先手が歩を垂らした所で勘太の眉間に皺が寄った。
「なんだいこの歩は、タダじゃねえのか。まあ歩程度なら大したことにもなるまいがよ」
 甘酒を片手に観戦していた聴衆をバカ野郎と荒い言葉で窘めながら、
「仮に後手同飛としたら6五角と打って十兵衛に馬が出来る、名人がそんな真似するか」
「タダじゃないのかい」
「当たり前だろ」
 言い合いながら、だが、と勘太は考える。この序盤で持ち歩を使うには、少々軽すぎるのではないかと思ったのだ。この5四歩は確かに直ぐにはとれない、だが、これによって直ぐに攻め手が出来るという歩でもない。もし仮に、後手が少しばかり時間をかけて駒を整備していく中で自然とこの歩を取りきるようなことになればその時は先手が徐々に苦しくなっていくのではないか。
「なんだよ勘太、難しい顔しやがって。お前は気にくわないのか?」
 聴衆から聞こえた声に我に返り、勘太は首を振った。
「俺には解らんだけだ」
 言いながらも疑念は尽きない。先手は5四歩という拠点を作りはしたが、拠点の維持には必ず対価が求められる。対価に相応の活かし方ができなければ、拠点を作った側が苦しくなるだろう。そして勘太にはこの歩を支える好手がまるで見えない。
「頂点にいる人間の考えは、解らんものだ」
 唸りたくなる代わりにそうぼやいた。
 ―― 後7四歩、先5三角、後4四角、先同角成、後同銀 ――