不敵な笑みを浮かべる七海。
「本当に苦労しちゃった。なんでもっと上手くできないのかなぁ」
玲一の振り上げた手が寂しそうに下へとおりた。
「お前なぁ……」
「今度何かおごってあげるね」
そういえば、こんな義妹だった。
喧嘩になったことは一度もない。この愛らしい笑顔を見ては怒りもどこかへいってしまう。
「女優にでもなればいいと思うよ、まったく」
完全に遅刻か、などと考えていると七海は一日くらいは良いと言った。
この時はまだ、これから日常が崩れていくとは思ってもみなかった……。
とにかく朝から一日分の体力を使い切ってしまったような疲労感に玲一は授業の休み時間、教室でぐったりしていた。
七海は言った。
「だってああでもしないと、お兄ちゃんいい加減でしょ」
確かに愛してるなんてあれほど本気で言ったのは生まれて初めてだ。
もちろん、非人情的にではある。しかし、得も言われぬ不安というか、暗翳を感じずにはいられない。
誰かがあれを買うんだろうか……? せめて女であってほしい。
BLなどという不純なものが、女子の間で一部の人気を獲得しているのだというから油断はできない。
「お兄ちゃん」
快活な女の声が喧騒の中から聞こえる。
「なんだ、もう録音はやめろよ」
高校二年生にもなれば、少しは恥じらいというものを覚え、兄妹が教室で会うなんてことは滅多ではなくあり得ない。
しかしこの妹、七海は少し変わり者で知られていた。
「え? もうしないよ。必要なくなったしね……」
「? そういえば、俺が七海の教室に行ったことはなかったな」
「そう? みんな知ってるから遠慮しなくていいのに」
「いや、遠慮しておくよ」
兄としては七海がクラスでどんな存在なのか少し気になるところではあった。
だが、そうでなくとも最近の俺は少し過敏な気がする。特に変わったことがあるわけでもないのに……。
何となく過ぎていく日常。気がつけば気の早い太陽は沈みかけ、俺は校門にいた。