Neetel Inside ニートノベル
表紙

友達以上神様未満
神様は孤独でした

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一人で生きるのは大変だ。それを実感したのは境内の管理。
巫女さんが参道の掃除、建物内はオレがやることになってる。学校も今まで通りにあるから、前に比べてとても早起きになった。
起きてから必ず初めにやるのは本殿の掃除だ。神様が安置されているらしく、念入りに20~30分くらい掃除した後、拝殿の床を拭く。ここは人が入るから結構汚れている。こちらも30分程度。寝起きの体にはきつい。
そりゃ毎日こんなことしてたら、親父みたいになるよなぁ。なりたくないけどな。
頑張りが良かったのか、慣れなのか、2日目早く掃除が終わった。
ヒマだ。登校するまではまだあるし、本殿で見つけたガラクタを整理しようか。
決めたら即実行がオレのモットーなので拝殿に向かおうとしたのだが。

なんだこれは。
なぜかオレのハートを掴んで離さない何かが近づいてきている。
(そこだっ!)
振り向いた先に、拝殿に向かう一人の女性を見つけた。少し年上くらいだろうか。すらっとした長身に肩の辺りを覆う黒い髪が動くたびに揺れて光るのが綺麗だった。あ・・・足が勝手に・・・
やることがあったのを思い出したからで、決して「お近づきになりたい」だとかというふしだらな行為じゃないぞ!倉庫から引っ張り出した拝殿にガラクタを片付けようとしただけなんだ!
足は夏を感じさせない軽快なステップで拝殿へと向っていた。

女性は手水舎で禊(みそぎ)をした後、何処へ寄ることもなく拝殿へ到着した。朝の静謐が二回の拍手に僅かに乱されたかと思うと、すぐに元に戻る。
オレはは女性が礼を終えてから話しかけた。
「参拝ありがとうございます」
「いえいえ、この時間は暇なものでこうして神社に来ると気持ちが落ち着くものです」
女性はその温雅とした表情を僅かに緩ませながら言った。その表情に思わずドキリとした。
そんな健全な少年の心を弄ぶかのように続ける。
「もしかして高崎さんの息子さんかな?」
「はい、そうです。高崎京一と申します 両親は今修行中でして・・・」
「そうですか・・・よく似てるなーと思ったんです!じゃあ京一くんも将来はここの神主をやられるんですよね?」
「ええ・・・そうなりますね」
「本当ですか!?将来は神主ってカッコイイですね」
躊躇いがちになってしまった。親父といったい何処が似てるんだろうか。さておき、まともな儀式の一つも覚えていないオレは神主にふさわしい人間とは言えない。
女性が格段嬉しそうにしているのを見て押されてしまった。
それにしても美しいなあ。そうだ、ここで名前を聞いたりしてお近づきになってそれで・・・
「?」
女性はオレの様子を怪訝そうにして見ていた。
「あ・・・そうだ、名前分からないとなんて呼んだらいいか分からないですもんね」
「えっ!?あ、そうですそうです!」
「私の名前は下山美月、美月でいいからね」
「あ、はい!美月さん」
半分図星だった。心を読まれていたのだろうか。
「あ・・・そろそろ仕事あるから行かないと。京一くんも早めに学校行かないと大変じゃない?」
「そうでした!すっかり忘れてました!」
時計は遅刻ぎりぎりの時間だった。用意もままならない状態なので遅刻は必然だろう。
「じゃあ頑張ってね、神主さん」
美月さんは手を振りながら、小走りで鳥居の方向に向かっていった。僕は若干声を張り上げて美月さんに聞こえるように言う。
「またきてくださーい、それではー」
見えなくなるとほぼ同時、一目散に自室へ。
あの眠気を誘う呪文が掛かっている教室の机に向かうのは不満である。
全てあの机が悪いのである。オレは何もやっていない。
暑さからか緊張か、汗をかなりかいていた。着替えをすると汗が冷えて気持ちいい。大分長い間浮いていた気持ちは落ち着いたのだった。
用意なんてさほど掛かるものでない。5分掛からない。
ただ時間が時間だ。遅刻は火を見るよりも明らか。もれなく水の入ったバケツと廊下への招待券が付いてくる。どうせ遅刻するなら、終わる直前に颯爽と教室に飛び込めばいい。どちらにせよ遅刻は一回としてカウントされる。
依然オレの心の悪魔は無敗だった。
その間、残していたガラクタを整理しよう。また汗が出そうだが。
早速作業に取り掛かった。様々なものが混同してひとえにゴミに出すということが出来ない為、地道に分別している。大半は昔使っていた神社の備品であり、価値があるものとは思えない。
そういうものを分別しているとある一つの巻物に目が行った。「高崎家家訓」と薄れかけの字で書かれているばかりの質素な巻物だ。見た感じ、相当古い時代の物である。
これを書いたであろう祖先の顔を想像して浮かんできたのは親父が爺さんになった姿で、それを考えただけで笑いそうになった。
巻物を開くとそこには文字らしきものが書いてあった。現代に生きるオレには読めるわけも無く閉じようとしたが、大事と言わんばかりに大きく書かれた一文が気になった。どうにかそれっぽい漢字を脳内で探る。
【神様】と言う字が辛うじて判別された。神様と言ったらおそらくオレの家(神社)の神様だろう。それがどうかしたのだろうか?
っと、時間が迫っていた。
それでもこの巻物の内容は知りたい。とりあえず通学用のバッグにその巻物を放り込んだ。

