Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

「もう私は長くは喋れん……。死が近い。自分でもそれが分かる。だが、何故、私とお前の母であるローザが、お前の元から去ったのか。これはお前に話しておかなくてはならない」
 アレンの呼吸は、死にゆく者の呼吸だった。そのアレンの目を、ヒウロはジッと見つめる。
「私はお前も知っている通り、勇者アレクの子孫だ。そして、神器の守護者だった」
 アレンが、かすれたか細い声で話をし始めた。
 アレンは元々、魔物を倒す事を生業とする冒険者だった。そして、勇者アレクの子孫でもあった。このアレクの子孫という事実は、神器によって教えられたと言う。世界を旅する途中で、アレンは封印のほこらを見つけたのだった。そして、アレンは選ばれし者であるという事を神器から教えられた。ここから、アレンは神器と関わりを持ち始めた。だが、アレンは神器の使い手ではなかった。あくまで、選ばれし者、というだけである。
 そして、アレンは神器に、ヒウロも自分と同じ選ばれし者だという事を聞かされた。まだヒウロが、母であるローザのお腹の中に居た頃の話である。アレンは身重であるローザを気遣い、ラウ大陸のラゴラの町に滞在する事にした。この時はまだ世界は平和で、魔族の脅威など微塵も感じなかったと言う。
 やがて、ローザがヒウロを出産した。だが、ヒウロは病を背負っていた。それも明日の命がどうかという重い病だ。そんな時、アレンは神器から、衝撃の事実を聞かされた。
「神器はこう言った。ヒウロを死なせてはならない。人類の命運は、二人の勇者アレクの子孫が握っている、と。そして同時に、魔界の門が開こうとしている事も、私は聞かされた」
 二人の勇者アレクの子孫。無論、それはアレンとヒウロの事である。そして、魔界の門が開く。これは、魔族復活を意味していた。この時のアレンの力は、魔族と対抗するにはあまりに未熟だった。ヒウロも赤子で、しかも病を背負って死の危険に晒されている。アレンが取るべき行動は、一つしか無かった。だが、それは、勇者アレクの子孫としての行動だった。
「私は、魔の島へ向かった。まだ魔族に対抗する力を持っていなかった私は、魔界の門を一時的に塞ごうと考えたのだ」
 結果的に、アレンの手によって魔界の門は再び封印されるに至った。しかし、また門が開くのは時間の問題と言えた。その時のために、アレンは自らを鍛えた。そして、剣の腕はもちろん、ギガデインという強力無比の呪文をも体得する事に成功した。
「だが、その力を魔族に利用された。そして、お前を苦しめる結果となった」
 アレンが辛そうに呻いた。それでも、アレンは話を続ける。
 アレンは魔の島に向かう事を決意した。ローザと死の危険に晒されているヒウロを残してだ。この時、ローザはすでにある覚悟を決めていた。そして、その覚悟をアレンは知っていた。
「メガザルという呪文を知っているか、ヒウロ」
 自己犠牲呪文。自らの命と引き換えに、他者の命を救うという呪文である。ローザは、この呪文を使った。自らの死と引き換えに、息子であるヒウロを救ったのだ。人類の未来のために。つまり、アレンもローザも、親という枠組みではなく、人類を救うという使命により、命を捨て、ヒウロの親である事を捨てたのだった。
「そして、時が経った。私は神器の守護者として、お前を待った。しかし、残酷だと思ったよ。神器は、私かお前かを選ぶのだからな。選ばれなかった方は、死ぬ。……残酷だ。当時の私はそう思った」
 ヒウロは、ずっと黙っていた。
「だが、今は違う。おそらく、神器はこうなる事を知っていたのだ。お前が死んでしまえば、私を止める者は居なくなる。私が死ねば、お前は魔族を倒す力を得る事は出来なかっただろう。神器は、全てを見通していたのだ」
 言って、アレンが二コリと笑った。
「……ローザは、母さんは、お前の中に居るはずだ。魂として、お前の中に宿っているはずだ。声が、何度か聞こえただろう?」
 母の魂。声。ヒウロは、自分の胸が熱くなっていくのを感じていた。新たなる力に目覚める時に、聞こえていたあの暖かい声。あれは、母の声だったのか。
「あの声は、母さんだった……」
 ヒウロが声を漏らした。
「なるべくして、こうなったのだ。結果としてお前は私を超え、勇者としての力に目覚めた。私は自分の運命を、呪われた運命だと思っていた。しかし、それは違ったようだ。何故なら、お前のために、死ねるのだからな」
「父さん」
「フフ、こんな私を父と呼んでくれるか。ヒウロ、お前の技は見事だったぞ。ギガブレイク。だが、剣が技に耐えきれなかったようだな」
 アレンは目が見えておらず、虚ろに天井を見つめ続けていた。
「ヒウロ。私の剣を使え。勇者アレクが最後の決戦に使ったと言われる剣だ。伝説の金属、オリハルコンで出来ている。あの剣ならば、お前の技にも耐えられる」
 アレンがまたニコリと笑った。だが、その顔には死が宿っていた。死ぬ。父が、死ぬ。
「父さん」
「ヒウロ、ダールと会っても、我を見失うな。あの魔族は強いぞ。私よりもだ」
「父さん、死ぬな」
 ヒウロの頬を涙が伝う。ヒウロは、自分が泣いている事に気付いた。
「出来れば、死に際にお前の顔が見たかった。お前の顔を見ながら、死にたかった」
「父さん!」
 ヒウロがベホイミを唱える。だが、何も起こらない。
「私は魔の力に浸かり過ぎた。おそらく、死と同時に私の身体は朽ちるだろう」
 アレンの呼吸の音が弱くなっていく。
「い、いやだ。父さん、死ぬな」
 ヒウロの胸が熱い。
「魔族を、倒せ。お前は、勇者アレクの子孫であると同時に、私の、む、す――」
 アレンはそれ以上、何も言わなかった。息絶えたのだ。勇者アレクの子孫であり、ヒウロの父だったアレンに、死が訪れた。目は開いたままだった。
「父さんっ!」
 ヒウロが涙を流す。そして、アレンの身体が灰となった。静かな風が吹く。灰が宙を舞った。それはまるで、光の粒のようだった。儚く、きらめく。
 部屋の中で、ヒウロの嗚咽だけが、こだましていた。

       

表紙
Tweet

Neetsha