十五の五

 暗い世界で薬の臭いに気がつくと、重い目蓋が僅かに動いた。身体を起こそうと右の腕を動かすと、繋がれた管の鬱陶しさに腹が立った。
「間違ってもひっこぬくなよ。計器が狂うと医者がやかましい」
 無愛想な声の主をベッドの上からにらむと、窓際の源太は月明かりだった。
「なんだ、夜じゃねえか。ご苦労なこったな、もう平気だ、帰って良いぞ」
 秀行が虫でも払うかのような仕草で追いやろうとすると、
「聞いておきたいことがあってな、話してくれればその後は何をしても構わん」
心配していた訳ではないと、源太にも遠慮が一切無い。
「手前、兄弟子にその口はなんだ」
 おもしろくねえ、と舌打ちする秀行を無視して、
「あいつは、浅井十兵衛の孫か?」
源太の声が重々しく響く。
「ついに耄碌したか……ちょうど良い場所じゃねえか、医者にアタマ診て貰えよ」
 ケタケタとからかう秀行だったが、源太はそれを介さずに、
「あいつの将棋は、十兵衛を殺せるモノだったか?」
なおも、言葉を変えて問うた。
「辛気くさいヤロウだな、洒落の一つも返しやがれってんだ」
「つまらん会話をしに来たわけではないからな……タダとは言わんよ、差し入れもある」
 源太はそう言うと備え付けの冷蔵庫を開け、本来ならあるはずがない缶ビールをベッドの上へ放った。兄弟子の扱いは心得ている。しかしそういうところまで、秀行からすればとことんまでに面白くない。
 とはいえ酒さえ飲めれば文句がないのもまた事実。まだ感覚が完全ではない指先で缶を開けると、喉を鳴らして押し込んだ。
 見る間に一つ目の缶を空にすると、目で二本目を催促する。
「相変わらずだな」
 流石に源太も呆れたような表情を見せたが、小言は言わず、同じように投げてよこした。
 タブに指をかけながら、
「まだ、足りねえな。負けておいて何だが、アイツはまだ、十兵衛には足りない」
秀行は言う。お前も飲め、まだあんだろ。促され、渋々ながらも源太も手に持った。
「十兵衛の将棋は、人の枠を超えていた。アイツがそこまで行けるかは、そうさな、それこそ将棋の神しかわからんことよ」
 聞きながら、源太は馴れない手つきで缶を開けると、言いかけた言葉を押し込むように、静かに口をつけた。