真冬の夜にも関わらず境内には多くの観客が集まっていた。地元の良く知る男が名人を打ち倒さんと挑むこの一戦、吐く息は白いが、芋煮をつつきながら火にあたって暖を取り、そうして見守ることに誰しもが未だ味わったことのない高揚を感じていた。
「角交換だ、十兵衛から角を換えたぞ!」
 御堂から走ってきた男が伝えるとすぐさま地面の盤が書き換えられる。盤を書き換えるのは村で一番に将棋の強い勘太の役目であり、彼は筒井の盆にも数度上った事がある程の指し手であることから、こうした時は自然と解説を任される形となる。
「どうなんだよ、形勢は」
 焦れたような周囲の声にも勘太は慣れた風に動じず、まだまだ互角だ、と返す。
「互角でも、十兵衛から角を換えたんだろう。どういう作戦なんだい」
「力戦だから良く解らんが、自分から角を換えたのは左銀の活用を考えてのことだと思う。相手から角を換えられると争点になりそうな5筋から離れちまうからな」
「アテになるのか?」
「知るかよ、大体あの十兵衛が名人と指してるんだぞ。俺程度に解るはずが無いんだ」
 それもそうだと納得すると、大駒交換に俄かなざわめきを見せていた観客も落ち着いてまた各々でのどかな談笑を始めた。
 彼らにとってこの勝負は多少豪勢な正月の娯楽に過ぎない。

 ―― 後同銀、先6八銀、後5五歩、先同歩、後同銀、先5四歩 ――