Neetel Inside 文芸新都
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少女K
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「ごめんなさい」
 私だって人の落ち込んだ顔なんて見たくない。でも、仕方の無いことなんだ。
 とぼとぼと歩いて行く背中は小さい。情けない、もっと男らしく胸を張って歩けと叱ってやりたい。振ったのは私だけど。

 空は雲一つ無い快晴だ。日差しは何を思ってるのか馬鹿みたいに強い。屋上は程よく熱気に満ちていて、耳障りなほどの蝉の声がさらに夏らしさを加速させている。こんなにも自然はカラッとしているのに、私は梅雨のような心持ちで過ごさなければならないんだろう。いや、今だけに限った話じゃないか。一年中私の心は日の差さない砂漠のように、冷たく、枯れている。

 屋上の入り口の扉を開けると、階段の踊り場で振った男(私は名前すら知らない)を囲むようにして男達が集まっていた。
「だから、やめとけっていっただろ。何されるかわかんねーんだぞ」
「全く、あんな女の何処がいいんだか。得体が知れないんだぞ」
「本当だよ、大体お前あいつの事ちゃんとわかってんのか? あいつは――」
 言いたい放題だな。女の前だとロクにしゃべれなくなるシャイボーイの集まりの癖して。馬鹿みたいに手を叩いて奇声を上げるギャル共よりたちが悪い。
「お、おい、来たぞ」
私が階段を降りて行く姿を見つけると、男達は瞬く間に振った男だけを残して、綺麗に壁に沿って整列した。なんなんだこの気持ち悪い団結力は。
「ねえ、そこに立ってられると邪魔なんだけど」
 振った男は顔を手で覆い隠しながら嗚咽をあげていた。そんなに泣かれても困る。泣かれたら面倒臭いし、少ないながら私の心の中で申し訳ないなという感情が生まれてしまう。もっとはっきりこの馬鹿な男達のように「あんな女どうでもいい」ぐらいに愚痴られた方が何倍もマシだ。
「あの・・・なんで・・・だめなんでしょうか・・・」
 顔をあげず、言葉に詰まりながら男は言った。こんな事を聞かれたのは初めてだ。こいつは何処まで男らしくないのか、反省を生かしてまた再チャレンジでもするんだろうか。いい迷惑な事この上ない。聞くに堪えないぐらい酷い罵声を浴びせてやろう、完膚無きまでにお前にチャンスは無いんだぞと思わせてやる。それが、きっとこいつにとって一番良い仕打ちになるだろうしな。
「生理的に無理だから。あんたみたいな根暗。女みたいにうじうじして気持ち悪いよ。とにかくさ、そこをどいてくれない? 目障りだよ」
 口に出した後、我ながら結構酷な事を言ってしまったなと思ってしまった。でも、とにかく一刻も早くこの場所から抜け出したかったが為に、言葉を選んでいる時間はなかった。早く私は購買で買ったやわらかチキンカツを食べなければいけないからな。
「お、おい、お前そこまで言わなくたっていいだろ」
 シャイボーイ軍団の一人が小さな声でそう言った。するとまるで水を得た魚のように男達が声を上げ始めた。
「そうだそうだ、こいつはお前の事結構本気で好きだったんだぞ」
 しらねえよ。
「お前ちょっと顔がいいからって調子に乗るなよ」
 調子に乗ってるのはお前だ。
「祐樹に謝れよ!」
 お前が私に謝れ。
 私が黙って聞いているのを良い事に、男達は猿のようにキーキー喚き続けている。なんでこの祐樹とかいう奴がこんなにも愛されているんだろうか。外見が中性的だからか? 世間では男同士が流行ってるらしいが私はお断りだ。余所でやってくれ。
「なんとか言ってみろよ! おい!」
 何をそんなに興奮してるのか、一人が私の胸倉を掴んできた。私一応女なんですけど。ここまで最低な男達だったとは。
「お、おい・・・やめろよ・・・」
「祐樹からもなんか言ってやれよ! お前本気でこいつの事考えてたのにこの良い様だぞ!」
「だ、だからって手出す事無いだろ、離してあげてよ」
 意外と良い事を言うじゃん。こんな腐ってる男達奴らなんかとは縁を切って、もっとピュアな青年達と友達になったほうが自分にとってプラスになるぞ。
「いい加減、その汚い手離してくれない? 痛いんだけど。あんたみたいな最低な男に構ってるほど暇じゃないの。いい加減うざいよ」
 こんな男達に時間を割かれている事と、空腹のイライラがプラスされて、勝手に口が動いてしまった。あーあ、逆上させてしまったなこれは。苦しそうに「痛いよぉ・・・」なんて可愛げがあるように言えたらなんなくこの場から逃げれたのかも知れないのに。私、こういう所は頭が回らないみたいだ。
「お前・・・いい加減にしろよ」
 ほら、逆上した。制服が破れるんじゃないかってぐらい力を入れるぐらい頭に来たらしい。他の男達も流石にやり過ぎなんじゃないかと思っているのかおろおろと互いの顔を見合わせている。どうでもいいから助けろよ。あーくそ、イライラする。もう我慢できない。
「離せっていってるのがわかんないの? 本当に猿以下なんだね。あんたみたいな頭の悪い人に時間割いてるって思うだけでイライラするの」
 何かが切れた音がした。漫画で聞いたことがない音だ。実際に聞こえるもんだとは思わなかった。
「この・・・! お前なんかこの世から消えろ!! この――」

