Neetel Inside 文芸新都
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2.老人の言葉

月曜日、いきなり文京区役所に老人が現れた。
「区長はいるかな?」
その騒ぎを見た明と陽二は驚いた。
「高梨太一先生!」
「何?どういうことだ?」
「都築課長、これは少なくとも取次ぎを行いませんと
雑誌に何書かれるかわかりませんよ」
「うむ」
二人はとりあえず高梨先生を会議室へ通した。
「先生、私が入れた特上の宇治茶です」
「そういえば種村君はお茶のブレンダーでもあったな、いや、まことに結構なお手前で」
するとドアを開けて都築課長が入ってきた。
「おーい、整理整頓終わったか」
「はい、なんとか」
「最終チェックしておけよ、区長が間もなく来られる」
「ん、そうか」
「先生、失礼しました。間もなく区長がお越しになられます」
間もなくノックとともに会議室のドアが開いた。
「高梨先生、本日はようこそ当文京区役所にお越しくださいました。
私が文京区長の鳩山成行です。どうぞよろしくお願いします」
「これはまたずいぶん若い区長さんですね」
「はい、当年数えで35歳になります!」
「その昔「ボーイ大統領」と呼ばれていたケネディを思い出すなあ。
ラスク国務長官に岸君の時代だった・・・」
「先生!ご用件をお伺いする前にひとつお願いが」
「何かね?」
すると鳩山区長は色紙を取り出すなり「サインください!」と叫んだ。
「これはまた他愛ないこと、うちの弟子が二人もお世話になっていますからね」
「弟子とは?」「この若い二人ですよ、今日お話ししたいのはこの二人のことですよ」
「君たちが高梨先生の弟子とはすごいなあ!」

「それではお話をおうかがいしましょう」
区長のこの声に続いて高梨先生が静かに語りだした。

・・・わしがどうしてもラーメンが食べたくなってな、横浜の桜木町に行ったとき
一軒のラーメン屋から家の中でけんかしているような怒号が聞こえたのじゃ。
すると何やら黒服を着た男が二人、いや歴史を知らぬ者にわしの名はわからぬ。
わしは何が起こったのか知りたくてのぞき見ると、小柄なメガネをかけた男が
わしを突き飛ばしたんじゃ、見世物じゃないって。
残された家族は泣いておった。
わしは夕方まで待ってなんとか事情を聴くことができた。
小柄な男は篠田秀彦といって「幸せの輪」の主宰だそうな。
あいつが求めていたのは年間1万2千円の会費と投稿料とやらだが
期日を過ぎて支払いがないと10日で1割の利息がつくそうな。
その親子は半年前に生活が困窮して退会すると篠田に告げたのに
篠田はいったん入会したら死亡しても退会を認めずに
会費を家族にまで請求するそうな。
おかげで1万2千円の会費が一年で6倍になって請求が来て
とても払えるわけがない。そこへ篠田が俺の言うこときかないやつは排除と
言うから家財道具を持って行かれた。
種村と木下が立ち向かっているのはこういう連中じゃ。
これを退治しないといずれ同人世界どころか日本のためにならんよ。
二人を専属でこの問題の調査と解決に役立ててほしい。老人のお願いです・・・

「先生、分かりました。その願い、すぐには無理ですが、今週中に・・・いや今すぐこの場で
二人を専属とします。それで異論ないですね」
「ありがとう、わしももう還暦を超えた。じゃがこの日本は悪いやつらがはびこっておる。
いつもまだ死ねんとおもっとる」
「君たち!直ちに「幸せの輪」特別調査を命じる!」
「はい!」
「先生、後で辞令を二人に渡します、これでいいですね」
「おお、ありがとう」

