高層ビルが建ち並ぶマンションの住宅に一人の男が住んでいた。
この男、若い風貌でありながら錬磨されたような鋭い眼光を持っていた。
先日このマンションの屋上から飛び降りた人間があったことを除いては、男の日常は平和そのものだ。
「妙だな……」
高校二年になる沖村玲一(おきむら れいいち)はその自殺か他殺かわからぬ死んだ人間が何故か気になっている。
いや、正確には識っているような気がするのだ。
そして気の迷いを正すように、鋭い眼光は目の前の扉を突き刺すように向けられていた。
いつもなら今時に起きてくるはずの妹の部屋。
正確には六年前から転がり込んできた親戚の家の養子だ。
つまりは赤の他人――。
「七海、起きているか?」
夏木七海(なつき ななみ)。夏に海なんて、実に都合の良い名前だと初対面でからかってやったことがあったか。
「……」
「おい、入るぞ」
すぐに返答が来る。
「だめっ、今着替えてる!」
ドアノブは何の抵抗もなくすんなりと回った。
年ごろの男女二人が同居しているなんて、うちの両親もいい加減な考えなのではないか。
「いやぁああ――」などど、聞こえつつ玲一の目にはその柔肌が飛び込んでくることはなかった。
「その悪趣味な録音はいい加減に消してくれないか」
最新型の録音機とでもいうのだろうか。七海の趣味はここ最近、録音機で遊ぶことだった。
愚妹はベッドの中から、腕だけを出して唸っていた。
「昨日はテストで疲れたの。朝ご飯いらないから寝かせてよ」
素行バツ、品性バツ、しかし学校では信じられない優等生を演じる夏木七海の実態はこれだ。
「お前、そんなこと言ってまた朝会でまたぶっ倒れる気か? いいから起きろよ」
七海が優等生でなくなった日には、単なる美少女として生きていくことになるだろう。
そんなことは義兄である玲一が断じて許すはずがない。