角落ちの差が埋められたという局面ではない、正確に指せばまだまだ下手が良いだろう。しかし盤上心理とは残酷なもので、ハンデを貰っていた側は詰まってしまった差の方に目が行くものだ。一貫して姿勢を崩さず朝から涼しげな表情を保ったままの立花千代に対して、前傾姿勢の滝川圭子はハンカチを口元に当て脇息に身を預けながら、時折苦しそうな呻き声を漏らしている。絶望の底でもがくような苦悶の表情からは、女流棋界の絶対王者としての面影など微塵も感じることはできない。
 舞踏会の最中に魔法が解けてしまったシンデレラだ。煌びやかなドレスの魔法は消えてしまった、残るのは乞食のようなボロで衆目に晒された惨めな自分である。
 目を背けたくなるような絶望的な才能の差を、逃げ場の無い盤前で突き付けられているのだろう。そして感じるのは喉元から沸いてやまないどこまでも苦い泥の味なのだ。
 十七時三十分になり両者は夕食休憩に入った。
 注文は立花千代がクラブハウスサンドにオレンジジュース、滝川圭子は和牛のカレーにホットコーヒーとのこと。この状況で美味しい夕食など食べられるはずがないと思うのだが、果たしてこの情報は本当に必要なのだろうか。【続】』

 夕食後、十分程度の間を置いてから滝川は単純に飛車を引いて逃げた。飛車を逃がさずに7四歩と突いて勝負をかけてくる手もあったが、指せなかったのだろう。読んではいただろうがその手を指せる程に精神を鍛えていなかったということだ。そして千代にとってはこの飛車を引く手は僥倖だった。桂を跳ねて銀を毟り取る手が更に角に当たる。
 最早角落ちの差は埋まっている、加えて追い上げた分だけ盤上心理は上手が圧倒的有利、もう結果は見えていると言っても良い状況になると、そこからは下手の悪手が止まらなくなった。一手指すごとに滝川の表情が歪み局面は一層悪くなる。
 将棋における悪手は次の悪手の呼び水となる。
 棋士は奨励会の潰し合いの中で頭を切り替える術を学ぶ、それとて人間である以上完璧ではないが、その環境を知らない人間とは比ぶるべくもない。悪くしたと判断したら最善よりも粘りが効く指し方を選ぶ方向へと頭を切り替えられる。
 滝川にはそれが出来なかった。女流特有の、良く表せば華々しく、率直に評せば我慢のきかない将棋だった。相手の手を潰すのではなく自分の手を実現させる為に頭を使う将棋。それでは勝てない。棋士と女流の将棋のつくりの違いは奨励会という蟲毒を知っているか否かの一点に尽きる。
 だからもうこの将棋は終わる。焼けた鉄靴を履かされた舞踏会、惨たらしい叫喚の舞踏を盤上で狂い踊りながら、滝川に出来ることはやがて首を落とされるのを待つだけだ。
 千代は滝川の崩れていく様を見ることで己の勝利をしっかりと目視し、気を入れ直した。勝ちの見えた局面にこそ穴が潜んでいることもまた教え込まれている。