――そういえば、こういうモノを良く知ってるアテがあるじゃないか。

オレは学校に向かおうと外に出る。そこに、一人の女性が装束を纏いやってきた。軽く会釈してから挨拶をした。
「どうもあずささん、お世話になってます」
「やあ!京一くん、今日はどうしたのかなー?もしかしてグレてサボり魔ですか?未来の神主様がそんなことしちゃいけないぞ?おねーさんがお仕置きしちゃいますよー?」
この人独特の喋りの間が心地よい。その柔和な双眸は彼女の性格を端的に表している。巫女じゃなくて天使のほうが合っているのではないかと思いつつ、少し濁した返答をした。
「いえ、ガラクタ掃除に手間取ってしまって・・・」
「それは大変だねえ、わたしじゃどうしたらいいかわかんないからねー」
若森あずささん。この神社の巫女さんである。とは言ってもただの助勤、いわばバイトさんである。オレが学校に行く日以外、つまり土日以外全て神社に来てもらっている。かなり無理をさせている気がするが、いたって普通に仕事をこなしているのを見るとそうでもないように思えてくる。
「それじゃあ、今日もよろしくお願いします、行ってきます」
「ここは任せといて、がんばってきてねー」
あずささんは手を振りながらオレを送り出してくれた。あずささんは他の人に幸せを分け与える正に天使だと思う。神様を信用していない僕でも、身近にいる天の使いは現実だと常々感じていた。

