Neetel Inside 文芸新都
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きみみしか
第一話 キチガイ話

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 故源田照氏語る。

 諸君らはキチガイをご存知であろうか。なに、キチガイという名称は差別的だと。ハハハ。それはすまない。だが、堅苦しい名前よりもコチラのほうがよっぼどしっかりくるではないか。名の通り、気が狂っとるのだ。単純明快ではないか。むしろ知的なんとかという言葉の方がいかんと思うね。人権保護団体なんてどんとこい。老人虐待と訴えてやるぞ。ハハハ。
 まあ、しかしもう平成の世の中なのだ。しょうがないかもしれん。
 これから書くのはキチガイ話だ。登場人物みんなキチガイみたいなもんである。主観のわしもきちがいかもしれん。だが、しかし数学の世界ではマイナスとマイナスを掛けるとプラスに成るという。だからむしろまともな話かもしれんね。
 わしは東北で生まれた。今から七八年も前の話だ。つまり一九一二年の話と相成るわけだね。ちょうど大正元年だね。大正といえば一五年しか続かなかった。平成はあと何年続くものかな。
 話がそれた。わしが生まれた村は酷かった。何が酷かったってねえ。すべてが酷かった。その当時は気づいていなかったが、酷かった。まず、飯がねえ。文化なんてもんもねえ。もちろん車なんてもんないよ。当たり前。それに子供でも働くのが当たり前。畑仕事は辛いもんだ。それに金もなかった。みんな酷かった。唯一金があったのは地主ぐれえだ。
 そんな状況が少しよくなったのはわしが尋常小学校三年の頃だった。西暦でいうと一九二一年だ。うん。

 わしがいつものように少ないひえ飯を食っていた時だった。突然父が言ったんだ。
「おめえらよ。今に毎日白米食わせてやれっかもよ」
 みんな信じなかった。あたりめえだな。白米なんて祭りの時しか食えんもんと思って居ったからな。みんなが黙っとるのを見て父は言葉を続けた。
「魚だって食えるようになるぞ」
 その言葉を聞いてついに母が口を開いた。
「そんな夢見てえなことなんで言い出したんだ」
 そりゃあそうだね。わしなんぞ父さんの頭がおかしくなったんじゃないかと思ったからね。でも父さんはその言葉を聞いてずいぶん怒った口調で言った。
「その言い方はなんだ。本当にそうなるんだぞ。村役場の人が言ってたんだが東京から医者先生方がくるんだ。医者先生方は病院を建てるらしい。そうすれば土地が必要だ。うちはわずかながらだが森に土地を持ってるから買ってもらえるかもしれん」
 父の言葉によって母も兄妹もわしもおおいに喜んだ。そして皆思い思いの願望を述べ始めた。わしはなんといっても飯を腹いっぱい食いたかった。

 翌日友達にそのことを学校で話しかけたら少しそっけない答え方をされた。
「そのことはおらには関係ねえ。うちは土地なんてもっとらんから。それに今年はやませのせいで凶作じゃ。生活はもっと苦しくなる」
 今の人には分からんかもしれんが戦前は小作人というのがいてな。地主から土地を借りて農業をしてるのだ。そうして作った米や作物の一部を地主に小作料として渡すのだ。当然生活は苦しい。だいたいわしの村の半分ぐらいの農民が小作人だった。それは考えると自作農のわしんちは幸せだったな。

 その日の夕食の時父は一言も喋らんかった。父は結構喋る人だったから皆不審に思っとった。父は突然飯を食い終わったときにわしたちに語りかけた。
「昨日の話はよ……。だめになっちまったんだ。うん」
 うなだれている父を見てわしはなるべく優しい口調で問うた。
「なんでよ」
 父は力なく言った。
「病院ていうのがなキチガイ病院なんじゃ。患者がみんなキチガイなんじゃ。おかしいと思っとたんよ。こんなところに大病院作るていうから。やっぱり裏があったんだ。キチガイ病院なんて近所に作られとうないからな。都会には作れんのだ。でもわしは作ってもいいと思うがな。反対派が多いからな」
 皆押し黙っていた。時間が停止しているようじゃったな。しばらくしたあと母が無理に明るい口調で話し始めた。
「そんなことだと思ったよ。キチガイ病院なんて金が入ってもゴメンだね」
「いや、キチガイと言っても大丈夫らしいぞ。医者様の話ではな直せるそうだ。常人になれるそうだ。連中も」

 父は少しばかり医者の話を信じたようだった。だが、わしはてんで信じなかったね。だってそうだろう。生まれた時からキチガイなのだ。正常なやつをキチガイから戻すことはできるかもしれん。が、初っ端からキチガイじゃ無理だ。キチガイが正常なのだ。無理やり戻すとしてもそれはもう本人じゃないだろう。と思っておった。

 が、話はここで終わらんかった。このあとわしの村は村人、医者、患者の三者三様のキチガイぶりをみせて非常に奇天烈になっていくのである。

       

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