Neetel Inside ニートノベル
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畸形細工
4話

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畸形細工   (4) 私と隠れたヒーロー 前編

義昭のもう一つの顔、という物を垣間見たあの日から、既に二週間が経過していた。
アレで必要以上に目立ったのは、キレた義昭と、庇われた私の二人。
義昭は基本の性格が良いから学校生活に問題無いと思っていたが、事実問題なく過ごしている。
一方私の方はと言えば、あの件が原因でまた虐められると予想していたのだが、何事も無い。
正確には目立った事は起きていない、と言った方が良いだろう。
廊下を歩いていたら足を引っ掛けられたり、机の上或いは中にあった物が紛失していたりはする。
が、小中学校の時の事を思えば、どれも子供の悪戯並みに慎ましい物ばかりだ。
本来ならアレで女子達の反感を買い、凄惨たる虐めの日々の幕が上がってもおかしくないのだが。
高校生ともなると、あぁいう人間でも自重という言葉を覚えるのだろうか。
まぁ、虐められないに越したことは無いので、それはよしとするのだが。
あれから気になり始めたのは、義昭の奇妙な行動である。
例えばそれは、昨日のこと。
私はうっかり机の上に携帯電話を置きっぱなしにして、トイレに行くべく席を立った。
そして戻ってくると、机の上に置いてあった携帯電話が、見事に神隠しにあっていたのだ。
まぁ犯人は言わずもがな、例の女子達なのだろう。
その時も、何も無い机を見下ろしている私を見ながら、クスクスと声を潜めて笑っていたから。
ロックは掛かっているから中身を見られる事は無いだろうし、別に見る物も無いからと気にしないで居た。
然し、昼休みの事。
相変わらず男子達に絡まれて、けれど楽しそうな義昭を放置して、一人で屋上で昼食を取っていた。
私の友達は義昭一人なので、本来なら義昭と昼食を共にしたいが、私一人独占する訳にはいかない。
義昭は私も一緒に食べれば良いと言うが、他の男子がきっと対応に困るだろうから、二日に一度にした。
で、昨日は私は一人で昼食を取る日。
屋上にはチラホラとカップルが見受けられたが、気のせいか、私が来てから人数が減ったように思う。
まぁ屋上では何事も無かったから省略する。
問題はその後、昼食を終えて屋上から教室に帰ってきた時のことだ。
教室に入り自分の席に戻ると、机の上にポツンと置かれた自分の携帯電話。
白くて飾り気の無い、シンプルな私の携帯電話が、机のど真ん中に置かれていたのだ。
女子達が返してくれる筈も無いだろうし、壊れてる形跡も無い。
ただただ、机の上に私を待っていたかのように、携帯電話があったのだ。
不審に思っていると不意に視界に入ったのは、不愉快そうな女子達の顔と、楽しそうな義昭の顔。
私は思い切って携帯電話を手にし、男子に囲まれる義昭の元へと歩を進めた。
「…携帯電話が返ってきた」
ただ其れだけを口にしたのだが、義昭はビックリしたように体を大きく揺らした。
彼の黒い瞳が左右に泳いで、短い黒髪が少しだけ跳ねた。
「お?おーっ、良かったジャン!?」
周りの男子は笑いを堪えている。
私は其処まで鈍くない。
義昭がイジメグループから私の携帯電話を奪い返し、私が居ない間に机に置いたのは明白だ。

