「……なるほど、自覚はなかったようですね。では、これは見えますか?」
香織はそう言って肩の上を指さした。
うなじから立ち上る白い湯気。それは運動した後なんかの人間が寒い空間で目に見えて発するものだ。
「は? 湯気だろ?」いやあり得ない!
店内の気温は二十度を超えているはず。
ティーカップに注がれた珈琲でようやく蒸気を生み出せるくらいだ。
確かに蒸気だと思っていたものは立ち上るのではなく重力によって足元へ流れた。
「な、なんだよそれは!」
フッとその流れは止まり、店内に静寂が訪れる。香織だけが冷淡な眼差しを玲一に向けていた。
「やはり見えたようですね。剥離はもう始まっているようです」
「な、なにかのマジックか?」
さしずめこの手の現象はドライアイスなどを使ったようにも見える。
あるいは空気中で白く滞留する特殊な燃焼物か。
「何なら私の体を調べてみますか?」
そう言って香織は自分の肩に手を置いた。
「い、いやいい……からかうのはよせ」
「話しを聞いてもらえますね」
「――ああ」
「……私はそのカワリノミコトという儀式を執り行うにつれて、おかしな体験をするようになっていったのです」
それは奇蹟か神秘か、香織はある日を境に人と語らずして見た人を識ることができるようになったという。
「初めは道行く村人でした。私は今政にその人が生まれてから何をしてきて、
これから何をしにいくのかが走馬燈でも見るかのようにはっきり理解できたのです」
作り話としては面白いが、リアルでそんなことを言ってるとしたら電波にかかったとしか思えない、帰る。
「待って下さい。これはあなたに関係あることでもあるんですよ。
そう例えば屋上から飛び降りたあの男のこととも」
帰ろうと腰を上げた玲一は思わず声を上げた。
あの男のことは誰にも話していない事実のはずだ。
玲一は固い椅子の上にもう一度座り直した。
「どういうことだ? 何か調べたのか」