一週間後、二人は区長室にいた。

「どうだ、まさかとは思うが」
「先生の言ったことはすべて裏が取れました。
それどころか篠田秀彦というやつはとんでもない男でした!」
「報告してくれ」

「話は終戦直後の話にさかのぼりますが、今もアメリカで発行されている
「RD」という総合雑誌があります」
「私もよくアメリカから取り寄せているが」
「区長はご存じないでしょうが、RDはかつて日本版もありました」
「おお、母が竹橋にあったパレスサイドビルにある編集部にいたよ」
「パレスサイドビルは別名「祟りのビル」とも呼ばれていまして
このビルに入った会社はもれなく経営危機や倒産に至るといわれるビルです。
RD社もその例にもれなかったのですが、つぶれるべくしてつぶれました。
通信販売の広告が普通の雑誌と比較して多く、紙面の7割が通信販売の広告でした。
しかも編集長は後に悪徳商法を行った宗教団体の幹部にまでなりました。
そんな人が経営する会社ですから当然上納金やノルマも厳しく
社員は通信販売に追われて仕事にならなかったのです」
「で、その話と何か関係があるのか?」
「RD社の通信販売の被害は1985年当時で分かっているだけで1万5千人から52億円
その年に提訴の準備が始まっていました。
ところが翌年2月にRD社は97億円の負債を抱えて事業停止、債務超過額は46億円に上りました」
「そうか、で、この話との関連は?」
「経営破たん当時、RD社の通信販売事業部長だったのが篠田の父親、篠田紘一だったのです。
そして話は1993年に飛びます。この年に篠田秀彦が「幸せの輪」を創刊しました。
強引な手法は当時から非難の的でしたが、社会的地位が高い父親のもとで何不自由なく
育ってきた彼のことですから、自分の意のままにならない人間の存在などいらなかったのでしょう。
しかしその見識のなさが彼を破滅に向かわせるのです。
93年当時は会費を徴収して本を発行するサークルという存在はビジネスモデルとして成り立ちました。
しかし95年に一大革命が起こります。Windows95とインターネットです。
インターネットにより、それまで書き手たちはお金を払って小説などを書いてきましたが
それを書き手たちが自由にネット上に発表して読むことができるようになりました。
こうなると彼のようなお金を取って原稿を印刷するというビジネスモデルが成り立たなくなります。
ネット接続料がまだ高い99年ごろには「幸せの輪」は500人の会員がいたようですが
携帯でも小説が書けるようになった今となっては実勢は200人以下、
それでも彼はまだこのビジネスモデルをあきらめきれず、それゆえに強引に引っ張る手法を使います」
「実際「幸せの輪」はホームページもありません。また郵便振替以外の入金方法を認めていません
これは彼が95年に受けた第三種郵便の取り扱いを廃止してしまえば多大なコストになることを知っています。
このため第三種郵便の認可基準である会員500人の登録がどうしても必要となります。
それゆえに架空名義を使ったりキャッシュバックまで行って会員を増やしています」
「驚くのはそれだけではありません。86年のRD社破たん以降、日本ではRD社の名称を
誰も使わなかったため、2005年に彼が日本におけるRD社の商標権を取得しました。
しかしそれは本来ニューヨークにあるRD社の世界本部が行使すべきものでしたが
彼がRD社の世界本部とその時期接触した形跡はありません。
彼はオーストラリアのメルボルンにあるRDオーストラリア社の子会社を口説いて
さらに自分は一文も出さずに高松市の通販会社に出資させて、
2007年に「RDジャパン」を立ち上げて自分の雑誌の通販拠点にする目論見でした。
しかしその実態は本の発行どころか懸賞にばかり熱中させて射幸心をあおり
一冊の本も発行することなく、それどころか名称使用を訴えてきたRD社世界本部を
逆に商標権の侵害と訴え、70億円の和解金を受け取って商標権を保持した揚句
RD社世界本部を経営破たんに追い込み、100億円余りを闇に消しました」

「聞けば聞くほどひどい話だな」
「そこで、私どもは消費者契約法から攻めます、
幸い「幸せの輪」の勧誘ペーパーには会費一切については何の記述もありません。
それどころか入会案内にも3カ月3000円の会費を取ると記載されていて
半年一年の会費の額や別に投稿料がかかることも記載されておらず
本誌を見て初めて投稿料の事実に気付く、しかも1ページ1800円というのは
最低金額でもっとよこせとも書いてあります。
これは明らかに契約の事実を明示するよう定めた消費者契約法に違反します!」
「問題は消費者契約法が個人の趣味である、ましてや法人化されていない団体に及ぶかということだな」
「及びますよ、個人対個人でも契約の主要な部分を隠して契約したら
それだけで民法が定める契約の取り消しに該当しますよ」




       

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