其れからも、義昭の秘密にならない秘密の行動は続いた。
といっても、専ら紛失物を私のいない間に戻しておくとか、そういう行動なのだが。
その度に私は義昭に報告したが、義昭はギクシャクとしながらも誤魔化すばかり。
そして女子達は不機嫌で、男子達は面白そうだ。
義昭は一体何がしたいのか、私には全く理解できなくて、三週間も過ぎていた。
今日は、紛失していた歴史のノートが返って来た。
イジメグループが落書きしたり破いたりしたのだろうか、ボロボロだ。
流石に破損されたノートを返されても困るのだが、ふと義昭を見れば許してしまう。
何故なら彼は、まるで隠れて悪戯していた子犬のように、ハラハラした、何処か困っているような表情で、私を凝視していたからである。
一応イジメグループから取り返してみたものの、ボロボロになったノートを返すのは流石に気が咎めたのだろうが、今まで取り返し続けてきた手前、ドキドキしながら置いたといったところだろう。
私はボロボロになったノートを、机の横に引っ掛けた鞄の中に突っ込んだ。
どうせ今日の歴史の授業は終わっているし、どの道使い物にならないから。
それから、ちょっと前流行っていたCMのチワワのような義昭の元へと歩いていく。
義昭は椅子の背凭れを抱くように座っていたが、なんだかダンボール箱に捨てられているみたいだった。
「…義昭、歴史のノートが返って来た。だが、ボロボロになってた」
「……お、おぅ…」
「だから…歴史のノートを放課後、写させて欲しい」
私はぎこちなく笑って見せた。
ぎこちないのは仕方がない。
今まで誰かに笑顔を向けたことなんてなかったのだから。
ついでにこの笑顔、あの自己紹介で引かれたアレだ。
「お、おう!字ぃきたねっけど、オレので良かったら全然貸すって!!」
然し、義昭は嬉しそうに笑みを浮かべて立ち上がり、興奮気味にそう返事した。
「何々笹川さん、歴史のノートだったらオレの貸すよん?」
義昭の友達―多分、香川賢吾という名前だったと思う―が、ひょっこりと顔をだしてそう言った。
だが私は首を左右に振って、その申し出を断る。
「有難う。けど、義昭に話もあるんだ」
「お、何々…ラブラブってやつか!?」
「…ラブラブ、になるのか?」
「なるなる。放課後かぁ…二人っきりであんなことやこんなこと――」
「ばっ、賢吾テメッ!変なことコイツにふっこむなっつの!!」
「いやーん!義昭くんがおこったぁ」
「キメェ!!超キメェッ!!」
騒がしくも楽しげな二人を放置して、私は自分の席に戻ったのだった。

     

