Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

畸形細工   (4) 私と隠れたヒーロー 後編

同日の放課後、全ての授業が終われば、皆其々帰るなり部活に行くなり遊びに行くなりする。
教室にそのまま残る生徒はそう居らず、其れ故に私と義昭は目立っていた。
帰り支度をするのではなく、昼休みに構内にある売店で買った新品のノートを鞄から取り出す。
何の変哲の無い大学ノートだ。
私は其れと筆箱を手に、窓側一番前の席、義昭の机へと向かった。
義昭は私が来るとと同時に、自分の鞄から歴史のノートを取り出し、其れを私に差し出した。
「ほいよ」
「有難う」
私は其れを受け取り、自分のノートと一緒に義昭の机に広げた。
義昭は、教室から出て行く自分の友人達に手を振っていた。
「義昭ぃ、俺もかえっからなー。マジ頑張れ超頑張れ。男は度胸だゼ!」
そう言いながら親指を立てて良い笑顔を振り撒いているのは、香川だ。
「何を頑張れっつぅんだこのエロ大魔神め!そんなんじゃねっつの!!」
エロ大魔神、と言っている辺り、香川が何を頑張れと言っているのか、理解しているんだと思う。
ぶうぶう言っている義昭に、ニヤニヤ笑ってる香川。
仲の良さげな二人を横目に、私は筆箱からシャーペンを取り出していた。
こういうのを、親友と言うのだろうか。
義昭の人懐こさもさることながら、香川も結構人が良いんだと思う。
そういえば、義昭の友達で私にマトモに話しかけてくるのは、あの香川だけのように思う。
そんな事を思いながら、義昭の斜め右横で、教室から出て行く香川を見送った。
香川が教室を出るといよいよ教室には私と義昭だけになって、それで気まずくなるのは義昭だけだった。
私と義昭は友達だが、あんな事を言われると、影響されやすい義昭はドキドキしているんだろう。
まぁ、其れでなくても私が何を思ってこんな行動に出たか、彼には理解出来ない。
そんなドキドキも、彼はしているんだと思う。
だが私はただただ静かに、歴史のノートを最初のページから写していた。
二人だけの教室は、授業中よりも静かで、夕日の差した教室は何処か綺麗だ。
「あ、のさ…」
黙々とノートを写している私の、斜め左横で、義昭がおずおずと声を上げた。
きっと、静寂が支配する空気に、耐え切れなくなったんだろう。
「あの…あ、えっと…」
「…何?」
「…よ、読みづらくね?オレ、字きたねっからさ…」
「…読み辛い…けど、上手く纏まってると思う。私は纏めるのは得意じゃないから、羨ましい」
私が今言ったことは事実だ。
字は汚いが、内容は綺麗に纏まっており、その時の授業の内容が把握しやすい。
だがやっぱり字が下手だから、読み解くのに少し時間が掛かったりしないでも、ない。
「そか…」
義昭は多分、本当に聞きたい事は別にある。
けど、口に出す勇気がないんだろう。
だから此処で、私は手助けする事にした。
…私から本題を持ちかけることだ。
「…最近、無くなったものがよく、返ってくる。知らず知らずのウチになくなって、知らず知らずに返ってくる」
「…お、おぅ」
義昭の声に緊張の色が含まれる。
私は手に持ったペンの動きを止め、ノートから目を逸らし、義昭を見た。
「…なんで黙って返す。義昭が女子達から取り返してくれたんだろ?」
これは、単刀直入すぎただろうか。
義昭はあからさまに困惑した様子で、目を右往左往、肩を竦ませて言葉に詰まっている。
「…私は、別に怒っていない。ボロボロのノートでも、取り返してくれた事が嬉しい…けど、ただ…」
ただ…。
「…私は、義昭が好きだ。義昭は私に初めて優しくしてくれた。私は義昭を親友だと思っている。そして親友は、隠し事はしないと、私は思っている…のに、義昭がそんな態度だと」
私は。
「…不安になる。私の、独りよがり、みたいで…」
言っているうちに、追い込まれていくのは私だった。
私は義昭を親友だと思っている。
けれど隠し事をされると不安になる。
結局、義昭は同情で私と友人関係を続けているだけなのではないかと。
同情なら、私は要らない。
そんな事を思っていると怖くなって、初めて、怖くなって。
いつの間にか、私の肩は震えていた。
いつの間にか、私の頬に涙が伝っていた。
「…全部、私の勘違いなら、良いんだ…」
スカートに涙が落ちていく。
産まれて初めて泣いたような気がした。
どんな仕打ちをされても傷付かなかったのに、知らず知らずに私は傷付いていた。
傷付き方も知らない私は、知らず知らずに、傷ついていた。
「そんなことねって!!」
それは唐突だった。
義昭は私の両肩を掴み、いつの間にか俯いていた私の顔を上げさせた。
涙でぼやけた視界に、義昭の困惑した、何処か怒ったような顔があった。
「オレだって、奏のことめっちゃ好きだし!奏のこと親友だって思ってる!でも、だからこそだったんだって…」
義昭の顔がグシャグシャになる。
苦しそうで、辛そうな顔。
「親友だからさ、助けるのは当たり前じゃん。けど、助けてやってんだぜ!みたいなのがさ、嫌だったんだって。オレは親友としてオマエを助けてきたい。のに、其れが偽善みたいに思われたら嫌だったんだ。同情だって思われたら嫌だったんだ。オレはオマエと親友してきたいから、さ…だから、全然オマエの事嫌いとか、同情とかじゃねぇから」
腕の無い右肩にも、義昭の大きな手が食い込む。
義昭の強く鋭い眼差しが、私に真っ直ぐ向けられているのが嬉しい。
そうか、友達ってそういうものなんだと、思った。
私は私の「理想の友達」を考えて、押し付けて、不安になっていたんだと。
そう思うと嬉しくて、私はまた泣けてきた。
嬉しいはずなのに泣けてきた。
「お、おい!泣くなって…あっ、ごめ!右肩痛かったか!?」
義昭が慌てて両肩から手を離す。
ワタワタと慌てる姿がおかしい。
私は小さく笑いながら、顔を左右に振る。
「はは…友達って難しいんだな…」
友達を作るのはとても難しくて、友達という関係を維持させるのもまた難しくて。
けれど私と義昭は、一つ試練を乗り越えれたように思う。
「あは、あはは…」
自然と笑みが毀れる。
義昭も、いつの間にか笑っていた。
日の落ちていく教室に、私達の笑い声だけが木霊していた。

親友を作るのは大変で、親友を続けるのも大変で。
けれど私はこの親友を、これからも大事にしたいと思った。

       

表紙
Tweet

Neetsha