね」
「マスコミ関係者涙目の展開か?」
「商売上手だもん、適当な美談に仕立てるだろ」
「良いんじゃないの。タイトル戦の度に今回みたいな規模の解説会やってたら、コッチが先に参っちゃうよ。今は少し騒がしすぎる」
 思い思いに語り合う棋士達に、しかし慈乃は噛み付かなかった。一人モニターを食い入るように眺めている。
「たとえばココにねじ込んで、勝負になると思うか?」
 のそりと背後から伸びてきた手が画面上の8七を指した。銀乃介である。
「なる。正確には、そこしかない」
 短く、一言で言い切った慈乃の姿に、力みや虚勢のようなものはない。
「本気かよ……俺はただ、ねじ込むとしたら今しかないって意味で聞いたんだが」
 飛車を追われてからでは成立しない手、そして踏み込めば後戻りできない手。
「通じるよ、それで後手が良くなる」
「4五香は悪手だった、ってことか?」
「あれは、将棋の勉強をした人だから指したんだよ。理屈では良くなって当然の手だもん」
「相変わらず意味が解らんな、お前は。理屈でなきゃ何がダメなんだよ」
「だって、理屈だけで全部解ってしまうなら、将棋なんてとっくの昔に飽きられてるはずでしょ?」
「何だそりゃ、宗教でも始めたか」
「世の中は、みんなそうだよ。理屈は、ヒトが、自分より大きな存在を理解する為に与えた、都合の良い解釈なんだよ。ヒトの積み重ねた理屈はすごいけれど、例外の無い事象の方が少ないんだよ。
 本当のことは、誰にも解らないんだよ。将棋だって、そうだよ」
「冗談じゃねえ。俺は少しでもそれを知る為に、答えに近付く為に将棋指してんだ」
 慈乃は少し頬を膨らませた、つまらなそうな表情になり、
「みんなそう言う」
興味を失ったかのように会話を打ち切ると、モニターに向き直った。

            ※