畸形細工   (4) 私と隠れたヒーロー 後編

同日の放課後、全ての授業が終われば、皆其々帰るなり部活に行くなり遊びに行くなりする。
教室にそのまま残る生徒はそう居らず、其れ故に私と義昭は目立っていた。
帰り支度をするのではなく、昼休みに構内にある売店で買った新品のノートを鞄から取り出す。
何の変哲の無い大学ノートだ。
私は其れと筆箱を手に、窓側一番前の席、義昭の机へと向かった。
義昭は私が来るとと同時に、自分の鞄から歴史のノートを取り出し、其れを私に差し出した。
「ほいよ」
「有難う」
私は其れを受け取り、自分のノートと一緒に義昭の机に広げた。
義昭は、教室から出て行く自分の友人達に手を振っていた。
「義昭ぃ、俺もかえっからなー。マジ頑張れ超頑張れ。男は度胸だゼ!」
そう言いながら親指を立てて良い笑顔を振り撒いているのは、香川だ。
「何を頑張れっつぅんだこのエロ大魔神め!そんなんじゃねっつの!!」
エロ大魔神、と言っている辺り、香川が何を頑張れと言っているのか、理解しているんだと思う。
ぶうぶう言っている義昭に、ニヤニヤ笑ってる香川。
仲の良さげな二人を横目に、私は筆箱からシャーペンを取り出していた。
こういうのを、親友と言うのだろうか。
義昭の人懐こさもさることながら、香川も結構人が良いんだと思う。
そういえば、義昭の友達で私にマトモに話しかけてくるのは、あの香川だけのように思う。
そんな事を思いながら、義昭の斜め右横で、教室から出て行く香川を見送った。
香川が教室を出るといよいよ教室には私と義昭だけになって、それで気まずくなるのは義昭だけだった。
私と義昭は友達だが、あんな事を言われると、影響されやすい義昭はドキドキしているんだろう。
まぁ、其れでなくても私が何を思ってこんな行動に出たか、彼には理解出来ない。
そんなドキドキも、彼はしているんだと思う。
だが私はただただ静かに、歴史のノートを最初のページから写していた。
二人だけの教室は、授業中よりも静かで、夕日の差した教室は何処か綺麗だ。
「あ、のさ…」
黙々とノートを写している私の、斜め左横で、義昭がおずおずと声を上げた。
きっと、静寂が支配する空気に、耐え切れなくなったんだろう。
「あの…あ、えっと…」
「…何?」
「…よ、読みづらくね?オレ、字きたねっからさ…」
「…読み辛い…けど、上手く纏まってると思う。私は纏めるのは得意じゃないから、羨ましい」
私が今言ったことは事実だ。
字は汚いが、内容は綺麗に纏まっており、その時の授業の内容が把握しやすい。
だがやっぱり字が下手だから、読み解くのに少し時間が掛かったりしないでも、ない。
「そか…」
義昭は多分、本当に聞きたい事は別にある。
けど、口に出す勇気がないんだろう。
だから此処で、私は手助けする事にした。
…私から本題を持ちかけることだ。
「…最近、無くなったものがよく、返ってくる。知らず知らずのウチになくなって、知らず知らずに返ってくる」
「…お、おぅ」
義昭の声に緊張の色が含まれる。
私は手に持ったペンの動きを止め、ノートから目を逸らし、義昭を見た。
「…なんで黙って返す。義昭が女子達から取り返してくれたんだろ?」
これは、単刀直入すぎただろうか。
義昭はあからさまに困惑した様子で、目を右往左往、肩を竦ませて言葉に詰まっている。
「…私は、別に怒っていない。ボロボロのノートでも、取り返してくれた事が嬉しい…けど、ただ…」
ただ…。
「…私は、義昭が好きだ。義昭は私に初めて優しくしてくれた。私は義昭を親友だと思っている。そして親友は、隠し事はしないと、私は思っている…のに、義昭がそんな態度だと」
私は。
「…不安になる。私の、独りよがり、みたいで…」
言っているうちに、追い込まれていくのは私だった。
私は義昭を親友だと思っている。
けれど隠し事をされると不安になる。
結局、義昭は同情で私と友人関係を続けているだけなのではないかと。
同情なら、私は要らない。
そんな事を思っていると怖くなって、初めて、怖くなって。
いつの間にか、私の肩は震えていた。
いつの間にか、私の頬に涙が伝っていた。
「…全部、私の勘違いなら、良いんだ…」
スカートに涙が落ちていく。
産まれて初めて泣いたような気がした。
どんな仕打ちをされても傷付かなかったのに、知らず知らずに私は傷付いていた。
傷付き方も知らない私は、知らず知らずに、傷ついていた。
「そんなことねって!!」
それは唐突だった。
義昭は私の両肩を掴み、いつの間にか俯いていた私の顔を上げさせた。
涙でぼやけた視界に、義昭の困惑した、何処か怒ったような顔があった。
「オレだって、奏のことめっちゃ好きだし!奏のこと親友だって思ってる!でも、だからこそだったんだって…」
義昭の顔がグシャグシャになる。
苦しそうで、辛そうな顔。
「親友だからさ、助けるのは当たり前じゃん。けど、助けてやってんだぜ!みたいなのがさ、嫌だったんだって。オレは親友としてオマエを助けてきたい。のに、其れが偽善みたいに思われたら嫌だったんだ。同情だって思われたら嫌だったんだ。オレはオマエと親友してきたいから、さ…だから、全然オマエの事嫌いとか、同情とかじゃねぇから」
腕の無い右肩にも、義昭の大きな手が食い込む。
義昭の強く鋭い眼差しが、私に真っ直ぐ向けられているのが嬉しい。
そうか、友達ってそういうものなんだと、思った。
私は私の「理想の友達」を考えて、押し付けて、不安になっていたんだと。
そう思うと嬉しくて、私はまた泣けてきた。
嬉しいはずなのに泣けてきた。
「お、おい!泣くなって…あっ、ごめ!右肩痛かったか!?」
義昭が慌てて両肩から手を離す。
ワタワタと慌てる姿がおかしい。
私は小さく笑いながら、顔を左右に振る。
「はは…友達って難しいんだな…」
友達を作るのはとても難しくて、友達という関係を維持させるのもまた難しくて。
けれど私と義昭は、一つ試練を乗り越えれたように思う。
「あは、あはは…」
自然と笑みが毀れる。
義昭も、いつの間にか笑っていた。
日の落ちていく教室に、私達の笑い声だけが木霊していた。

親友を作るのは大変で、親友を続けるのも大変で。
けれど私はこの親友を、これからも大事にしたいと思った。

       

表紙

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Neetsha