     

 ひぐらしの鳴き声が、耳に心地よい。何処か懐かしい、コンビニなど一時間かけて歩かなければないようなど田舎に住んでいたような、そんな元々は無い記憶が蘇る気がする。
 土手には何が好きでこんな暑い中走るのか知らないが、ジョギングをしてる人がたくさん居た。河川敷を見れば、坊主の野球少年、家族連れの親子、下手くそなトランペット奏者―。彼らから見れば、土手の斜面に一人で座る私は、奇怪の目でみられているのかも知れない。
 私は物思いに耽るとよく家の近くの土手に足を運ぶ。とにかくここは落ち着くのだ。草の匂い、キラキラと光る川、通り過ぎる様々な人。自分がこの世界の一員として存在している、と確認出来るからだ。誰かから見た風景に、私という存在が背景として映っている。そう考えるだけで何か心が満たされる気がする。
 一々生きる事に意味を見出そうとか、面倒臭い事は嫌いだ。でも、そう考えざる負えない自分が憎い。もっと気楽に人生を謳歌したかった。なぜ背徳感を感じながら生きていかなければいけないのだろうか。お前は真面目過ぎる、と昔言われた事がある。確か中学の頃の先生だ。言われた時は思わず鼻で笑ってしまった。そんな簡単に受け入れられる人生じゃないんだよ。他人の口から語られる価値観なんて何の役にも立たない。当事者じゃないのに何が分かる? 人の苦悩も知らずに教科書通りの回答を出すだけの人間は大嫌いだ。
 夕日が沈みかけて来始めていた。空のコントラストがとても鮮やかで心が奪われる。思わず、斜面に立ってみてしまう。何度見ても良いものだ、夕焼けは。
「凄い綺麗ですよね、夕焼け」
 急な声のせいで、体がびくついてしまう。ばっ、と声の方向をする方に顔を向けると、土手の天端に男が立っていた。男は真っすぐ夕日を見つめていており、その眼差しはまるで赤ん坊を見るような、とても優しい目だった。
 私は何を言えばいいかわからず、ただ黙っていた。同じように夕日を見るのも何か恥ずかしかったので、下を向いていた。見知らぬ男に話しかけられて、何をこんなにもじもじしているんだろう自分は。いつもだったら、無視して歩きだしているのに。
「あ・・・。すいません突然話しかけてしまって。夕日を眺めていたら、同じように、しかも立ってまで見ている人が居たのが何故か嬉しくて。怖がらせてしまってすいません」
「いや、大丈夫です」
 私は夕日を見て居た(しかも立っている所まで見られていた)事が急に恥ずかしくなって、その場から逃げ出したくなった。返事は出来るだけ落ち着いたように返してみせたが、大丈夫だろうか。何か感づかれていたらこれほどまでに羞恥な事はない。
「よく来るんですか? ここの土手には」
「そうですね、よく来ます」
 早く帰りたいのに。なんで話題を振ってくるんだろうこの人は。
「僕もよく来るんですよ、いい所ですよね・・・まるで、この世界に生きているような実感が湧いてきたりするんです。世界の一部として存在しているというか・・・。はは、僕おかしいですよね」
 思わず顔をあげて、男の顔を見てしまった。驚いた。自分と同じような考えを持った人がいるだなんて。
「いえ、おかしくないと思います・・・私も、そんなような事を考えます」
「やっぱりそうだよね。不思議だね、ここは」
 私は、この男の人がどこか特別な人に見えた。同じような価値観を持っているからなんだろうか。何かこの人から滲み出るオーラみたいな物に惹かれているのだろうか。
 会話は、それ以上続かなかった。夕日が沈みきると、男の人は私に会釈し、何処かへ行ってしまった。名前ぐらい、聞いておけばよかったかな。でも、不思議とその必要が無い気もしていた。また、すぐ会えそうな、そんな気がしていたから。