そんな浮かれた気持ちが180度変わったのは校門に着いた時だった。
オレは暫し教室への突入方法について思考に耽っていた。入り込むのは簡単で、ノーマルに「おはようございます」と扉を開ければよい。ただ、他生徒たちのアブノーマルへの視線で串刺しにされるのは必至だ。どうにかしてあれを逃れられないか・・・
その時、後ろから声をかける少女がいた。しかしオレはそれに気付いていなかったらしい。
「あの、京一くん?」
「・・・」
「えーっと、京一くんだよね?」
「・・・」
酷く無愛想に見えただろう。返事が無いのは屍と相場が決まっていると言うのを聞いたことがある。
「うう・・・京一くんだヘンだよう・・・」
「・・・」
「もしかして・・・私なんかが声をかけちゃったからそんなに機嫌を悪くしちゃったのかな?」
「・・・」
「わたし・・・京一くんに嫌われたら男の子のお友達いなくなっちゃう・・・本当にごめんなさい!私なんかが声かけちゃったせいで・・・本当にごめんなさい!」
ようやく気付いた。彼女は目尻に涙を浮かべて今にも泣き崩れそう。
「あの・・・遥、いきなりどうして謝るの?」
「だって・・・私が声をかけたせいで京一くんが機嫌悪くしたんだもん」
ようやくおかしいと感じた。遥はこの高校よりもずっと前、小学校からの友達、いわば幼馴染。そんなわけで遥の性格は他の人よりは理解していると自負している。この場合、遥が激しい思い込みをしているか、オレがヘマしたかどちらか。でも状況的に後者である可能性が高い。なにせオレは話を全く聞いていなかったから。
「遥ごめん。オレって、考え事すると周りのことを気に出来なくなるだろ?オレが聞いてなかったからオレが悪い」
「いや違うよ、京一くんが考え事してるの知らなくて私が暴走しちゃったから悪いんだよ」
日本人は総じてここから無限ループ突入する確率が高い。互いに悪いことがあった場合、自分を蔑んで相手を尊重する。これはどちらにも言える事で、日本人は責任を取りたがる人種かもしれない。自らの非を認め償う事は素晴らしいが、それが双方だった場合には注意しないといけない。
オレはこの不毛な展開を予知した。そして遥に強めに言った。こういう押しに弱いのも彼女の性格の一つである。
「オレも悪いし遥も悪い。それだったらどっちも悪いって事で同じだよね」
「そう・・・そうですね」
「なら今回は不問だね、別にオレに謝る必要は無いよ」
「はい・・・」
今すぐにでも土下座したいが、それだと遥はさらに畏まってしまう。話題を変えるため話をした。ただその内容は今の空気には若干よろしくなかったようで。
「何で今日は学校にこんな時間に来てるの?」
「えっ?それは・・・その・・・」
「あ!そんなこと聞いても何にも意味無いしオレだって遅刻してるのに!」
一番訊いてはいけない事を言ってしまった。遥はその端麗な顔を紅潮させて俯いてしまった。
「・・・寝坊です」
「え・・・」
「わたし朝寝坊さんなので、よくお母さんに起こされるんだけど・・・今日はお母さんが居なくて、寝坊しちゃったよ・・・」
気まずくなったのは言うまでもなく、オレはさらに墓穴を掘り進めた。
「そうか、寝坊ね。遥らしくて可愛いじゃないか」
「恥ずかしいだけだよ!こんなことで遅刻なんてもう生き恥を晒してるようなものだもん!」
珍しく声を張り上げて言う。よほど恥ずかしいのだろう、遥はさらに顔を赤に染め上げている。
「いや、京一くんと違って私が全て悪いの!私がお寝坊さんだから・・・」
自分で撒いた種が大木に育って行くのを見て、オレは心の中で深く嘆息した。愚かさが実感となってこみ上げてきた。
今の状況を知らない人が見たら、授業中の校門前、二人で顔を真っ赤にして俯いているというどう見ても桃色の空気が漂っている風にしか見えない。
どうにしても、今の空気を変えなければならないオレは当惑していた。他に方法が思い浮かぶわけでもないので仕方なく喋ることにした。容易にコミュニケィションを可能とする人類最大の武器である。
それを使うことは簡単であるが、時として無差別に攻撃する凶悪さもある。その例が先程の失態。彼女を救うのも、はたまた攻撃するのも言葉だ。オレはその矛の扱いに細心の注意していた。そうだ、今日は秘密兵器があったのだった。
「なあ遥、この巻物見てくれないか?」
取り出したのは、朝見つけた内容不明のものである。話題を変えようとして真っ先に想起したのは、この古めかしい巻物だった。遥は俯けた顔を幾ばくか上げて、正体を確認しているようだ。しばらく鑑賞するように見ると、遥の表情が急に明るくなりだした。
「それ、古そうですね」
「うん。家の祖先が書いたものみたいだよ」
ほんの一瞬だが、遥の目が光ったように見えた。ああ、そういえば遥は昔に関係することが何より好きで、神社にある埃まみれのガラクタを掘り出しては一喜一憂してたんだっけか。そして当然の如く父に怒られる。遥の5倍俺が怒られる。散乱した物と舞い上がった埃を俺がいつも掃除してた記憶がある。
我ながら矛の扱いがうまくなった気がする。矛はしっかりと使えれば、どんな壁でも破ることが出来るのだ。
「そうなんですか!?私が探したときはこんなもの無かったのです」
「結構家の倉庫広いからね」
「見てもいいかな?」
興奮気味に話す遥は先程の事など片隅にも無いような様子だ。遥ならオレ以上に解読出来るかもしれない。
「勿論だよ。オレは全く読めなくて苦労してたんだ」
「ふむふむ・・・ほうほう・・・」
遥は舐めるように、と言った方がいいだろう、書いてある文字を一つも逃すまいとして巻物を見ている。この集中力は脱帽である。
「うん・・・大体分かったよ!」
「遥凄いな!オレなんて“神様”位しか分からなかったよ」
「これは表紙の通り、高崎君の家の家訓が書いてあるよ 全部で3つかな」
遥は少し得意気そうになって続ける。真相が分かるということでオレは期待で胸が膨らんでいた。
「一つ目は早寝早起き 二つめはしっかり参道を掃除すること いかにも神社っぽいです」
存外、書いてある事が平凡なのを知って何とも言えない気分である。しかし“神様”は何処へ。
「そして大きい文字の3つ目、これとっても重要そうだね」
「そうそう、オレも見ただけで重要ってわかっちゃうよ」
そこに刻まれている文字は、えらく不可解な事だった。
「三つ目は“毎日祀られている神様に謝ることをしなさい”だそうです。何で謝るのかな?」
「なんだそれ。オレにもよく分からん」
なぜ謝るのか。毎日神様を崇めるなら分かる。だが、謝るとなると事情が変わる。過去に冒涜を働いたのだろうか。オレの頭の中は巻物の内容を知る前より煩雑なものになっていた。
それは追々考えるとして、今は学校が大事である。
「よし、休み時間に考えよう。遥も手伝ってくれるか?」
「もちろん、喜んでだよ!」
「じゃあ早く学校に入ろう」
「うん、休み時間忘れないでね!」
今から休み時間の事が待ち遠しそうにする遥。さっきの事はどうにか誤魔化せたようだ。巻物に感謝しつつ、オレは教室へと駆け出した。

