Neetel Inside 文芸新都
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口先々
吐決

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 事務所のパソコン机に向かい、仕事をするフリをしながら今後の事を考えた。
努力なんてな物をした事が無い俺がこの三十数年間、人よりも良い暮らしをしてこれたのは情報と計算と自制心と要領の賜物である。
例えば件の副業を始める前にもかなりの綿密なあれやこれやを行った。
元手は必要無いので上手く行かなかった場合に失う物は自分の労力と時間のみであるし、同じ様な事をメシの種としているヤクザやチンピラや暴力を好む人が居ないかどうかも調べたし、偽物のブランド品を掴まされて出品トラブルにならん様にブランド品の知識も学んだし、買取の相場なんかも把握した。
その調べた暴力を好む人の中には真っ先にサメがいたんだけどね。
そしてカエデを口説く前にもきちんと現在と過去の男性関係を聞き出したし、前の男がストーカーと化してて俺が逆恨みされるなんて事の無い様にそこら辺もきちんと確認をした。
カエデは嘘を吐くタイプではないのは話して本能的に悟っていたので情報は信用に値する物だと確信を持った。
そしてお局も嘘を吐くタイプではない。
しかし、カエデは彼氏なんか居ないと言っており、お局はカエデの彼氏がマジ切れしていると言っており、どちらかが嘘を言っているという事になる。
つまりどちらかの人間性を俺が見誤っていたのである。
また例の如く俺は状況を整理しなくてはいけないのである。もう嫌ある。

 まず、お局が嘘を吐いていた場合、こちらの方が俺は心底嬉しい。
お局が俺に嘘を吐く理由を考えると幾つか帳尻の合いそうなものがある。
その中でも最も可能性が高そうなのは、俺のやっている商売が美味しそうだからびびらせて違う国へやっちまおうと云う身の程も弁えない大それた理由である。
お局はもう水商売をやるのには若くない年齢で、ベラドンナでの成績イコール稼ぎはそこそこといった程度だろうか。
店の女の子のブランド物等をまとめて持ってくる辺りも、金にがめつかったり困窮している可能性が考えられる。
そろそろ引退を考えその後の食い扶持として着眼した、眼を着けたのが水商売の人間を相手にする俺の副業だろう。
これはかなりしっくり来る。
まあアルコールで喉も肝臓も脳味噌もくたくたにしてしまっているような女が、この俺の仕事を奪ったとしても上手くやっていけるはずがないのだけどね。

 そしてカエデが嘘を吐いていた場合、こちらは本当に矢場い。
カエデが俺に嘘を吐く理由を考えてみても幾つか帳尻の合いそうなものがある。
例えばサメに寄生されて疲れちゃってる時に、颯爽と現れたセクシーで暖かい男性であるこの俺に束の間の安らぎを求めたってのはどうかな。これはかなりしっくり来る。
俺がセクシーで暖かいってのは当然として、サメの存在を誰かに明かせば家族や恋人と自分が殺されるから助けを求める事はできないけれど、一晩の恋を思い出に頑張っていこうと思います。みたいな。
そんな下らない勝手な理由で俺に嘘を吐き、死の危険に晒すだなんてこの上なく最低のアバズレである。

 俺の目で見てどちらも嘘を吐かないタイプではあるけれども、現にどちらかが嘘を吐いていなければこんな状況になっていない。どちらかの嘘を吐かないタイプを演じる力が俺の目を欺く程のレベルである事は二流キャバ嬢のくせに生意気であるし、どちらが嘘を吐いていたとしてもむかつく理由なのがむかつくのがむかつく。
で、単純に考えて2パターンの行動と4パターンの未来がある。
2パターンの行動ってのは、お局を信じて逃げるか、カエデを信じてこのまま暮らすか。
4パターンの未来ってのは、2パターンの行動にそれぞれ2パターン存在する。
ぱたーんぱたーんって俺は扉かよ。なんて言いながらドアを閉めて軽い仕切り直し的な空気を作ってみた。
今俺が言っちゃったのは一般的に乗り突っ込み親父ギャグと呼ばれている物で、非常にこれは寒いし俺は嫌悪しているのに何でやってしまったかっつーと、メンタル的にかなり追い詰められているからに他ならない。
しかもドアはぱたーんと云う小気味良い音を立てず、乱暴に閉めても扉が痛まないように取り付けられているゴムクッションのむぼんというすっきししない音と、鍵のげちゃんという乾いた音。
こんな時ぐらいぱたーんって軽快な音で俺を元気付けろこのドア野郎。ドア野郎ってなんだ。
寒気がするからドアを閉めたのだけれど、この寒気は室温が原因ではなく俺が精神的に少し際々の方へ追いやられているからだろう。
そんな事は無いと思い込んでもどうしようもないので俺はきちんと受け入れる。
それを理解し甘受出来ると云う事は自分をまだ客観視出来ているのだ。