     

 家の扉を開けると、冬の風がした。
「あら、おかえりなさい。今日は遅かったわね」
「お母さん、クーラー効かせすぎ。何度にしてあるの?」
「今日は暑いから、ガンガンに冷やしておいたわよ! サービスサービスしての18℃!」
「馬鹿じゃないの・・・」
 私のお母さんはとてももう四十過ぎだとは思えない。天然が入った、ちょっと頭のネジが何本かない人だ。どうでもいいが、この歳になって平気でミニスカートを履くのはいい加減やめて欲しい。しかも意外と似合う所に余計に腹が立つ。
 リビングへと続くドアを開けたらさらに寒さが襲った。お父さんを見ると毛布を被っていた。消せばいいのに、クーラー。
 我が家はなんともない普通の一軒家だ。木造二階建だが、二階は夫婦のプライベート空間らしく、私はほとんど上がったことが無い。物心ついた時にはもう家は一階建てなんだ、という認識がついていたみたいで、二階がどうなっているのか全くわからない。そして全く知ろうとも思わない。一階は玄関からまっすぐな位置にリビングがあるので、こういった馬鹿みたいにクーラーをつけてる日はすぐに分かる。
「お父さん、今日は早いんだ?」
「あぁ、仕事が早く片付いたもんでな。でもこう定時に帰れると、嬉しい半面何をしたらいいかわからないんだなあ。さっきからテレビしか見てないんだ。仕事人間ってつまらないな。はっはっは」
「別にお父さん、働かなくたっていいのに」
「こら、そんな事を言うもんじゃないぞ。働いてこそ人間なんだ。えーっと…なんだっけな。なんとかの決まりで、労働ってあるだろ? そういうことだよ」
「ふーん…よくわかんない。私だったらハワイでも行ってのんびりと一生を過ごすのに。お父さんって、仕事そんなに好きなの?」
「仕事は、嫌いだよ。超つまんないからね」
「意味分かんない、矛盾してるよ」
「人間、辛い事をする意味もあるんだよ。楽な事ばかりじゃ人生成り立たないからね…それにしても今日は寒いなあ」
 お父さんはよく分からない。でも、何故か言葉の一つ一つに説得力がある。これが父の威厳って奴なのかな。威厳ってほど、そんな重々しい雰囲気の人じゃないんだけど。
「さー、料理が出来たよ! 今日はホイコーロー! テンションあげていきましょう!」
「・・・そんな微妙なランクの料理じゃテンションあがんないよ」
 食卓テーブルの席につくと、ホイコーローの食欲をそそる匂いが私の空腹を煽った。そして、不覚にも少しテンションが上がってしまった。
「いただきます」
 おいしいご飯に、可笑しいお母さん、能天気なお父さん。いつも食事の時はとても賑やかだ。笑い声が絶えなくて、まるでここだけきらきらと光っているような、そんな幸せな空間。私は、この食事の時間が大好きだ。食は人々を結びつける。うん、私が考えた言葉だけど、これは一理あると思う。
「――続いてのニュースです。インターネット上で行われた意識アンケートで――」
 ピッ――。いつからだっただろうか、お母さんの胸ポケットの中にはいつもリモコンが入っている。私は、このリモコンを見る度に急にどこか暗い閉所に閉じ込められたような不安感に襲われる。もう散々分かっている事だ。でも、世間から浴びせられる汚い目が今この幸せな食卓を囲んでいるような気がして、負の気持ちが一気に追いやってくる。
「さ、食べましょ食べましょ! ほら、食べないんだったらお母さんが食べちゃうからね!」
 お母さんの笑顔を見る度、私は心が痛くなる。私は、本当にここに居ていいのかな。

       

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Neetsha