悠々と現れたオレに教師は後で職員室来いオーラを放ってくるし、クラスメイトたちは部外者を見る目で見てくるし。オレよりちょっと遅れてきた遥は先刻の事を思い出したのか先生に何度も謝っていて、先生は当惑気味だった。
ただそれも一時的なことで、職員室で事情聴取されただけで済み、普段の学園ライフに戻った。
休み時間を使い、お昼ご飯も惜しんで遥と懸命に考えたものの、結局分からず仕舞いだった。そして仕方なくまた家に戻ってきたのである。遥は「神社を見れば何か閃きそうです」と言ってたものの、用事が邪魔をして来る事はできなかった。
オレは神様が安置してある本殿に向かう事にした。直接見れば何か分かるかもしれない。
やがて荘厳な内装の部屋にたどり着いた。中は光が僅かにしか届かず、あと2時間もすれば暗闇に制されるだろう。オレは道が分からない旅人のように慎重に歩を像へと進めていく。急に光が差し込まなくなったと思うと、やたら古びていて、オレよりも小さい像が鎮座していた。形はよく見えないが人に近いのではないだろうか。ここには光が入り込まない構造になっているのか、辺りはほぼ見えない。鼻を掠めるかび臭い匂いが日陰をやたら強調しているように感じた。オレもその場に鎮座し、黙想した。名づけて像になりきる作戦。自ら像になり、その心情を体感するという荒業。結果は寂しくなるばかりであった。しかし副産物として冷静に思考が出来たのは成功かもしれない。
ここで先祖は毎日謝っていたのだろうか。理由が分からないまま謝るなんてのは謝っているうちに入らない。理由があるから謝るのであって、その理由が分からない今、何について謝罪をしたらいいのだろう。
いや、もともと神様なんて信じてないんだし、こんな事をして何になるというのであろうか。家訓なんて今の父すら守っているのか分からない。
黙想を止めようとした時、前で誰かが喋った。いやそれは呟きに聞こえた。
「あの・・・」
相当神社の仕事で疲れてるみたいだな・・・今日は早く寝よう。
「その、えーっと」
今日はいろんな女性に会ったからそれのせいで浮かれて幻聴になったのか。やはり疲労もあるんだな。
「えっと・・・あのあの・・・うう・・・」
認めたくない。断じて認めない。しかし黙想を止め、前を見ると、像の影から顔だけをひょいと出している小さな女の子が一人。
「え!?誰かいるの!?」
「いやっ!」
彼女は像にすっかり隠れてしまった。重度の人見知りかもしれない。ここに人が住んでいるなんて聞いたことも無い。迷って入ってしまったのだろうか。そう考えていると女の子は呟いた。
「うう・・・頑張ってみたけどやっぱり人が怖いよう・・・」
「あの、大丈夫かい?」
「あ、はい!あのえーっとわっ・・わたしはその・・・ぜんぜんだいじょーぶです、ぜんぜんです」
「まず深呼吸してみるといいよ」
「すーはーすーはー」
「落ち着いたかな?」
「はい!落ち着きました」
その恭順さがとても可愛らしい。
「それじゃあ自己紹介してくれないかな?オレは高崎京一って言うんだ高校に通ってて今はここの神主ってことになるね」
「きょういちさんですか・・・あの、わたし『七重』っていいます」

――ななえ?

「七重・・・だって・・・」
聞き間違いを疑いたくなった。
我が神社の名前は七重神社。正直何を祀っているのかは知らなかった。今までここに来た事も無かったからだ。今ここにいる女の子は七重と名乗り、よく見れば狐らしき耳が生えている。
「はい!いつも私に対して皆さんはなぜ拝んだりするのでしょうか?」

目の前にいるこの子がオレにはただのコスプレイヤーにしか見えなかったが、どうも違うようだった。

       

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Neetsha