 して、ぱたーんの続きなんだけど、お局を信じて逃げて予想が当たっていたぱたーんAと外れていたぱたーんB。
Aなら俺は命を失わずに済んで新天地で頑張ればいいけど、Bなら俺は利権を手放したり引越しの経費とかが丸っきり無意味な出費になる。
そしてカエデを信じてそのまま暮らして予想が当たっていたぱたーんCと外れていたぱたーんD。
Cなら俺は何も失わずに今迄通りに多少贅沢な暮らしをしつつカエデとたまに乳くり合えばいいが、Dは最悪で俺は絶対に殺される。
お局を信じれば死にはしないだろうけど絶対に一定の損はするし、カエデを信じれば最悪殺される。
何が一番嫌かって殆どの人がそうであるように、俺は死ぬのが一番嫌だけど損をするのもやっぱり嫌なのである。
この期に及んで何を言ってるかという感じではあるが、人に騙されて損をするのはプライドっつーかそういうのがあるので嫌なのだ。
しかもお局みたいな水商売の他に何も出来ないような女に騙されて損なんかしたら俺は心に傷を負う。
でも、ああ、死ぬのはこわい。おそろしい。

 そんな葛藤をしているうちに、この可哀想な俺の脳裏に恐ろしい事がひょんと浮かんだ。
はたして国外に逃げても安全なんだろうか?
人はそれぞれ度合いの違いはあれども様々なルールや信念を持って生きているものだ。
ルールが無いのが俺のルールだぜーなんて言う輩も多いが、それは自分の様々な快楽や怠惰に正直というルールを格好付けて変えているだけであり、快楽に正直ってフレーズも格好いいかもしれないじゃんね。
んでサメという男は俺が収集した情報から考えると、相手に一方的にさせた約束と自分の決定を絶対に守るという信念を持っている。
ここからはカエデが嘘を吐いていた事を前提に考える。
他の男に体を許さないという約束をさせているかどうかは分らないが、サメが俺を探しているのは約束をしていたからだろう。
カエデはサメにとっては収入源であり家政婦であり娼婦なので利用価値がある。カエデが約束を破ったのならば、徹底的に自分の恐ろしさを植え付けて利用価値を確固たる物にする為に何か恐ろしい事をするはずである。
それは商品であるカエデの容姿をおじゃんにする単純な暴力ではなく、俺を拉致してどこかの倉庫なんかに運び込み、カエデの目の前で歯を抜いたり陰茎を切断したり眼球に鉛筆を突き刺したり肛門に蛍光灯を突っ込んで折ったりしてから殺し、逆らえばこうなるという事を理解させるはずである。そんな想像をしたら睾丸がきゅっと縮み上がり、陰茎が情けなく萎んでしまってパンツの中で震えているのを感じた。震えているってのは嘘だけどそんな感じ。

 殺されたくない、損をしたくない、けど殺されたくない、お局程度の人間に騙されて損をしたくない、逃げても殺される、股間が気持ち悪い、お局の髪型は変だと思う、殺されたくない、どっちか嘘を吐いていそうな人間か、死にたくない、殺されたくない、死にたくないといった様々な気持ちがのた打ち回り絡み合う蛇の様にぐじゃぐじゃになって脳漿を掻き回し、不安と恐怖の触手は内臓を滅茶苦茶に陵辱し、鉄砲水のように襲ってきた吐き気は耐えるかどうか考える猶予も与えずにデスク脇屑篭に嘔吐させた。
僅かに食べた昼の鯖煮込み定食の御飯や春雨サラダに入っていた鳴門のかけらが胃液とどろどろの流れの中、紙屑やスナック菓子の袋の上にゆっくりと流れ底に落ちたり塵の窪みに入り込んで行く。
三回程吐くと嘔吐による疲労、吐瀉物のすえた臭い、喉の痛みは俺の意識を苦痛と不快感で恐怖から僅かに遠ざけてくれた。俺は冷静だぜ。
げぼすらも自分のプラスにしてしまう様な出来る俺が暴力しか能が無いサメ如きに殺られて堪るかよ。カエデみたいな小娘の嘘で下手打って堪るかよ。お局ずれの2流のキャバ嬢にいいようにされて堪るかよ。
暴力や小知恵じゃ俺には勝てないって事を証明してやろうじゃねえか。うおっぷ。








       

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Neetsha